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昼休み。校舎の裏側、風の当たらない場所。
自販機の前で缶コーヒーを片手に、日下部は一人、校庭の方を見つめていた。
──また、あいつと一緒にいる。
下の階のベンチ。
蓮司と遥が並んで座っている。
蓮司は何かを言っている。軽口か、皮肉か。
遥は……笑ってるように見えた。
(……あんな顔、見たことなかった)
遥が笑う。それ自体がもう、異常だった。
ガキの頃から、あいつの表情は硬かった。
痛めつけられても、睨んでも、口を利かなくても──沈黙だけは守っていた。
最近のあいつは、壊れかけた玩具みたいに喋り始めた。
煽るような言葉、笑い声、挑発的な目線。
最初は腹が立った。
「演技してんじゃねぇよ」
「悲劇のヒロインぶってんなよ」
そう言い放った自分を、今は思い出したくない。
──間違ってた。
あれは演技でもなければ、悲劇ぶりでもなかった。
あいつの“最後の壁”だったのかもしれない。
笑うことで、なにか全部、遠ざけようとしてた。
そして──
今、遥の隣にいるのは、自分じゃなかった。
蓮司。
あいつのことを、日下部は最初、ただのチャラついた男だと思っていた。
口は軽いし、やたら人の懐に入る。
だが、何かが違う。
目の奥に、熱がない。
笑っているのに、なにも感情がない。
誰かに好かれようとか、理解されようとか、そういう“人間らしさ”がない。
(あいつ、遥のこと……“見てる”んじゃなくて、“観察してる”)
そんな気がした。
まるで、遥の反応を試すように、
どこまで壊れるか、どこまで変わるか──
ただ、それだけを楽しんでるような目。
──それが一番、怖かった。
嘘だとわかってる。
遥の「付き合ってるから」という言葉が、
真実じゃないことくらい、直感でわかった。
でも──
蓮司の腕を掴んで、あんな顔で言った遥を、
否定することもできなかった。
(……なんで、あんな顔したんだよ)
あれは、追いつめられた目だった。
泣きたいけど泣けない子供みたいな目。
でも、そう思った直後、また苛立ちがこみあげる。
(だったら、なんで俺に助けを求めねぇんだよ)
違和感、怒り、後悔、焦燥。
全部が混じって、言葉にならない。
蓮司が遥の肩に手を置いた瞬間、
本気で殴りかかりたくなった。
──その衝動を、無理やり飲み込んだ。
教室に戻ったとき、遥はすでに席に着いていた。
頬杖をついて、窓の外を見ている。
何もかも興味がないような、薄く、乾いた表情。
でもその指先は、小さく震えていた。
(……助けたいとか、守りたいとか、そういう“いいやつ”じゃねぇんだよ、俺は)
そう思って、何度も自分を止めた。
けど──
(蓮司、てめぇだけは──)
無性に腹が立った。
“あの男だけは絶対に信じるな”と、
遥に言いたくて、でも言えなくて、
爪の中に血が滲むほど拳を握りしめた。
そしてその夜、日下部は一人で考えていた。
(もし……あいつが、ほんとうに蓮司と──)
いや、そんなはずはない。
でも、蓮司は“全部わかってる顔”で、あいつの一番奥を覗き込む。
(壊される。……ほんとに、壊されちまう)
もう、口出しする権利なんかない。
けど──
目を逸らすには、もう“知りすぎた”。
日下部の中で、初めて“恐怖”が形になった瞬間だった。