黄昏に本拠地を置く暁は慌ただしい毎日を送っていた。昨年の度重なる戦いで戦力が危険な水準にまで低下しており、その再建と更なる拡大に邁進していた。
シャーリィは新たに常備軍一千人計画を策定、更に今後の拡大を見込んで予備戦力も二千人を用意するように指示を出した。
こうなるとマクベスを筆頭とした軍幹部達は調練、装備、再編成で多忙を極めることになる。
幸い黄昏商会経由で大量の奴隷や流民が黄昏に入り込んでいたので、人手に困ることはなかった。
「既に黄昏の人口は二万を越えた。今後も拡大していくでしょうな」
「いやはや、かつての領都に迫る勢いです。旦那様もお慶びになられているでしょうなぁ」
「まだまだ休む暇はありませぬぞ、ロウ殿」
「無論、お嬢様の為にこの老骨は朽ち果てるまで尽力する所存ですよ」
大樹周辺は憩いの場として整備され、そこで茶を飲みながらセレスティンとロウが一息を吐く。話の内容は黄昏の発展具合になっていた。
「人口増加に伴うインフラの整備は最優先事項ではあったが、既にお嬢様は前もって準備なされていた。二万の人口を抱えるだけの居住環境は整っている。して、ロウ殿。そちらは?」
「作物の収穫は順調で、お嬢様が更なる増員をして下さったので農園の拡大に邁進しておりますよ。ただ、人口が増えた分消費も増えてしばらくは出荷量も少なくなってしまいますが」
「そこはご安心頂きたい。お嬢様は確保された魔石を一気に売り払うことを決められた様子。具体的な商談はまだではあるが、当分資金には困らぬようになるでしょうな」
「それは重畳、今後が楽しみですな」
一方『ライデン社』の工場が完成して本格的に操業を開始すると、それに合わせて『ライデン社』の事務所も建設された。
「今後はここ黄昏を本拠地として活動しますので、今後とも宜しくお願い申し上げますわ」
「大歓迎ですよ。ライデン会長も呼べるようにしたいものですね」
『ライデン社』の副社長にしてライデン会長の愛娘であるマーガレットは、シャーリィとのお茶会を開いていた。とは言え話の中身は乙女の話題とはほど遠いものである。
「お父様もそう遠くないうちに此方へ来るでしょう。今の帝都は危険ですから」
「危険?」
「皇帝陛下のご容態はいよいよ余談を許さぬ段階まで来ておりますわ。そして皇子達の跡目争いは熾烈を極めております。最悪なのは、どちらも保守派であること。わが社は目の敵にされていますからね」
「原理主義でしたか?鼻で笑ってしまいますね」
帝室及び保守派の貴族達は近代化を進める現状を嫌悪し、古き良きロザリアを合言葉として原理主義を唱えている。
当然近代化を推し進める最大の要因である『ライデン社』は目の敵にされていた。
マーガレットが黄昏に拠点を移したのは、身の危険を感じたことも要因である。
「近代化を進めれば、貴族達は損をするばかりですからね。邪魔なのでしょう」
各貴族が領地を持ち自治を行っている現在のロザリア帝国と近代化は相性が非常に悪い。
近代化のような大事業を成し遂げるには中央集権化が半ば必須であり、保守派はその事実に気づいているため猛烈に反発しているのだ。中央集権は貴族の権威を貶めるものであると考えてしまう。
「理解がある貴族も居るでしょうに」
「その急先鋒がアーキハクト伯爵家でしたわ。十年前に皆殺しにされてしまいましたけれど」
マーガレットの言葉にシャーリィは一瞬手を止めるが、気づかれること無く紅茶を口にする。
シャーリィがアーキハクト伯爵家の長女であることを知るものは少ない。
「では今の革新派は?」
「レンゲン公爵家率いる西部閥ですわね。ただし、一枚岩とは言えないのか大きな動きはありませんわね」
「貴族とは争わずには居られない生き物なのでしょうね」
権力闘争を是とするロザリア帝国の風潮は、政治の混乱を度々招いてきた。
「ところで、帝都へ赴かれると耳にしましたけれど?」
「相変わらず耳が早いですね、マーガレットさん」
「そうでもなければライデン社を率いるなんて出来ませんもの。何をするのかは分かりませんし、聞くつもりもありませんがご用心を。今の帝都は伏魔殿ですわよ」
「そこまで不穏なのですか?」
「治安上の問題はありません。ただ次期皇帝の座を巡って権力闘争が熾烈化しておりますの。まさに貴族達の戦場ですわね」
「ふむ。第二皇子殿下がパーティを主催されるみたいですが、マーガレットさん達は参加しないので?」
「招待状は届きましたけれど、冗談ではありませんわ。わざわざ敵の懐へ飛び込む勇気はありませんし、お仕事なら此処で出来ますもの」
「聞くまでもありませんでしたね。本拠地を黄昏にしませんか?今のお話を伺う限り帝都に居ても利益は無いばかりか命の危険にさらされるだけでしょう」
シャーリィの言葉にマーガレットは溜め息混じりに答える。
「お父様にもお話をしましたが、あの方は政治に関心がありませんの。身の危険を感じてはおりませんわ」
「そうでしたか」
マーガレットの言葉を聞き、シャーリィは帝都へ行くついでにライデン会長との会談の場を設ける必要があると強く感じた。このまま帝都に居ては危険だからだ。
「それで、シャーリィさんが留守の間は誰と連絡を取れば?セレスティンさんかしら?」
「セレスティンも連れていきますよ。連絡についてはシスターにお願いします。私が留守の間の全権をお任せしていますから」
「シスターカテリナですわね?分かりましたわ。シャーリィさん。どうかご無事で。貴女とはまだまだ一緒にお仕事をしたく思っておりますので」
「ライデン社のご令嬢にそこまで評価していただけるとは、光栄ですね」
マーガレットとのお茶会から数日。シャーリィは不在の間の責任者としてカテリナを指名。留守の間も基本的には専守防衛と黄昏の発展、暁の強化を優先する方針を固めた。
「十四番街の動向に注意を払ってください。特にトライデント・ファミリーです。私達の支援を受けましたから、間違いなく動きがある筈です」
「任されたわ。主様も気を付けてね」
「ルイ、浮気をしないように。留守の間アスカをお願いします」
「しねぇよ!気を付けてな、シャーリィ」
「ベル、万事任せました」
「任された。怪我をするなよ、お嬢」
斯くしてシャーリィはセレスティン、エーリカを連れてシェルドハーフェン駅から帝都行きの汽車へと乗り込むのだった。
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