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コユキは目を驚きで大きく見開いて言うのであった。
「ええっ? 潜るのってアタシ? なのん? 善悪が行きなよぉ~! アタシ、ポーっと待ってる方が良いわぁ~!」
いつものヤツである……
普通なら相手にするのもウンザリしてしまうだろう発言だが、そこはそれ厳しい修行に今現在も耐え続けている善悪は気楽な様子で答えたのである。
「そうなの? んじゃあ拙者が潜るのでござる、じゃあ、この『ふいご』でホースに空気を送り込み続けてね、さぼったら吾輩死ぬからね? 頼むでござるよ!」
そう言いながら板となめし皮で作られた装置を渡す善悪、コユキが手にしつつ確認すると吸気と排気の弁がついたずっしりと重たいふいごであった。
こんな物で海の中に潜るというのか?
コユキは心配そうに聞くのであった。
「ちょっと善悪! これだけじゃダメでしょ? 潜水帽って言うの? ほらロボットみたいなヘルメット、あれも借りてこなきゃダメじゃない!」
「最近はボンベだから無いんだってさ、コユキ殿ダイビング免許ないでしょ? 僕チンもだけど、だからふいごとホースだけ借りて来たのでござるよ」
海をナメ過ぎだろう……
そう思いながらもコユキは何となくふいごを動かしてみたのだが、
「くっ、お、重い! 何よこれ、滅茶苦茶重いわよ? 動かす自信ないわよぉ!」
文句タラタラなコユキの言葉に反応した善悪は腕を組み首を傾げて言うのであった。
「困ったでござるな、どっちが良いとかじゃなくて某がふいご係をやるしかないのでござる…… 潜るのはコユキ殿って事になるのでござるよ?」
「ぐうぅ、仕方無いわね! んで百五十メートル沖まではどうやって行くの? そのホースじゃ全然足りないわよ?」
「ああ、それなら」
そう言って善悪が指さす先には、幾つかの発泡スチロールの上にガムテープで無理やり組み立てられたベニヤ板、所謂(いわゆる)イカダらしい物体が置いてあるのであった。
「善悪…… あれって遭難するヤツじゃないのよ…… あんた響灘のこと馬鹿にしてんの? それか本物の馬鹿なの?」
コユキはいつも以上に辛辣(しんらつ)だが、善悪は気にする素振も見せずに海岸の岩にビニールロープの片方を結びつけると、丁度百五十メートル位巻かれた束から飛び出しているもう一方の端をみすぼらしいイカダ、コユキ曰く遭難するヤツにもしっかりと縛り込むのであった。
「さ、乗り込むでござるよ、これで沖合に着いたらドボンするでござる! これをかぶってね♪」
そう言って借りて来たのか、はたまた拾いでもしたのか、古ぼけた寸胴を渡して来るのであった。
コユキは重ねて言うしかなかった。
「さっきから言ってるじゃない! そんなのここの荒波に耐えられないわよ、大破よ大破!」
善悪は不思議そうな顔を見せた後、何かに気が付いたような態度で答えたのであった。
「ああ、そっかそっか、コユキ殿にはまだちゃんと言っていなかったでござるが、エクスプライムがね、六時間くらい連続使用可能になったのでござるよ」
今度はコユキがキョトンとする番であった。
確かにカイムから善悪の聖魔力量が爆上がりした話は聞いたし、実際に日に二度目の『即時配達(ウーバ○イーツ)』でタマちゃん達を転送した事も目にしていたが、それが何だというのだろう、コユキは思ったままを口にするのであった。
「その話はこないだカイムちゃんから聞いたから知ってるけどさ、何故今そんな話をすんのよ? 関係ないでしょ!」
「え? いや、だからエクスプライムでいかだとロープを補強すれば良いでござろ? さすればそこらの船なんかよりよっぽど頑強、それこそ米軍のエルキャックに引けを取らないタフさを実現できるのではござらぬか、ん? んん?」
なるほどね、こんな貧相ないかだでも耐久力が六十倍にもなれば揚陸艇(ようりくてい)並みに強化出来る、善悪はそう言っているのか。
コユキも納得したのか漸く(ようやく)重い体を動かしていかだの片側を持ち上げるのであった。
「分かってたわよ善悪、アンタを試しただけ、それだけよ」
「なんだ、そうなのでござるか」
頑固で自分の間違いを認める事が出来ないコユキと、単純すぎてお人好しの善悪の二人は、怯む(ひるむ)事もなく海へと浮かべたいかだに乗り込み、並んで足をパシャパシャ両足をバタつかせて蹴りつける事で、ゆっくりと沖合百五十メートルを目指して進んで行くのであった。
「……着いちゃったわ」
黒いウェットスーツに身を包んだコユキは呟くのであった。
「当たり前でござろ、さ、このホースの先をしっかり寸胴の中に入れるでござるよ、ちゃんとギュッと掴んでね! なにちゃんと空気は送るでござるから心配無用! んじゃ行くでござる!」
コユキは少し不安そうに聞くのであった。
「ねえ善悪、このアタシが潜っている間にこのいかだが流されるなんて事無いでしょうね? それでホースが足りなくなる、なんてゴメンよ」
尤も(もっとも)である。
「ああ、それだったら大丈夫、ちゃんと考えてあるから」
「そうなの?」
「うん、コユキ殿の着ているウェットスーツの腰にひもが付いているでござろ? ほらその先はこの石に繋がっているのでござるよ」
善悪は自分の足元に置かれた一抱えもありそうな石を指さしていた。