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────…

そしてバレンタイン4日前


キッチンのカウンターには、色とりどりの材料が並んでいる。


板チョコ、薄力粉、ココアパウダー、エスプレッソ用のコーヒー豆。


そして、最近書店で手に入れたバレンタイン向けのレシピ本が、ページを開いたまま置かれていた。


俺、雪白は、尊さんに渡すための手作りチョコの練習をするために、朝から気合を入れてキッチンに立っていた。


とはいえ、料理は得意じゃない。


いや、正直言えば、料理どころかお菓子作りなんてほぼ未経験だ。


レシピ本を片手に、必死に手順を追ってみるものの、思うようにいかない。


尊さんが「ビターならなんでもいい」と言っていたのを思い出し


エスプレッソショコラケーキという、大人のコーヒーチョコケーキを作ることに決めたのだ。


ビターで深みのある味わいは、きっと尊さんの好みに合うはず――


そう信じて挑んだのだが、現実はそう甘くなかった。


オーブンから漂ってくるのは、香ばしさを通り越した焦げ臭い匂い。


焼き上がったケーキは、表面がガサガサで、形も崩れそう。


試しに一口食べてみると、苦味はいい感じなのに


どこかパサついてて、到底「美味しい」とは言えない出来栄えだ。


「こんなんじゃ、尊さんに渡せるわけないよ……」


ため息をつきながら、冷蔵庫横に掛けられたカレンダーを見る。


バレンタインデーまであと4日。


時間は刻々と過ぎていく。


料理教室に通うことも考えたけど、こんな短期間じゃ無理だろうし、お菓子作りと料理は別物だ。


頭を抱えていると、ふと尊さんの顔が浮かんだ。


クールで落ち着いたあの笑顔。


いつも余裕たっぷりな態度で、俺のドジっぷりを優しく受け止めてくれる。


でも、こんな失敗作を渡したら、さすがの尊さんも苦笑いするかもしれない。


「うう……どうしよう……」


焦りと不安が胸の中で渦巻く。


尊さんに喜んでもらいたい。その一心で始めたことなのに、こんな調子じゃバレンタイン当日までに間に合わないかもしれない。


翌日、2月11日。


会社に出勤し、自分のデスクで午前中の業務を淡々とこなしていた。


パソコンの画面に映るエクセルの数字を眺めながら、頭の片隅では昨夜の失敗ケーキのことがチラつく。


どうやったら上手く焼けるんだろう。


レシピ通りやってるはずなのに、どこで間違ってるんだ……。


「なあ、雪白。お前、これ食うか?」


突然、隣のデスクの田中が声をかけてきた。


振り返ると、彼の手には可愛くラッピングされたドーナツが握られている。


ピンクと白のストライプのリボンが巻かれた透明な袋に、ふわっとしたドーナツが二つ。


見た目からして手作り感が漂う。


「え? これ、どうしたの?」


「いや、ちょっと作りすぎてな」


田中は少し照れくさそうに言葉を濁す。


普段はノリが良く、真面目な同期だが、どこか真剣な目をしている。


俺は首を傾げながら、ドーナツを一つ手に取った。


ずっしりと重量感があって、表面にはチョコレートがコーティングされている。


鼻を近づけると、甘い香りがふわりと漂ってきた。


「これ……もしかして、田中が作ったの?」


「まぁな。ほら、もうすぐバレンタインだろ? 俺、普通にお菓子作るの好きだからさ。彼女に渡すために練習してんだ」


田中の言葉に、俺は目を丸くした。


田中が真面目な男と言えど、こんな繊細なドーナツを作れるなんて。


驚きつつ、許可をもらって一口かじる。


ふわっとした生地に、濃厚なチョコレートが絡み合い、口の中で溶けるような食感。


「え、おいしい……!」


思わず声が漏れた。


「お、マジ? なら彼女に渡しても大丈夫か?」


「え? もしかして毒見させた?」


「はは、バレたか」


田中がケラケラ笑う。俺もつられて笑いながら


もう一口ドーナツを頬張る。


本当に美味しい。


まるでカフェで売ってるみたいなクオリティだ。


「にしても、田中がお菓子作れるなんて意外だったかも」


「だろ? 俺、こう見えて結構器用なんだぜ」


田中が得意げに胸を張る。


対して、俺はしょぼんと肩を落とした。


「俺なんか全然ダメだよ……。もうすぐバレンタインだから、最近チョコの練習してるんだけど、ヘンテコなのばっかできるし」


口をへの字にすると、田中が興味津々に身を乗り出してきた。


「なんだ、お前もバレンタインのチョコ作ってんのか?」


「まさか好きな女子でもできたのか? やっぱ同じ部署の美人で評判の神崎さんか?!」


「ち、違うよ!なんで神崎さん?!こ、恋人、男だから!」


顔がカッと熱くなる。


田中のニヤニヤした視線に耐えきれず、俺は目を逸らした。


すると、田中が急に真剣な声色をして言った。


「ふーん? ……そうだ、うまくいってないなら、俺が教えてやろうか?」


「え、ほんと? いいの?」


思わぬ提案に、俺は目を輝かせた。


田中はニッと笑って、続けた。


「ああ、俺でよければな。その代わり、俺の分のチョコの買い出しも手伝えよ?」


ちゃっかりした条件に、俺もつい笑って頷いた。


その日の夕方、定時で仕事を終えると、俺と田中は近くの100均とスーパーに寄って材料を買い揃えた。


エスプレッソショコラケーキに必要なチョコレートやバター


卵、そしてエスプレッソ用のコーヒー豆。


カゴに放り込むたびに、田中が「これでいいか?」と確認してくれる。


買い物を終え、田中の家に向かう道すがら会話を弾ませていた。


「そういや、どんなの作るんだ?」


「エスプレッソショコラケーキ……にしようと思ってるんだけど、中々……」


「ほぉ〜……それ、結構難易度高いんじゃねーの?」


「うん、だから毎日苦戦してる」


「あと4日しかないのに作れんの?」


「だから田中を頼ってるんじゃん……!」


「確かに」


笑い合いながら、俺たちは田中の住む高層マンションに到着した。


10階にある彼の部屋は、意外にも整理整頓が行き届いていて


シンプルだけど居心地のいい空間だった。


キッチンは清潔で、調理器具がきちんと並んでいる。


田中がこんな几帳面な一面を持ってるなんて、ますます意外だ。


「おじゃましまーす」


「ん。適当にその辺座って待っといてくれ。今、コーヒー淹れてくるから。……あぁ、その前にエプロン持ってくるから着替えとけよ。」


田中の指示に従い、スーツの上着を脱いでエプロンを着る。


ミントグリーンのエプロンは少し大きめで、袖口がダボつくのがちょっと恥ずかしい。


にしても田中がまさかお菓子を作れる系の料理男子だったとは。


初めて知った事実に驚きながらも俺は準備を進めていく。


そしてエプロンを着け終えて台所に向かうと、既に田中はエプロン姿になっていて


「お待たせ」


「おう、んじゃ……まずはお前の作りたいエスプレッソショコラケーキだけど、お前そもそもこれはなんで選んだわけ?」


と聞かれたので素直に答えることにする。


「その、ビターなもの好きだって言ってたからかな…だからエスプレッソを使って大人なケーキにしてみようと思って」


「なるほどねぇ……まぁ確かにそれなら甘いの苦手な男にはいいかもな」


そう呟きながら彼は冷蔵庫の中からいくつか食材を取り出して言った。


「じゃあまず、チョコレートを細かく刻んでいくぞ。湯煎で溶かすから、あんまり大きくない方がいい」


田中はそう言って、冷蔵庫から取り出した板チョコを俺の目の前に置いた。


俺は包丁を手に取る。


恐る恐るチョコレートに刃を当てる。


「おいおい、そんなんじゃいつまで経っても終わらねぇぞ。もっとこう、ザクザクと大胆にいけ」


田中に呆れたような声で言われ、俺は顔を上げた。


彼は俺の手元を覗き込み、軽くため息をつく。


「ほら、貸してみ?」

そう言って、田中は俺の手から包丁を取り上げた。


彼の指は長く、しなやかで、まるで魔法のようにチョコレートを細かく刻んでいく。


トントントンと軽快な音がキッチンに響き渡り、あっという間にチョコレートは小さな破片になった。


「……すご」


「これくらいできねぇと、お前、お菓子なんて作れないぞ」


得意げに笑う田中に、俺はぐうの音も出ない。


確かにその通りだ。


「よし、次はこれを湯煎にかけて溶かす。鍋に湯を沸かして、ボウルを重ねるんだ」


田中は手際よく鍋に水を入れ、火にかける。


その間に、俺はボウルと泡立て器を用意した。


湯気があがってきた鍋の上にチョコレートの入ったボウルを乗せ


田中が「ゆっくり混ぜろよ」と指示を出す。


チョコレートが熱でじんわりと溶け始め、甘く香ばしい匂いが漂ってきた。


この匂いは好きだ。


泡立て器でゆっくりと混ぜると、固形だったチョコレートがなめらかな液体へと変わっていく。


「いい感じだな。完全に溶けたら、次はバターと卵黄を加えてくからな」

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