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冷凍庫を開けた有夏がアイスを取り出した。
顔がニヤけている。
「鍋のあとはやっぱコレだな」
コンビニの「まるでマンゴーを冷凍したような食感のアイスバー」をペロリと舐める。
「うまーーーっ!」
この時期、鍋とは大概に季節外れなメニューである。
だが有夏が喜んで食べることと、何より調理が楽なことから、幾ヶ瀬家ではここ数日またもや鍋料理続きであった。
塩ちゃんこに始まり、うどんすき、カレー鍋……。
最初の2日は食後に「アイスがない!」と嘆いていた有夏だが、3日目にして自ら買っておいたようだった。
「俺の分は?」
食器を片しながら、幾ヶ瀬。
「あっ……」
有夏がしまったと顔をしかめた。
ないんだぁ、と恨みがましい口調で幾ヶ瀬がアイスを眺める。
自分の分しか買っていないのは意地悪ではなく、有夏が天然なだけだと分かっているから、目元は勿論笑っている。
「んじゃ、一口食べ」
差し出そうとするのを手を振って止める。
「いいよ、いいよ。じゃあさ、有夏。罰としてそのアイスをいやらしく舐めてみようか」
「その発想、お前はホントに気持ち悪いな……って喜んでんじゃねぇよ」
「ふふ……有夏にそう言われたらゾクッとクル」
「………………」
「嘘だよ。冗談だって」
あながち冗談ともとれないのだが。
洗い物を終わらせて、幾ヶ瀬が部屋へ戻ってきた。
若干、ハラスメントの匂いはするものの、これは幾ヶ瀬のいつもの軽口だ。
「でもさ、お詫びに映画見るの付き合ってよ。明日休みだから借りてきちゃった」
見慣れぬレンタルショップの袋を手にしている。
「ネットで見りゃいいのに。ん? ツタヤじゃねぇの? 珍し」
「VHSでしか出てないんだよ、この作品。この店、ビデオデッキも貸してくれるから」
見るとテレビの横に大きな紙袋が置いてあるではないか。
ズッシリと重そうな袋の中には、今は滅多にお目にかかれないビデオデッキが入っているらしい。
「ビデオ? 懐かしっ。うちにはなかったけど、中島ん家で昔の戦隊もの見たわ」
「また中島かっ!」
「ビデオ見ただけだって。何だっけ…忍者の戦隊モノ。知ってる?」
「知らないよ、情報少なすぎるよ! ああ、またもや疎ましき中島が! ビデオデッキで有夏を釣ろうなどと!」
「あぁ、もぅ、めんどくせぇな。で? 幾ヶ瀬は、そうまでして何が見たかったんだよ?」
幾ヶ瀬にアイスを舐めさせてやりながら、デッキの接続を手伝う有夏。
いつもならしつこく嫉妬の言葉を繰り返す幾ヶ瀬だが、今日ばかりはVHSのソフトを持って上機嫌だ。
「じゃーん! 『稲川淳二の恐怖物語4』!! 『てるてる坊主』ってのが名作らしいんだよ」
「……お前スキだなぁ。いっつもキャーキャー言うくせに」
「何年もずっと探してたんだけど、全然なくて。この店でやっと見付けたんだよ!」
「はぁ……」
幾ヶ瀬は意外とホラー好きだ。
テレビの心霊番組も欠かさず見る。
見られない時間帯のものは録画までして。
好きなくせに1人では怖くて見られないという彼に、いつも付き合ってやる有夏は、そのテのものにはまったく動じない。興味もないと言う。
「オバケより、リアルにうちの姉ちゃんらの方が怖いわ」なんて言って。
最近めっきり見なくなったビデオテープというものをじっくり眺めてから、幾ヶ瀬はデッキの中へそれを押し込んだ。
ガコンと音をたててテープが吸い込まれる。
中でウィーンと動く気配。
「ささ、有夏」
幾ヶ瀬が麦茶を用意すると、アイスを食べ終わった有夏はちゃっかりプチの「チョコラングドシャ」と「フランスバターのクッキー」を出してきた。
「別に幾ヶ瀬が見たいってんなら付き合うけどさ。面白いか? 稲川淳二。何言ってっか分かんないだろ。字幕がなきゃさっぱり……」
「あっ、有夏! コラッ! 怪談の神に何てことを!!」
「怖くないし」
「だから何てことを! それがいいんだってば。日常のふとした隙間に思わぬ怪異がっていうのを、独特の語り口で話してくれるんだよ。あの人は日本が誇る職人だよ!」
「ほぅ、語るねぇ」
「ジャパニーズホラーみたいに、やたらめったら脅かしてくるんじゃなくて、怪談ってのはどこか人間臭さが残ってて、あったかいんだよ。そこがいいんだって」
「……語るねぇ」
なんてやっている間に始まったようだ。
どこか荒いビデオテープの映像に「怪談の神」が映っている。
『スタッフの女の子がガタガタ震えている。稲川さぁん、ちょっと聞いてくださいよという。まっ……青な顔をしてブツブツ言ってる。こわいよーこわいよー』
「えっ、幾ヶ瀬? これ何言って……?」
「しっ! 黙って!!」
語りが進むにつれて、映像は薄暗い廊下を映し出した。
左右に等間隔で並んだ扉。
非常口を示す電灯はチカチカ瞬いている。
建物の全体像が映り、そこが病院であると分かった。
「へぇ…ドラマ仕立てになってるんだね」
早くも有夏の腰に両腕を回しピタリと寄り添って、幾ヶ瀬。
夜の病院というシチュエーションに既に呑まれているようだ。