輝く美貌を携えた、超がつく程の美少年。ヒロインの攻略対象のひとり――ミシェルだった。
(この親にして、この子あり。この世界の顔面偏差値が高すぎて、私には場違い過ぎる……。どうせなら、超美人に転生とかして、人生謳歌してみたかったな)
「ミシェル、入りなさい。早速、報告を」
丁寧に説明された内容は、殆どステファンから伝えられたものと同じだった。
そう。黒尽くめのサウナスーツを着た、ずんぐりした女の説明まで……。
(なんなのっ!サウナスーツは私の黒歴史になるの?)
モヤモヤしつつ、黙ってミシェルを見ていた。報告を終えたミシェルは、カリーヌの隣の存在に気づき眉を上げる。
「父上、こちらのご令嬢は?」
「ああ。この令嬢が、その黒尽くめでずんぐりしたカリーヌの恩人。サオリだ」
ガブリエルは可笑しそうに、ミシェルに沙織を紹介した。
「初めまして、ミシェル様。黒尽くめでずんぐりした女……沙織と申します」
自然と言葉が刺々しくなる。
「聞いた話とは、ほんの少し……違ったようですね。失礼いたしました、サオリ様」
(……ほんの少し。いい性格しているな……ミシェルめ!)
「そうでしょ! サオリ様はとっても美しく素敵でしょう!」
カリーヌは、ミシェルの嫌味を素直にとったらしく、褒めちぎってくれる。
「そうですね、姉様」
ミシェルはニコリと、先程と全く違った甘い表情でカリーヌに話しかけた。
(こ、これはっ……!!)
馬車の中で、エミリーの言った言葉の意味が理解できた。
このカリーヌの弟ミシェルは――かなりのシスコンだった。
そんな奴が、愛しの姉を追い詰めようとしていたスフィアから、お菓子を受け取る筈はない。たとえ受け取ったとしても、即行でゴミ箱に捨てるタイプだ。
(ちょっと待って……。こんなのとも姉弟になるの?)
不安になってガブリエルを見た。
「ちょっと、姉思いが過ぎる所はあるが、これからは姉弟として仲良くしてくれ」
ぴくり……と、ミシェルの眉が動く。
「父上、姉弟とは? 私の姉は、カリーヌ姉様だけですが?」
今度は先程のやり取りを、ガブリエルがミシェルに説明した。話を聞いて見直したのか……少しだけ表情が緩んだ。
「承知しました。では、サオリ姉様……元の世界へ戻られるまで、よろしくお願いいたします」
「……はい、こちらこそ」
(どうにか、上手くやっていけると良いけど)
それから間もなく、ガブリエルから国王へとカリーヌの無事は伝えられた。
黒尽くめの女については、カリーヌを助け出した後に消えてしまい、行方や何者だったのかは突き止められなかったと報告したらしい。
その後、カリーヌとガブリエルは国王から呼び出され、王太子による婚約者への非礼を――国王自ら、公爵令嬢でもあるカリーヌに詫びたそうだ。
王太子を唆し、公爵令嬢を陥れようと画策して、自身が婚約者へ成り上がろうとしたスフィアは――。
媚薬を盛った事も含めて、ステータスプレートを剥奪されて、国外追放となった。
媚薬については、有毒性ではなかったが相手を操る作用がある為、王太子に食べさせた時点で当然アウト。他にも数名、そのお菓子を食べていた者も居たそうだが、それが誰なのかは分かっていない。
王太子は媚薬の効果も徐々に抜け、だいぶ反省しているらしい。婚約を続けるかは、王太子とカリーヌ次第という事だ。
カリーヌが嫌なら解消も可能らしいが――。王太子は、反省の意味を込め謹慎を言い渡されて、暫くは学園に戻れない。そのため、取り敢えず保留となったそうだ。
その数日後――。
カリーヌとミシェルは、先に学園へと戻って行った。
沙織の養子縁組申請は無事に通ったので、ステータスプレートが届きしだい、学園へ向かう。
スフィアの味方をしてお菓子を食べた人物が、まだ学園に居る可能性があるからだ。ガブリエルはそれを懸念してか、沙織に学園でカリーヌの傍にいてほしいと言った。
ミシェルが一緒だから大丈夫だとは思うが、学年が違うため少し心配しているのだと。
学園に行く日までに、公爵令嬢としての礼儀作法を学び、カーテシーが出来るようにならないといけないらしい。
カーテシーは難しいが、ジョギングとボクササイズで鍛えた足は、コツを掴むとすんなり出来るようになっていった。
それから――。
カリーヌを助けたお礼の代わりに、ガブリエルに一つだけ願い事をした。この世界に、沙織を転移させた張本人――魔導師のステファンと、極力連絡を取り合いたいと。
養女とはいえ、曲がりなりにも公爵令嬢が、婚約者でもない男性と密会するのは……さすがに、ガブリエルに迷惑をかけてしまうと思ったのだ。
事情を知っているガブリエルは、これも元の世界へ戻る為だからと、すんなり了承してくれた。
最初に私とカリーヌを匿った、ステファンの研究室に直接転移できるように、魔道具を用意してくれるそうだ。
当然、ステファンにも許可を取ってくれると。
(ガブリエルが優しい人で、本当に良かった)
そして、学園に行くまでに『乙女ゲーム』の内容を書き出して、ヒロインの攻略対象を思い出すことに精を出した。その中の数人が、あのお菓子を食べているはずだ。
純粋で優しいカリーヌを守ってあげたい――心からそう思った。