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どうして舞台が隣国に!?

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どうして舞台が隣国に!?

39 - 第39話 赤い王女の疲労(ジャネット視点)

2023年07月08日

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「はぁ~~~」


思わずジャネットは、目の前の光景に、長い溜め息を付いた。


魔塔に戻ってからというものの、一週間ほど、ほぼ執務室に閉じ込められた状態だったからだ。しかし、これはその内の一つに過ぎない。


もう一つは、机の上の書類の山である。辛うじて、正面は空けて置いてあるが、圧迫感さえ抱かせるレベルだった。思わず背を向けて、開放感のある広い窓をすべて開けてしまいたくなった。


風の強い日だから、開けた瞬間、この書類たちは、いつも以上に盛大に舞うだろう。机の上にある花瓶も倒れて、使い物にならない書類が、盛大に出てしまうかもしれない。

そんな想像をしたら、試してみるか、と一瞬衝動に駆られた。


確かにこれらの業務を無視して、旅に出かけていたことは、悪いと思っている。だが、これは最早、悪意そのものではないだろうか。処理し続けていても、減っている感じがしなかった。


「ジャネット様。こちらが今日中に処理しなければならない書類なので、頑張ってください」


そう言って、目の前に書類の山を置いていく男の存在が、溜め息を付いた最後の原因だった。


「そもそも、私がここに戻ってきた理由は、貴方なのよ!」

「えぇ、その通りです。けれど、私の処罰については、ジャネット様が直接動かなければならないことではありませんよ。魔塔には、そういう部署が、わざわざ設けてあるのですから。最終的に、こうして処理をするのは、ジャネット様でなければなりませんが」


この男、ユルーゲル・レニンを含む、レニン伯爵一派を処罰するために、魔塔に急遽戻ってきたわけだが、ユルーゲルだけは、治安隊に引き渡していなかった。


治安隊とは、魔塔の刑罰を担当する部署である。魔術師の犯罪でも、大きいものは国が処理するが、小さいことや魔塔内で起きたことなどは、この治安隊が制圧も含めて処理をする。


今回は、ユルーゲルのことを公にはできないため、治安隊で処理することにした。が、ユルーゲルを目の届かない所で、野放しにするのは危険だと判断したジャネットは、専属護衛を盾に、こうして傍に置いているのだ。


本人はそれが分かっているのかいないのか、飄々とした様子で、まるで他人事のように振る舞っていた。今も、机の上にある書類の山を、分類別に分けてくれている。


「それに、私の処罰は、書類上すでに下っているわけですし、戻ってきた目的は、果たされたのも同然ではないですか?」


ユルーゲルの罪状は、一般人の拉致監禁と実験の強要。ゾルレオは、幇助ということになった。


レニン伯爵家は、ソマイアの建国当初から、魔術師として大いに貢献してきた家であったのもあり、魔塔としては、ゾルレオの代にのみ、魔術師の資格を剥奪することとなった。


ユルーゲルに至っては、先にジャネットが下した通り、専属護衛という名の監視が加えられている。勿論刑は、ゾルレオ同様、魔術師の資格は剥奪扱いである。


「だったら、どうして反省した様子が見られないのかしら。何故、罰を与えたのか、分かっているの?」

「勿論ですとも。ですからこうして、お仕事の手伝いをしているのではありませんか。早く片付ければ、生贄の伝承について、調べに行くことが出来るんですよ」


全く分かっていない。いや、アンリエッタやパトリシア嬢に対して、罪の意識があるのなら、解決に繋がるようなことを調べるのもまた、反省の表明になる。……なるのだけれど、果たして、そう思ってもいいのかしら。

ただユルーゲルの興味を、満たすだけのようにも、感じてしまうわ。


「信じられませんか?」

「今までの行動と言動を考えるとね、無理な話だわ」

「では、どのようにすれば、満足していただけますか?」


言葉では困ったような言い回しを使っているが、口調は楽しげだった。口元も笑っている。ジャネットは、そんなユルーゲルの態度を無視して、引き出しから書類を取り出した。


「昨日、レニン伯爵の別邸に置いてきた魔術師を経由して、学術院の院長から報告が来たわ。そのことについて、貴方の見解を聞きたいの」

「構いませんが、先に机の上にある書類を片付けなくて、よろしいのですか?」


勿論、片付けなければならない。けれどジャネットは、書類を持った手を上げて、にんまりと笑って見せた。


「時間を有効的に使いましょう。これの返答によって、必要な資料を図書館から請求して、それを貴方が調べて、報告書にまとめるのよ。悪くないでしょ」

「えぇ。これで退屈せずに済みます」


思わず、黙りなさい! と睨みつけた。退屈ですって! 全く! 本当に、もう!


書類の山を、ユルーゲルにぶつけてやりたい気分になったが、後のことを考えたら、上げていた手をゆっくりと机に乗せた。


「それで、どのような内容なのですか?」

「……銀竜がマーシェルのガザルド山脈の洞窟にいるのは、マーカスの話で覚えていると思うけど、場所がソマイアに近いのは、分かるわね」


予想していなかった内容から入ったからなのか、急に押し黙ったまま頷いた。


「私も貴方も生贄の伝承は、知らなかった。そして、学術院の院長もまた、私たちと同じ回答だった。ソマイアの近くで起こっていたことなのに、どうしてなのかしら」

「つまりジャネット様は、意図的にソマイアには伝わっていない、と?」

「えぇ。もしくは、ソマイアから生贄が出ていない、という可能性もあるわ」


ジャネットの言葉に、ユルーゲルの目つきが変わった。


「それは、マーシェルからしか生贄が出ていない、という意味にもなりますね」

「銀竜の力の範囲内がどれくらいなのかは、分からないけれど、ソマイアの近くに住み着いているのだから、他国に生贄が出ている可能性は低いと思うのよ」

「では、マーシェルの郷土史を取り寄せて、調べましょう。生贄という断定的なものが、出てくる可能性は低いかもしれませんが、失踪や神隠しといった観点から調べれば、該当するものが、出てくるかもしれません」

「えぇ、じゃこの件は、その方向で進めて。院長も学術院の資料を使って、調べてくれるそうよ」


ジャネットは、書類にメモを書き入れた。そして、次の書類に目を通しながら口を開いた。


「次は、パトリシア嬢の召喚について、新しい情報がきたわ」


そう前置きをして、銀色の光の発生原因が、マーカスが持っていた銀竜の鱗であることを話した。


「院長は、鱗が魔法陣に、またはアンリエッタの神聖力のどちらかに、反応したのではないか、と考えているそうよ。貴方の見解はどう見る?」

「そうですね。私は両者に反応したのだと思います。同時にではなく、魔法陣が先で、アンリエッタさんの神聖力が後に、と考えられるでしょう」

「即断した理由は?」


ユルーゲルはジャネットの話を途中から、明らかに考える振りをしていた。


「魔法陣は神聖力に、反応するように作ったからです。その証拠に、マーカス殿が所持していた、神聖力が込められたリボンにも、魔法陣は反応を示したのですから、実証済みと判断しても良いでしょう。ですから、鱗に神聖力が込められていたと仮定をすると、魔法陣にまず先に反応したことになります。まぁ、仮定と言いましたが、光を放った要因が、まさにそれを物語っています。だから魔法陣に入ったことで、鱗に込められた神聖力が、放出されたのだと思いますよ。神聖力を吸収するように作りましたので」


つまり、リボンと鱗が、魔法陣に反応した理由は、同じだということだ。ただ、リボンよりも鱗に込められた神聖力の規模が大きかったため、光を発するほどの現象が、発生したのだと言っている。


「なるほどね。前者の理由は分かったわ。後者は? 鱗は何故、アンリエッタの神聖力に反応したのかしら」

「その理由は解り兼ねますが、ただ鱗自体では、込められた神聖力を使うことは不可能でしょう。放出する道具か人が必要です。そのため、アンリエッタさんの体を媒介にして、放出されたのだと思います。そのためにはまず、アンリエッタさんの神聖力に反応を示さなければ、実現できないでしょう」

「媒介となった理由は、ただアンリエッタが神聖力を使えたから、だと思ってもいいのかしら」


それとも、鱗の持ち主である銀竜と、関係があるからなのか。ジャネットは敢えて、そこまでは口に出さなかった。そうではないと思いたかったからだ。


しかし、ユルーゲルはそこまで考えない。飽く迄も、自分の理論を弁明するだけだった。


「それもあるかもしれませんが、鱗にあった膨大な神聖力を、受け止められるほどの器があったから、というのも考えられます。元々、所持している神聖力の量が多いですからね。銀竜がアンリエッタさんを呼んでいるのも、もしかしたら、その辺が理由なのかもしれません」

「……そもそも神聖力を、竜が持てるものなの?」

「聖なる力ですから、人以外でも持てるものだと思いますよ。それも調べましょうか?」


ジャネットは首を横に振った。生贄の伝承だけで、調べる量が多いのだから、そこまでする必要はなかった。


「いいえ。ただそうなると、銀竜がアンリエッタを呼んでいる理由は、生贄とは違う可能性がある、ということになるわね」

「そうですね。これは飽く迄も仮定ですが、銀竜が生贄を求める理由が、力が弱くなったというものであるのならば、それを補うほどの神聖力を捧げれば、回避できるのではないでしょうか。ただ、それがどれだけの量かは、測り兼ねますが。鱗にあった神聖力の量が、あれほどのものでしたから」

「アンリエッタの持っている量では、補えそうにないと?」


今度はユルーゲルが首を横に振った。


「分かりません。それこそ、やってみなければ実証はできないでしょう」

「死に至る可能性は?」

「銀竜次第かと。根こそぎ持っていかれれば、可能性は高くなります」

「交渉次第、ということね」


まだ確証ではないが、ユルーゲルの仮定が正しければ、アンリエッタもパトリシア嬢も、命を落とすことなく、解決できるかもしれないわ。

そうなると、アンリエッタの神聖力の制御が、必然になるわね。院長に手配してもらわないと。


そんなジャネットの様子に、ユルーゲルは顔をしかめた。


「銀竜の元へ行かれるおつもりですか?」

「あら、貴方だって、行きたいのではないの?」

「それは……そうですが……」


歯切れが悪そうなユルーゲルを見て、今度はジャネットが楽しげに、次の書類の内容を口にした。


「ふふっ、そこで面白い情報が報告されたわ」

「……それは、私にはあまり面白みのない情報のようですね」

「あら、そんなに警戒しなくてもいいのよ。貴方であって、貴方ではない者の情報なのだから」


ユルーゲルがさらに顔を歪ませた。誰のことを言っているのか、それが分かったからだ。


「一体、この時代の私は、何をしたのですか?」

「察しが早くて助かるわ。院長が言うには、銀竜の出現後に失踪したらしいわ、大魔術師様が」


わざとらしく『大魔術師様』を強調して言って見せた。すると、ユルーゲルは眉間に手を当てた。


「やはり、私も関わっていましたか」

「あら、予想の範囲内だったかしら」

「まぁ、マーカス殿から話を聞いた時、何処かで聞いたことがあったので、もしやと思っていましたが。的中するとは」


項垂れるユルーゲルを無視して、ジャネットは口を開き、話を進めた。


「なら、話は分かるわね。貴方が調べるのは、銀竜の出現した前後の大魔術師の動向よ。郷土史も含めると、かなりの量だから、もう退屈することなんて、ないでしょうから安心して」

「では、ジャネット様の仕事と、どちらが先に終わるか、賭けますか?」


まぁ、まだ言う元気があると言うの! この減らず口が!


「私の仕事は、日々増えていくのよ。勝負にすらならないでしょう、全く」

「いえ、その方がジャネット様も、やる気が出るかと思って進言したのですが、余計なお世話でしたか」

「やる気なら、貴方の報告書を貰うことだから、大丈夫よ」


心配することではない、とジャネットは言い放った。


「では、早々に取り掛からせていただきます」

「ちょっと、何処へ行くの? 紙とペンなら、ここにあるのだから、そっちへ行く必要はないでしょう」


ユルーゲルが扉の方へ歩みを進めたため、ジャネットは慌てて注意をした。


「図書館にですよ。資料を取りに行かなければ、調べられませんから」

「忘れたの? 貴方は私の監視下にあるのよ。それにさっき言ったでしょう。図書館から必要な資料を請求すると」

「そうでした。ならば尚更、図書館に行って、申請する必要があるのではないですか?」


惚けているのか、本当に分かっていないのか、ユルーゲルは何故ジャネットが、自分を止めようとしているのか、理解できない様子だった。


「もう一度言うわ。私の監視下にあるの、貴方は。何故そうなったのか、もう忘れたのかしら」

「……図書館へ行くことすらも、許されないのですか?」

「私が執務室から出られないのなら、当然でしょう。だから、はい。ここに記入して、扉の外にいる警備の者かメイドに頼んで、届けてもらいなさい」


そう言って、ジャネットはユルーゲルに紙とペンを渡した。ユルーゲルは、それでも納得できないのか、渋々それを受け取った。


やっぱり、反省していないじゃないの。


ジャネットは、再び長い溜め息を付いた。


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