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雨は夜まで降り続いた。
いや、“夜”という言葉も、もう少しずつ戻ってきていた。
夕焼けの端には深い青が混ざり、
時々ちゃんと星が見える。
世界は、確実に変わり始めていた。
二人は屋上にいた。
制服のまま。
雨は少し弱くなっている。
濡れたフェンスが街灯を反射して光っていた。
遠くの空。
夕焼けと夜空が混ざり合っている。
蒼はその景色を静かに見ていた。
悠真は隣で、珍しく何も喋らない。
ただ空を見上げている。
「……戻るのかな」
悠真がぽつりと言った。
その声は、少し震えていた。
蒼はすぐには答えない。
三年間。
夜しかない世界。
夕方しかない世界。
誰もいない街。
ずっと、“終わったあと”みたいな場所を歩いてきた。
でも今。
雨が降って。
空が動いて。
時間が戻ろうとしている。
「……たぶん」
蒼が静かに言う。
「戻る」
悠真は小さく笑った。
でもその目は、少し赤かった。
風が吹く。
雨粒が制服に落ちる。
悠真は空を見たまま呟く。
「よかった……」
その一言が、やけに小さかった。
蒼は隣を見る。
悠真は笑っているのに、どこか泣きそうだった。
「もうさ」
悠真が続ける。
「このままずっと二人だったらどうしようって、ちょっと思ってた」
蒼の胸が少し痛くなる。
たぶん、自分も同じだった。
希望を持つのが怖かった。
もし何も変わらなかったら。
もし、この世界が永遠だったら。
考えないようにしていた。
しばらく沈黙。
雨音だけ。
遠くで雷が小さく鳴った。
その時。
悠真がふっと笑う。
「……なんか安心したら力抜けた」
蒼も少し笑った。
「お前ずっと強がってたもんな」
「そりゃまあ」
悠真は肩をすくめる。
「動画で暗い顔しても雰囲気悪くなるし」
「そこ考えてたのかよ」
「一応な」
二人とも笑う。
でもその笑いは、途中で少しだけ静かになった。
そして。
悠真がぽつりと言う。
「ありがとな」
蒼は目を瞬く。
「何が」
「三年間」
風が吹く。
夕焼けと夜の境界が揺れる。
「蒼いたから、ここまで来れた」
その言葉は、冗談じゃなかった。
本気だった。
静かな世界で。
終わらない夜で。
誰もいない街で。
もし独りだったら、たぶん心が壊れていた。
蒼は少し困ったように笑う。
「……それは俺も」
悠真はその返事を聞いて、小さく息を吐いた。
安心したみたいに。
次の瞬間。
悠真がふらっと蒼へ寄る。
そのまま、ぎゅっと抱きついた。
濡れた制服。
冷たい雨。
でも体温だけはちゃんと温かい。
蒼は少し驚いて固まる。
「……お前」
悠真が笑う。
「今くらいよくない?」
声が少し震えていた。
蒼は数秒黙ってから、小さく笑った。
それから、静かに背中へ手を回す。
屋上には雨音だけが響いている。
誰もいない世界。
でも。
独りじゃなかった。
ずっと。
遠くの空で、雲が少し切れた。
そこから、淡い月明かりが見える。
本当の夜空だった。
悠真が蒼の肩に顔を埋めたまま呟く。
「……帰れるかな」
蒼は空を見る。
動き始めた世界。
戻り始めた時間。
「帰ろう」
静かな声だった。
でも。
今までで一番、希望のある言葉だった。