テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
ーーガイラ撃退後。リュウカが運び込まれた部屋内では、皆による必死の治療が行われていた。
症状はかなり危険な状態にある。
右肩から下が無残に無くなっており、断面からは血が止まらず、手の施し様の無い状況だったから。
刃物で綺麗に切断されたのとは訳が違う。力で無理矢理引きちぎられている為、細胞は潰れ壊死している。
既にリュウカの顔色は紫色に変色していた。
“ーー酷い……”
“もう駄目かもしれない……”
誰もがそう感じても、それでも必死の手当ては続けられていく。
「父上ぇ~やだ、死んじゃやだぁ~!」
娘はリュウカに縋り付く様に泣いていた。それはとても痛ましい光景だった。
その場に駆けつけた長老は、自分の無力さに歯ぎしりしながら思う。
“ーーこういう時、キリトがいてくれたら……”
と、自分の無力さを呪うしかなかった。
「俺は……もう助からん……」
リュウカは吐血しながらも、必死で最後の言葉を紡ぎ出す。
「だがこの子だけは! ミイだけは……頼む」
それは幼き愛娘が、自分がいなくなった後の事を託す意味での。
リュウカの一人娘である幼きミイは、いやいやと泣き叫ぶ。
そんなミイをアミは後ろから抱きしめていた。
“ーー私はなんて無力なんだろう……。ミイ、ごめんね……”
アミは不意に涙が出てくる。
自分の無力さと哀しみーー
様々な想いが交錯していた。
「た、頼む。もう……楽にしてくれないか?」
リュウカはそうアミに懇願する。
どうせ助からぬ命。なら一思いにとどめを刺してくれという願いだった。
「やだアミお姉ちゃん、父上を殺さないで!」
ミイはアミに涙ながらに訴えかける。
勿論、そんな事する訳が無い。なんとしても助けてみせるーーと。
「茶番ですね……」
その顛末を黙って見ていた銀色のままのユキは、そう誰にも聞こえる事なく呟き、部屋をそっと出るのであった。
リュウカの吐血と肩からの失血は止まらない。いよいよ最期の時を迎えようとしていた。
誰もが悲観していたその時、部屋の障子がすっと開けられる。
「どいてください」
周りの誰もがそれを見て、目をぎょっとさせる。何故ならユキがその右手に、既に血が凝固し土色に変色した腕を持って佇んでいたからだ。
ユキはリュウカに向かって歩を進める。
「こんなにも苦しいのなら、早く楽にしてあげるべきですよ」
“ーーまさか……止めを刺す気か!?”
“こいつには血も涙も無いのか?”
誰もがそう思った中、リュウカだけは安堵の笑みを見せた。
「頼む……」
リュウカは、無機質な銀色の眼で自分を見据えているユキに呟いた。これで楽になれるーーと。
「ユキ!? やめてぇ!!」
“ーーユキ、人の心まで失わないで!”
アミは彼に辞めるよう叫ぶが、その声は届かぬかの様にリュウカの傍らに腰を落とす。
そしてその腕を、無くなったリュウカの右肩に添えるのだった。
「これはアナタの腕でしょう?」
ユキはリュウカの右肩に、その手に持つ腕を合わせ手を翳す。
“ーーリヴァイヴァル・リジェクト”
何やら聞き慣れぬ単語を言霊のように呟いたかと思うと、突如彼の手の平から金色の光が溢れ出す。
“ーーこれは……あの時の光!?”
アミはあの時、ユキが自分の傷を手の平で触れ、そして傷が無くなっていた事を思い出した。
そして信じられない光景が映し出された。
その光により、リュウカの右腕は肩から綺麗に繋がっていく。
まさに奇跡とも言える光だった。リュウカの腕は何事も無かった様に、元に戻っていたのだ。
その光景を一部始終見ていた長老は驚愕するしかない。
“ーーこ、これは……キリトの光!? あの子は一体?”
彼が披露した先程の光は、四死刀キリトの力そのものだったからだ。
「血を流し過ぎている為、当分は絶対安静。腕の方は細胞だけではなく神経も繋いでいるので、しばらくすれば違和感無く動くでしょう」
自身の腕を呆然と眺めているリュウカを余所に、ユキは当然の事の様に言い放つが、これは正に奇跡とも云えた。
周りの者は、その奇跡の力を目の当たりにし安堵、または歓声も上がる。
リュウカは安堵からか泣きじゃくる娘のミイを抱きし締め、生きていける事の喜びを噛み締めていた。
「ありがとう、この恩は決して忘れない」
リュウカは涙ながらにユキに伝える。
「ありがとうユキ、私からも御礼を言わせて。本当にありがとう」
アミはユキの手を両手で握り締め、涙混じりの笑顔で感謝の気持ちを伝えた。
「勘違いしないでください。別に助けた訳ではありません。死ぬ必要が無いと判断した、それだけの事です」
しかしユキは素っ気なく顔を反らし、そう呟く。
それでもアミは感謝の気持ちでいっぱいだった。
「父上を助けてくれてありがとう」
ミイが涙混じりの笑顔をユキに向ける。
“ーーくだらないですよ……。何故に笑顔を?”
「ユキ分かる? 皆がね、ユキに感謝してるの」
“感謝?”
「分かりませんよ……」
ユキは抱き合うリュウカとミイに目を向ける。
「滑稽ですよ、家族など……」
助けたのは、ほんの気紛れ。ただ彼にとって、その光景は何処か眩しく見えた。
「ただ……滑稽な位、美しいものがあってもいいのではないかと、そう思っただけです」
アミは何処か遠い目をしているユキを見て思う。
彼に唯一欠け、足りないもの。
そして芽生え始めているもの。
それが今、彼が抱いている“情”というもの。
今はまだ、理解していないかも知れない。
“ーーでも、何時かきっと……”
アミはユキの頭に手を乗せる。
さらさらとした白銀髪の感触が心地良い。
ユキは不思議そうにアミを見る。
それは決して悪い気分では無かった。
***
その後、アミとユキは長老に呼ばれる事となった。
二人を部屋へと呼んだ長老は、ユキに向かって頭を深々と下げる。
「リュウカの命を救ってくれた事、ワシからも御礼を言わせて貰おう」
勿論、御礼だけをする為に呼んだ訳ではあるまい。
本題は、あの力にある。
「あの光の力、あれはキリトの力……。お主は一体?」
ユキはその力の事に対して口を開く。既に先程までの銀色の姿は其処に無い。
「知っていましたか。キリトの特異能ーー“再生再光”」
勿論、これらの力は教えられて出来るものでは無いし、特異能は特異点固有の能力。
「私はユキヤの力ーー“無氷”と、キリトの力ーー“再生再光”その両方を最初から所持していると教えられました」
長老のみならず、アミも驚きを隠せなかった。
相反する二つの力。全てを凍らせ死滅させる力と、全てを再生させ生存させる力。
死神の力と、女神の力を同時に保有する奇跡。
それはこの世に於いて、最も危険な存在で有り、最も必要な存在で有るとも云えた。
「私はユキヤに拾われて師事していましたから、再生再光に関しては、その一部しか力の使い方を知りませんがね……」
ユキは何処か納得いかないかの様に、更に続ける。
「キリトは対象の細胞を死滅させたりも出来ましたから。そちらの使い方を教えて欲しかったですね。死んでいない限り、対象者のあらゆる傷を再生させる事が出来るとはいえ、自身には何の効果も無い力ですから……」
アミは最初にユキが森で倒れていた事を思い出す。
“だから倒れていたのか”
自分の傷も治せるなら、倒れていたりしていない。
そしてアミはユキには言ってないが、彼が倒れ手当てをする時、他に外傷が無いかを身体の隅々まで調べていた。
雪の様に白いユキ。その衣装の下に隠された姿。
身体には幾多もの傷が重なり合い、変色していた事を。
一体どれ程の修羅場を潜ればこうなるのか?
それよりアミは、ユキがこの歳でそんな死線を潜らねばならぬ事を思う。
本来なら闘う事とは無縁で、相応の幸せがある筈なのにーーと。