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槙野は宣言通りに美冬の服を脱がさなかった。
けれど、さっきから胸元はずっと舐められたり甘く噛まれたりして敏感になってしまっているし、お腹の辺りがもどかしいような感じがして足を閉じたいのに、その間に槙野がいて、閉じることもできない。
時折触れられる下肢からは少し前から濡れたような音をさせているような気がして、美冬はいたたまれない気持ちになるのだ。
もう目なんて開けていられなくて、美冬は先程からずっとぎゅうっと目を閉じているのである。
「美冬、目を開けろよ。な、見てみな」
うっすらと目を開けると胸元に槙野がいて、美冬の胸の先端に舌を這わせたところだった。
ぞくぞくっと背中を寒気にも似た快感が走って、美冬の口から堪えられない声が漏れる。
「布地が透けててすっげーエロいし、お前からは見えないけど、下も多分濡れてるぞ」
「……っや」
「もう多分直に触れても気持ちよさは変わらないと思う」
中途半端にエロいとか言われるくらいなら、脱いでしまった方がいい。
着たままでいることによって、逆にさらに淫靡さを増しただけのようにも思えたのだ。
ずっと触れられて快感だけ引き出されるのはつらい。
どこにも逃せない熱だけが身体の中をぐるぐるしていて、もどかしくて、美冬にはどうしたらいいのか分からないのだ。
「や……」
「ん? やだ?」
「やだ……」
こんな風に快楽を引き出されたことなんてなくて、どうすればいいか分からなくて、美冬は泣けてきてしまった。
「おい、泣くな美冬。ごめん。俺がいじめすぎた」
「煽ってないもん……それになんか思ったよりえっちいし、そんなおっきいのなんて絶対はいんないし、祐輔がいやらしすぎるよー」
「褒めてんのか貶してんのかお前は……」
「褒めてない。貶してもないけど」
「ほら、こっちこい」
それでも槙野にそう言われて腕を広げられたら美冬はその腕の中に入ってしまうのだ。
「そんなに嫌か?」
包み込むように抱擁されるのも、優しく囁かれるのも悪くはない。むしろもたれたくなってしまうくらいなのに。
「嫌じゃないよ。ごめんね慣れなくて。でも……」
「でも?」
こめかみに優しくキスされる。こういう甘やかされるのは好きだ。
「こんな風になったことがないんだもの。自分がおかしくなりそうで怖い」
「おかしくしたいんだよ」
「あとこういうのは好きみたい」
「こういうの?」
「うん。こーやって優しく抱かれて、キスされるのも嫌いじゃないみたい」
こめかみから頬に落ちてきたキスが柔らかく唇に重なる。
何度も槙野はキスして、美冬が緩く口元を開くと、甘く舌が絡んだ。
美冬は槙野の身体にきゅっと腕を回してしがみつく。ぎゅっと抱き返されたのが分かった。
──ほら、やっぱり優しいし、安心する。
肩や背中や腰やもしかしたらお尻くらいは触られたかもしれないけれど、それは許容範囲だ。
「美冬……」
「んー?」
「お互いの家への挨拶が終わったら籍入れるからな」
「うん……」
お腹の辺りに先程美冬が手で触れて確認した、槙野の屹立したものがあったけれど、全身で抱かれるようにされて、包み込むその感じが気持ちよくて、美冬は槙野に抱かれたまま眠ってしまったのだった。
* * *
自分の腕の中で寝てしまった美冬を見て、槙野は嬉しかったのだけれど、ため息をついた。
ついさっきまで奪うつもりだった。
最後までするつもりだったのだ。
なのに、できなかった。しなかったのだ。
こんなことは今までないことだ。
美冬も感じていたし、あのまま強引にでもできたはずなのだ。
なのに槙野はあえてしなかった。
常日頃の槙野ならありえない事だが、涙を零す美冬を見たら、守らなくては、大事にしなくては、と思ったのだ。
『大事だよ。大事過ぎて触れるのも怖い。嫌われたらどうしようかとそんなことばかり考えてしまって。こんな風に思うことは今までなかったな』
親友の言葉が今になって胸に響く。
あの時はよく分からなかった。好き同士ならなんとかなるのだろうし、さっさと結ばれてしまえばいいのに、と思っていた。
当時親友は彼女のことを溺愛していたのである。
もちろん今もその溺愛は続いているのだが。
あんなに溺愛しているのによく我慢できるな、と思ったものだったが、今なら分かる。
怖がっている彼女に無理強いすることなんて、できない。
「なのにお前は煽り倒すし」
槙野は可愛らしい美冬の鼻をつつく。
シャツをまだ半分脱いだままの槙野はシャワーも浴びていない。
シャワーを浴びるか、と身体を起こそうとしたら、ぎゅうっと美冬に抱きつかれた。
抱きついてくる美冬を槙野は見る。
泣かれるなんて、思わなかった。
そしていつもなら女性が泣いたくらいでは動揺などしない槙野がひどく動揺したのだ。
そもそも契約婚なんだから、と拒否するかと思えば、美冬は初めてのくせに抵抗なんか今さらしないと潔さを見せる。
「どれだけだって好きになるだろ……」
槙野は潔い人物が好きだ。
真実こそがいちばん強いから。
隠し事などしてもいずれ露見する。その時に失うもののほうが大きいと、槙野はいろんなことを見てきて知っている。