テラーノベル
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あや
シャワーから溢れ出す温かなお湯が、冷え切った肌を叩く。
じわり、と指先から熱が戻ってくるのを感じながら、穂乃果はそのまま目を閉じた。
降り頻る雨、ナオミの熱い体温、そしてこのホテルの官能的なネオン。
すべてが非日常で、現実味がないはずなのに、今こうしてお湯に包まれている感覚だけが、確かな「再生」の予感として身体に染み渡っていく。
浴室に漂うローズの香りが不思議と、強張っていた穂乃果の心を柔らかく解きほぐしていく。
穂乃果は、たっぷりとお湯を溜めた浴槽に身体を沈めた。
乳白色に溶けたローズの雫が肌を滑り、凍えていた心臓の奥までじんわりと熱を届けてくれる。
(ナオミさん、何してるかな……)
扉一枚隔てた向こう側に、あの美しくも強引な人がいる。
そう思うだけで、お湯の温度以上に頬が熱く昂った。彼女が言った「ソノ気になっちゃいそう」という言葉が、冗談だと分かっていても、耳の奥で甘い痺れとなって何度も繰り返される。
もし、本当にそうなったら――。
一瞬脳裏をよぎった不埒な想像に、穂乃果は慌てて顔をお湯に沈めた。ブクブクと泡が弾ける音だけが、静かな浴室に響く。
自分は一体、何を考えているのだろうか?
相手はナオミだ。しかも「女には興味がない」と公言している人なのに。
それなのに、あの力強い腕の感触や、耳元で囁かれた低く甘い声が、肌にこびりついて離れない。
お湯から顔を上げ、荒くなった呼吸を整える。濡れた前髪の隙間から見える鏡の中の自分は、自分でも見たことがないほど潤んだ瞳をしていて、ひどく熱っぽかった。
(直樹の時は……こんな風に、ドキドキしなかった……)
彼との時間は、いつも義務のようだった。怒らせないように、求められれば拒まず、ただ嵐が過ぎ去るのを待つような、そんな冷めた感覚。
けれどナオミに触れられると、まるで全身の血が騒ぎ出すような、抗いようのない衝動が突き上げてくる。
これが恐怖なのか、それとも、もっと別の「何か」なのか。
穂乃果は、ローズの香りが立ち込めるお湯を手のひらですくい、自分の肩にそっとかけた。
直樹が「媚びている」と否定したこの香り。それを「似合う」と肯定してくれたナオミの優しさが、今は何よりも甘美な毒のように全身を回っていく。
(……もし、ナオミさんが本当に、その気だったら)
私は、あの手を振り払えるだろうか。
それとも――。
答えを出すのが怖くて、穂乃果はわざと大きな音を立ててお湯をかき混ぜた。
けれど、心の中に芽生えた小さな期待は、消えるどころかローズの香りと共に、いっそう色濃く膨らんでいくのだった。
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