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軽く押しつけすぐに離れる。紫の瞳に僕の顔が映っている。
リアムは触れるだけのキスを何度も繰り返した。
優しいキスに僕の全身から力が抜けていく。拘束されていた手が自由になり、僕は目を閉じてリアムの胸に手を添えた。
しばらくしてリアムの顔が離れ「フィル」と掠れた声がする。
僕はゆっくりと目を開ける。
リアムが目を細めて僕の髪を撫でる。
「はい…」
「よく聞け。俺はおまえを害そうなどと思っていない。俺はおまえを傍に置きたくなった。だから…」
「はい」
「俺と一緒に来い。ゼノには話をつけておく」
「…え、それは…」
どういうことだろう。リアムが僕を部下にするってこと?いや、違う。僕は敵国の捕虜だ。奴隷としてこき使われるの?それとも慰みものとして…。
僕はリアムから離れて後ろにさがる。両手を固く握りしめながら出した声が、震えている。
「フィル?」
「…どうして…ですか?」
「おまえのことを気に入ったからだ」
「ゼノ殿の部下ではなく、あなたの部下になれということですか?」
「違うぞ。部下にはしない」
「それでは使用人ですか」
「それも違う」
「…僕は、男です」
「わかっている」
「それに僕は…高貴な出自です。もしあなたが僕を慰みものとするおつもりでしたら…僕は死にます」
「はっ?」
リアムが鋭い声を出した。顔も怒っている。
僕を傍に置きたいと思ってくれたことは嬉しい。でもそれは愛ではなく、ただの性欲処理としてだとしたら、僕は受け入れられない。
リアムは僕を見て話していても、僕のことを思い出してくれない。もう無理なのだろうか。それならば早くここを抜け出して、国に戻るべきだろうか。
「痛いっ」
「おまえ、今なんと言った!」
リアムが僕の左腕を掴んだ。ギリギリと強く握られて、痛みに顔が歪む。
その左腕には、黒い蔦のような痣がある。そのことも、今のリアムは忘れている。
「僕を傍に置きたいとは…そういうことなのでしょう?」
「違うぞっ、バカものっ!」
「え…?」
違うならどうしてそんなに怒っているの。
僕はリアムの手を掴んで「痛いから放してっ」と叫んだ。
リアムはハッとした顔をして、慌てて手を離した。でもすぐに僕を抱き寄せて腕の中に閉じ込めてしまう。
掴まれていた腕が痛い。だけど胸の方がもっとキシキシと痛い。
僕は顔を上げて紫の瞳と目を合わせた。
「では、どういうことですか?それにどうしてそんなに怒っているの…」
「う…怒って悪かった。おまえが突拍子もないことを言うから」
バツが悪そうに目を逸らすリアムの顔を、僕は見つめ続けた。
僕が見つめ続けているものだから、リアムが視線を元に戻す。そしてこれはリアムの癖だ。僕の髪を再び撫でた。
「おまえを傍に置きたいのは、そのような理由ではない。それにだな、今まで一度だってそのような人物を傍に置いたことはない!」
「…そうなの?」
「そうだ!あのな、俺自身驚いてることなんだが…どうやら俺は、おまえのことを愛しく思い始めている…らしい」
リアムが困ったように笑う。
僕という恋人がいるのに、僕を愛しいと話すリアムに複雑な心境になる。でも記憶がなくても、また僕のことを想ってくれるなんて、すごく嬉しい。
僕は無意識に手を伸ばして、リアムの頬に触れる。
リアムが一瞬目を見開いてから笑う。
「こんなことを聞いて嫌ではないか?受け入れてくれるか?」
「僕は…敵国の捕虜です。それに男です。それでもいいのですか?」
「関係ない。敵国だとも思っていない。そもそもこの戦、俺の本意ではなかった」
「そのようなこと…僕の前で話していいの?」
ゼノと同じことを言ってると可笑しくなって、思わずふふ…と笑いがもれた。
リアムが僕の手を掴んで、手のひらにキスをする。
「いい。フィル、俺の前では敬語はいらない。普通に話してくれた方がかわいいからな。それに先ほど高貴の出自だと言ってたな。それは初めからわかっていた。立ち居振る舞い容姿から品位を感じる」
「…ありがとう」
「ところで返事は?俺の傍にいてくれるか?」
もちろんいたい。だけどずっとという訳にはいかない。ある程度の期間で区切りをつけて、国に戻るのだから。でも今は…。
「はい、よろしくお願いします」
「よし!早速ゼノに話しに行くか」
「あ…その必要はないと思う。あそこに…」
「なに?」
僕はリアムの背後に目を向けた。
リアムも後ろを向き「ははっ」と笑う。
ゼノとトラビスが、とても険しい様子で、大股でこちらに近づいてくる。
リアムは僕の肩を抱き寄せると、ゼノに向かって手を上げた。
「悪いな、捜してたのか?」
「ええ、必死で捜しましたよ」
僕とリアムの少し手前で、ゼノが立ち止まる。
トラビスはゼノの横を通り過ぎて僕の方へ来ようとしたが、ゼノに腕を引かれて止められた。
トラビスがゼノを睨む。
「離せ」
「落ち着け」
「無理だな」
「いいから落ち着け」
低く静かな声で繰り返すゼノの言葉に、トラビスが不服そうな顔をする。
トラビスの不審な態度に正体を追求されやしないかと、僕はハラハラしていた。