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りお
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hasunoha⛄❄️🫶🌹
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これは私が中学生の頃に起きた出来事だ。
私は中学生になった。
これからがすごく楽しみだ!そう思ってた
だけど現実はそう甘くなかった。
勉強は難しいし、小学校同じだった子としか話せない、
私は人見知りだから余計。
そんな私は部活に所属することになった。
私は運動がしたかった。だからテニス部に入部した。
テニス部の同級生は私含め4人。
生徒数自体そんなに多くないからこれでも多い方。
私は同じ小学校だった人が私含め2人しかいない。
だけどその子とはあまり仲良くない。
理由は流石に言えない。
そんなこんなで放課後も、土曜日も練習をしてた。
宿題もちゃんとやって問題児ではなかった。
入学して早1ヶ月がたった。
私はテニス部の別の学校だった2人とすごく仲良くなれた。
休み時間も、授業の移動も、部活でも、ずっと一緒にいた。
私は部活と同じ子と双子みたい!って言われるようになってきた。
そんなことないよ〜!とは言うものの実際はすごく嬉しかった。
その子の名前はそら。私はさな。
なんと名前のイニシャルが同じなのだ。
そして苗字までイニシャルが同じ。
誕生日は違くとも自分たちでも本当に双子かもね笑と思うことは多々あった。
入学2ヶ月が経ち同級生の中で新しい子が入部してきた。
私はその子とすごく仲が良かった。
そしてどんどん時が経つにつれペアを組むことになった。
私はそらとではなく後に入ってきた子と組むことになった。
個人的に元から仲良かったしすごく嬉しかった。
けどそらとやりたかったなと思うことはあった。
私たちは部活を楽しみながらやった。
試合では負ける。だけど練習試合では勝てる。
不思議なペアであった。
人数が少なかったからか団体戦で出場させてもらった。
すごくいい経験ができたしこれを活かそう。そう思ってた。
そして部活から離れて日常生活の話をします。
日常では相変わらず私とそらともう1人の子名前はここな。
この3人がいわゆるいつメンとなっていた。
この関係がずっと続くと思っていた。
私たち3人は部活の片付けをしてる時ここなからこんなことを言われた。
「私結構好き嫌いあって、実はさなとそらも少し苦手なんだ、」と
私たちはその時からここなとの関わり方を考えたりすることが増えた。
関わらない方がここなのためなのかな、
でもそしたらハブるみたいになる、とか
そんなこと言ってる間に冬になった。
ここなは部活についていけなくなったみたいで辞めることになった。
そしてそらも先天性のなにかがあったのだろう。
部活を休部しなければいけなくなった。
日常生活はここなと一緒にいるけど部活ではぼっち状態。
でもそらは絶対に帰ってくるそう思ってしばらく経った。
願いが叶って2年の春。
そらは無事復帰することができた。
これからまた頑張ろう!そう思ってた。
だけどここから全てが狂っていった。
新しく来た顧問。
最初は優しかった。最初はね、
3年生が引退するまではすごく優しくてそらともできて楽しかった。
だけど引退した途端おかしくなった。
あの日。私は初めて部活を辞めたいと思うことがあった。
新しく来た顧問にずっと責められた。
その日は 練習試合があった。
そらとは別のペアになった。
親もいない。友達しかいない。
弱いのは私。負ける原因は私なんだ。
そんなの知ってる。下手だもん。
でも私だっていいプレーすることあるよ、
そんなのお構いなし。顧問は私のペアの方をベタ褒め。
私のことになると全てに怒る。
いつもなら親とかそらに愚痴る。
それでずっと耐えてきた。
そらは別の試合で忙しいし。親もいない 。
だから私はこの気持ちを誰にも言うことができない。1人で抱え込んでた。
3〜4試合くらいその日はやった。
だけど毎回怒られるのは私。
その日だけかなと思ってた。
だけど違かった。
放課後の練習でもなんでもずっと私。
なんだか私が悪者みたい。
私は抱え込んじゃうタイプだから普通は話さない。
けど私には心を開いてるそらがいる。
そらにずっと愚痴をいって耐えてる。
そらも私に愚痴をいってお互い様だねとか冗談っぽく話すのが日常。
だけど私が辞める。そう決断した日は
夏休み始まって一番最初の練習。
その日はそらが休み。
夏だからすごく暑い。
なのにずっと走らされる。
休憩はものの1〜2分。
こんな暑さだから私も頭痛くなってきて足も手もおかしい。そんなこととっくの昔に気づいてた。
そしたら後輩が吐いてしまった。
私はとっさに駆け寄り大丈夫?そう声をかけ顧問の元へ行き〇〇ちゃん吐いちゃったみたいです。そう言った。
すごく顔色が悪かったし流石にお家に帰らせるのかなそう思ってた。
だけど違かった。
私たちはコートから移動してエアコンの効いた部屋に30分くらいいた。
その後吐いた子のことは帰らせることはなかった。
そして日陰だからと言い練習再開。
顧問は私にボールを当てようとなにしようと謝ることはなかった。
片付けだってしない。
こんなこと親にも言えない。辞めたいなんて。
そしてこの数日後、
そらは検査入院することになった。
なんかの病気かもって
何日か経ってそらは白血病と診断された。
私たちが住んでるところは田舎だから大きな病院がなかった。
そらはちょっと離れたところへ入院そして転校することになった。
その後そらとは会えてないけどLINEを繋げて話してた。
そして私は1年生の時みたいにそらが帰ってくるもんだと思ってずっと過ごしてきた。
早くても3年の10月くらいかなって。
だから私はこう言った。
修学旅行お土産買うから絶対に取りに来いよ!って。
私はこの言葉に元気になって退院して帰ってこいと言う意味も込めて。
実際修学旅行に行った。
こんな辛い思いするとは思わなかった。
1日目そらのおみやげとしておそろのキーホルダーを買って。
2日目班別研修。
そこで私は車のミラーと腕がぶつかってしまった。
俗に言う当て逃げに私はあった。
それ以外にもその日辛いことがいっぱいあった。
班の中でも当て逃げでも。
私班の中で頼れる人がいなかった。
何回も泣きそうになったことがあった。
目的地に果たしてつけるのか、つけなかったらどうしよう。不安が頭に何回もよぎった。
その後無事に着くことはできた。
友達と会えたことだけで泣いてしまった。
そして友達に当て逃げのことを全て話した 。
その日あった悲しいこと、辛いこと全てが鮮明に残ってるから伝えてる時も涙が止まらない。
結果このせいで3日目は現場検証が行われ私の最終日は消えた。
そしてそらと離れて1回目の夏。
私は夏休みだ!嬉しいなとかテンション上がりまくりだった。
そして先生が大切な話があると言って学年全体を集めて話をした。
その内容は信じられなかった。
「先日、そらさんが亡くなりました。」
そう告げられた。
私は嘘だ。何度も思った。だけど現実は変えられない。
私はその場で号泣してしまった。
夏休みなんてもうどうでも良くなった。
帰ってくる。そう思ったそらが最悪な状態で帰ってくることになった。
今までの楽しい出来事。日常たちが頭によぎる。
今までにないくらい泣いた。
この年で友達を失うとは思わなかったから。
80とかになるまで一緒にふざけ合い笑い合ってるんだろうなって心のどこか奥で願ってた。
そしてまたテニスしよう。ってつい最近言ったのに、
その言葉はもう2度と叶わない。
そしてお葬式。
私の初めてのお葬式がそらになるとは思わなかった。
そらは寝てるみたいに目を瞑ってた。
1年前と変わらないなぁって
そら〜って言ったら起きるんじゃないかでも起きない。
お揃いのキーホルダーだって、生きてる時に渡したかった。
亡くなってからだと遅いそんなの知ってる。
けどそらと一緒にいた時間があまりにも短いから全てを叶えることは不可能に近かった。
私はお揃いのキーホルダーと4枚くらいの手紙を棺に入れそらを見送った。
夜、音楽流してるとどうしてもそらを思い出してしまう。
毎日のように泣いてしまう。
立ち直らないといけない。そんなのわかってる。
でも無理なんだよ、
大親友が亡くなるなんて経験したことがないから。
身近な人が亡くなるなんて、、
そうして私はそらの分まで絶対に生きてやるそう誓った。
私が言えるのは生きているのは当たり前ではない。
いつ亡くなるかわからないから今の時間を大切にしてほしい。
後悔する人生を送ってほしくない。
それに尽きます。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
コメント
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うわ……読み終わって、胸がぎゅっと詰まりました。そらさんとの日々、一つひとつが本当に鮮やかで、仲良くなる過程や「双子みたい」って言われる嬉しさが伝わってきて、こっちまで温かい気持ちになりました。それだけに、顧問の理不尽さやそらさんの白血病、そして最後の知らせ……どれもあまりに重くて。でも「そらの分まで生きる」って誓った言葉に、ゆめなさんの強さを感じました。最後の「今を大切にしてほしい」というメッセージ、しっかり心に刺さりました。素敵な文章をありがとうございます。