ファッキンワールド。シャーリィ=アーキハクトです。やはりこの世界は意地悪でくそったれです。策略は順調でしたが、最後の段階でマリアが介入。私の大切なものに攻撃を仕掛けました。
まだ被害の詳細は不明ですが、現時点で判明している被害について鳥笛で連絡がありました。それによると、負傷者が四名、そして少なくとも六名の戦死が確認されました。
……カナリアお姉さまに呼び出されて正解でした。
『だから言ったんだ。あの女を殺せ! 君の大切なものを根刮ぎ奪っていくぞ!』
脳裏に響く勇者様の声に反応するように、私の心が憎悪でどす黒く染まっていくのが分かります。今すぐにでもマリアの胸に勇者の剣を突き立ててやりたい衝動に駈られます。
しかし、我慢します。今そんなことをすれば、今度こそ大切なものを全て失ってしまうのだから。沸き上がる衝動を必死に抑え込みます。
幸いお姉様からの呼び出しがありましたし、何より側にはレイミとエーリカが居てくれます。衝動に任せた行動を取らずに済みそうです。
憂慮すべきは、マリアもまた『帝国の未来』を愛読している事でしょうか。彼女の私兵である蒼光騎士団の悪名はシェルドハーフェンで広がりつつあります。あの狂信者集団は、裏社会のならず者達に恐怖を与えるまでになっていますからね。
マリアが知っているのかどうか知りませんが、彼等によって壊滅させられた組織は伝えられるだけでも大小合わせて十を越えます。
とは言え、今回は見苦しいところを見せてしまいました。失望されていなければ良いのですが。
「エーリカ、貴女に感謝を。見苦しいところを見せてしまいましたね」
「気にしないでください、シャーリィお嬢様。お気持ちは分かりますから」
「エーリカの言う通りです、お姉さま。あの状況は予測できませんでした。仕方ありません」
「……ありがとう」
マリアが帝都入りしているのは知っていましたが、まさかあのタイミングで動くとは。
いえ、貧民街での事を思えば予測できたはずです。マリアの性格を考えれば、必ず介入するのは目に見えています。そしてその途上でここの騒ぎを聞き付け、介入してきたのでしょう。つまり、今回の件は不幸な事故とも言えます。リナさん達にエルフの犯罪者達が身に纏うようなローブを着せていたのも裏目に出ました。
マリアから見れば、エルフの犯罪者達に襲われる領邦軍とレンゲン公爵家ですからね。助太刀に入るのは当然か。
「それで、お姉さま。被害は?」
「現時点で四人が負傷、六人が戦死しました」
私の答えにレイミとエーリカが表情を歪める。
「予想以上ですね、リナさん達の気持ちを考えると……」
「こんな言い方はしたくありませんが、猟兵は代えが利きません。人的被害は無視できませんね、お姉さま」
「大切なものを失いましたが、暁としても無視できない被害です」
リナさん達の心中を想えば……。
はて、誰もいない?
しばらく三人で廊下を歩き、執務室の前に来ました。そこにはセレスティンが静かに佇んでいました。
「セレスティン」
「ご無事で何よりでございます、お嬢様。人払いを済ませておきました。閣下は中でお待ちです」
「ありがとうございます、セレスティン」
道理で人がいないわけだ。僅か数日で別荘の全てを切り盛りする立場に収まった我が家の執事は優秀です。
「「「失礼します」」」
三人揃って部屋へ入ると、カナリアお姉様が一人だけ椅子に座って待っていました。あんまりご機嫌では無さそうですね。
「先ずは御苦労様、お陰で被害もなく厄介事を終わらせることが出来たわ。ありがとう」
「いえ、お姉様にはお世話になっていますから。被害はありますか?」
「流れ弾で窓ガラスが幾つか割れたみたいだけれど、被害はそんなものよ。事前に窓から離れるように通達が出されていたから、怪我人も居ないわ」
良かった、レンゲン公爵家に人的被害は無い。これで怪我人が出ていたらややこしいことになりましたから。
「被害が出なくて幸いでした。窓ガラスについては直ぐに片付けますので」
「もうセレスティンが片付けてくれたわ……さて、私個人としては面倒を避けられたわけだけど、シャーリィとしては不本意な結果になってしまったわね」
「はい、まさかマリアが介入してくるなんて」
最後の最後で策は失敗しました。いや、レンゲン公爵家を護れたのは成功と言えますが、此方が被った被害は決して低くない。
「思うところはあるでしょうけど、この件についての復讐は無しよ」
「カナリアお姉様!?」
「閣下!?」
思わぬ言葉に絶句して、レイミとエーリカが声を挙げました。復讐するなと!?
「相手は聖女とも侯爵令嬢とも名乗らなかったのよ。私に大きな貸しを作れるのに、ね。そこまでされてなにもしないのは私の名に傷が付くわ。彼女個人に大きな貸しを作った。それなのに彼女にこの件で危害を加えたら、私の面子はどうなるのかしら?」
「しかしカナリアお姉様!私の大切なものが!」
今回は死者まで出てしまいました。あの場では引き下がりましたが、落ち着いたら襲撃しようと考えていたのに!私の想いを見透かしたのか、カナリアお姉様は扇で口を隠し目を細めました。
「弁えなさいと言っているのよ、シャーリィ。少なくとも彼女個人に借りを返すまで手を出すことを禁じるわ。借りを返す前に死なれでもしたら、笑い者よ。この騒ぎは直ぐに広がるでしょうからね」
……確かに、貴族社会は面子が何よりも大事。助けられて借りも返せないとなればカナリアお姉様の面子は、ひいてはレンゲン公爵家の威信に傷が付く。
まさか、マリアはそこまで計算して!?
「お姉さま、カナリアお姉様の事を考えるならばここは……」
レイミが心配そうに私を見ています。いけませんね、こんな顔をさせては。
沸き上がるどす黒い感情を何とか抑え込んで、私は笑顔を浮かべました。ちゃんと笑えてるかな?
「大丈夫です、レイミ。カナリアお姉様、御指示に従います。お姉様のお許しを得るまでマリアに対して攻撃をしないことを誓います。ただ、何かと物騒ですからね。お姉様の身辺警護のための兵を呼び寄せても問題ありませんね?」
ただでは起きませんよ。
「うちの領邦軍を呼び寄せるにしても時間がかかるわ。好きにしなさい」
「ありがとうございます、お姉様」
よし、許可を貰いました。誰だか知りませんが、八つ当たりをさせて貰いますよ。
マリアへの復讐を封じられたシャーリィは此度の騒動を起こした相手への八つ当たりを誓うのだった。
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