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それぞれ吸血鬼から人間の姿に戻り、今後の話し合いをするために、近くにある俺の家に行くことになった。
自宅マンションのリビングに着いた俺は、先に瑞稀をソファに座らせてから、棒立ちでいる玲夜くんを睨みつけた。
「玲夜くん、まずは瑞稀に手を出さないと誓ってくれるだろうか?」
俺の問いかけに、玲夜くんは着ていたコートを脱ぎ、顔をしっかりあげて、姿勢を正した。
「誓うよ、雅光さん。今夜は吸血鬼についての話し合いがしたいだけです」
「空いてるソファに座ってくれ。お茶を淹れてくる」
瑞稀の前にあるソファに玲夜くんが腰かけたのを確認して、キッチンに移動し、皆に出すお茶を手際よく用意する。
瑞稀は玲夜くんに何度か噛まれた首筋に手をやり、撫でながら俯く。目の前にいる彼に視線を合わせないように施す姿を、お茶を淹れながら横目で捉えた。
そんな落ち着きのない瑞稀を、玲夜くんは観察するようにじっと見つめる。
(――ここは年長者の俺が間を取り持って、話をしたらいいかもな)
あたたかいお茶をお盆にのせて、キッチンからリビングに足を進める。彼らの目の前に淹れたてのお茶を置き、瑞稀の隣に腰かけた。
「瑞稀、彼は俺の従兄弟で桜小路玲夜くん。吸血鬼についての研究を、仕事にしているんだよ」
「そうなんですね……」
俺からの紹介に瑞稀は上目遣いで玲夜くんを見、すぐに俯いて彼から注がれる視線を外す。何度も危険な目に遭っているせいで、こんな態度になるのは仕方ないだろう。
「玲夜くん、見てわかるだろうが片桐瑞稀は俺の恋人で、大事な人になる」
「片桐?」
玲夜くんは眼鏡をあげながら呟くように、瑞稀の名字を口にした。傍らに置いているコートのポケットから紙片を取り出し、何枚かめくって紙の表面に目を走らせた。
「やっぱり彼は、桜小路一族に関係のある人物だったみたいです」
「どういうことだ?」
「雅光さんはご存知ですか? 一族が吸血鬼になったわけを」
「誰からも知らされていない。知ったところで、興味がなかった」
(吸血鬼になる因子を持つ一族に生まれた時点で、逃れられない運命を呪ったっけ)
本音を吐露したら「本家の人間らしい言葉ですね」と、乾いた口調で告げて、諦めに似た面持ちのまま口を開く。
「桜小路一族の中でも分家の人間は、自分が吸血鬼になりたくないと考える者が多かったこともあり、進んで研究の道に身を投じてます」
「本家からの資金援助で、研究が成り立っていることを知っているが」
「それも、限られた資金援助で成り立っているわけですよ。膨大な額じゃありません」
玲夜くんは持っていた紙片を、無造作にテーブルに投げ捨てた。ソファの背もたれに体を預け、それを指さしながら言葉を続ける。
「その昔、桜小路一族の遠い祖先が、血の力を求める呪術師と不死になる契約を結びました。その結果、子孫が吸血鬼化する呪いを受けたそうです。この呪いは満月の夜に強く発動して、血を摂取しないと、体が衰弱するみたいですよ」
「その遠い祖先のワガママのせいで、子孫の俺たちが吸血鬼化するってことなのか?」
玲夜くんは無言で、首を縦に振った。俺は迷わず、聞きたかったことを口にする。
「不死を得た祖先は、どうなったんだ?」
「わかりません。古文書を調べても、その祖先がどうなったのか出てきていないんです」
「生きてるのか死んでいるのかわからない祖先のせいで、子孫の俺たちがこんなに苦しむなんて……」
大きなため息をついて額に手を当てたら、瑞稀が俺の利き手に触れて、あたたかみをわけてくれた。それだけで、随分と気持ちが楽になる。
「たぶんですけど、契約を結んだのが300年前の出来事らしく、ここ数年で一族の吸血鬼化が一気に進んでいます」
「ということは、呪いの契約をした300年後ちょうどに桜小路一族のすべてが、吸血鬼化するということなのだろうか?」
質問を投げかけた俺に対し、玲夜くんは顔を強ばらせる。
吸血鬼について研究する関係で、玲夜くんは一族の誰が吸血鬼になったのか、その人数を知っている。だから、余計に焦っているのだろう。
「その可能性が高いです。だから僕は一族全員が怪物になる前になんとかしたくて、彼の血を欲しました」
「俺の血が、マサさんの一族を救うことができるのでしょうか?」
それまで黙りだった瑞稀が、恐るおそる顔をあげて、か細い声を出した。見るからに怯える瑞稀の態度を軟化させるべく、玲夜くんは表情を和らげる。
「君の血を吸った直後、吸血衝動が嘘のように楽になったからね。まず間違いなく、吸血鬼化を中和する、稀有な成分があると思うんだけど……」
玲夜くんは自分の首元を掴み、吸血鬼に変身して見せた。亡くなったお爺様や玲夜くんの吸血鬼の姿を目の当たりにして、やはり化け物にしか見えないそれに、おぞましさを感じた。
「玲夜くん、どうしたんだ?」
吸血衝動とは違うものを察し、玲夜くんに問いかけたら、赤眼を意味深に煌めかせて答える。
「吸血衝動がおさまった代わりに、美味だった彼の血が欲しくて堪らないんです。渇望していると言ってもいい」
「マサさん……」
玲夜くんのセリフに、瑞稀は俺の腕に縋りつく。俺は瑞稀の肩を叩いて素早く腕を引き抜くと、細身の体を抱きしめてあげた。