どうしたんだろう。やっぱりこんなにも汚い字だと読めないんだろうか。
「これは、あの日ここへと一緒に運ばれてきた女性のことを知りたい。ということで間違いありませんか?」
医師が僕の瞳を見つめながら確認する。どうにか理解してくれたようだ。
コクッコクッ…
再び僕は首を激しく上下に動かし、意思表示をした。その瞬間、そっと医師が僕の瞳から目を逸らした。
「あの日、駆けつけた救急隊員によって、一緒にいた女性もあなたと共にこの病院へと搬送されました。」
よかった。やっぱり君もここへ来ていたんだね。と安堵したことも束の間、医師が言葉を続ける。
「既にこの病院に着いた時には、あなたも女性も共に心肺停止の重体。私たちはすぐに緊急手術へととりかかり、電気ショックによる心配蘇生を試みました。あなた方は生涯を終えるにはまだ若すぎる。何度も何度も、決死の思いで呼びかけました。手術を諦めかけたその瞬間に、あなたの心臓は再び活動をはじめたんです。」
医師の声は、震えていた。この人は、相当心が綺麗なんだな。見ず知らずの男女のために、持てる限りのベストを尽くしてくれたことが、声色と表情から伝わってきた。いや。まてよ。今僕はこうして目覚めているのだから、僕が息を吹き返したことなんて、そんなことはわかっている。僕が知りたいのは、君がどうなったかということだけなんだ。
「しかし、一緒にいた女性の心臓は、二度と動き始めることがありませんでした。申し訳ありません。本当に…申し訳ありません…」
頭の整理が追いつかない。突然頭が真っ白になる。
君はもうこの世にいない?もう二度と会うことができないのか―――?
いや。そんなはずはない。少し前まで2人で話していたじゃないか。最後に見た顔だって、幸せそうに笑っていたじゃないか。また、全てをリセットした状態で、あの世で2人で一緒に暮らす。そう決めてあの日僕らは身を投げたはずだ。なのに僕だけが生き残ってしまっている。そんなことはあってたまるもんか。
頭の中に変わらず響き渡る救急車のサイレンの幻聴とも相まって、僕の命を吹き返した医師に腹が立つ。こんなことになってしまうなら、手術なんてしてくれない方がよかった。この手が何不自由なく動くもんなら、ぶん殴ってやりたい気分だ。
「本当に…申し訳ありません…」
そうやって、僕が考えている間にも医師はずっと僕に謝り続けていた。よく見ると、医師の拳は爪が食い込むくらいに強く握り込まれ、小刻みに震えていた。そっと視線を顔に移すと、目には涙が溢れていた。
その光景を見た瞬間、僕の心に芽生えていた怒りは徐々におさまり、やがて落ち着きを取り戻した。この医師は、僕ら2人ともに平等に最大限の処置を施したはずだ。たまたま僕だけが息を吹き返してしまっただけじゃないか。
言葉が出ない、手さえ思うように動かすことができない僕は、ただ見上げることしかできなかった。ここでは当然星なんか見えない。僕は君と最後に見たあの星空を想い返しながら、真っ白いコンクリートの天井に重ね合わせた―――。