「ご機嫌麗しゅうございます、殿下。本日は誠におめでとうございます」
フリードリヒがにこやかにそう言うと、クラウスは笑みを深める。
「ありがとう。公子もわざわざ来てくれたこと、心より感謝する」
……そう言えば、今日は公子しか来ていないのか。
よく考えなくてもわかることだ。
公爵はさすがに来ることはできないし、夫人も夫を置いて行くなんてできないだろう。
「公子、来てくれたところ大変申し訳ないのだが、エーファと話があるのでこれで失礼したい」
エーファはそこで気づいた。
しまった。
クラウスは元々エーファと話すつもりで近づいてきたのだ。
エーファもあの日のことについてちゃんと謝らなければいけないことはわかっている。
だがあんな醜態を晒しておいて今話す勇気はない。
フリードリヒは驚いた様子を見せたが、朗らかに笑った。
「左様ですか。ではまたの機会にゆっくり話させてください」
「ありがとう」
では失礼する、とクラウスは言って、エーファの肩を抱いて会場の出口に向かう。
ああ逃げ出したい。
今話すなんて絶対無理だ。
恥ずかしすぎる。
でも謝罪しなければ……!
エーファが葛藤している間にふたりは会場の外へ出、会場から少し離れたところまで来た。
するとクラウスはエーファの肩から腕を離し、 エーファと向き合う。
エーファより先にクラウスが口を開いた。
「エーファ、強引に連れ出してすまなかった。今日どうしても君と話したかったんだ」
クラウスの口調は穏やかだ。
エーファは謝罪しなければと声を発する。
「……あ、あ、あの、……先日は申し訳ございませんでした……」
クラウスは首を横に振る。
「謝らないでくれ。誰にだって感情があふれてしまうことはある」
……なんて優しいひと。
ああ、ますます想いが強くなってしまう。
嬉しいのに、やはり悲しくなる。
クラウスは言葉を続けた。
「エーファ、それでだな……、その……、傷口を抉るようなことを聞いてしまうのは申し訳ないのだが……」
クラウスはどこか迷っているように言う。
エーファは首を傾げた。
と、クラウスは覚悟を決めたようにエーファの目を見て言った。
「君が泣いていた理由を教えてくれないか?俺の力で排除できるものなら排除しよう」
「……え?」
排除?はい?
エーファは驚いて固まる。
が、すぐにはっとした。
気持ちは嬉しいが……。
黙るエーファの顔を、クラウスは覗き込んだ。
「すまない。無理にはいいんだ」
ああ彼の心遣いを無駄にしてしまう。
彼の優しい気持ちを雑に扱ってしまう。
……正直に言うしかない。
彼に嫌われませんように。
エーファは腹をくくり、声を絞り出した。
「……その、実は……」
クラウスは彼女が話してくれようとしていることに嬉しく思い、耳を傾ける。
「……殿下の隣に、他の女性がいることが嫌だと思ってしまって……」
クラウスは切れ長の目を見開いた。
エーファは顔を赤くさせながら続ける。
「……その、なんだか悲しくなって……、取り乱してしまいました……」
申し訳ございませんでした、とエーファは再度謝罪する。
クラウスはこれが現実だなんて信じられなかった。
あれほど強く願ったことが叶ってしまった。
こんな都合のいいことが本当になってしまった。
これほど嬉しいことがあろうか。
クラウスは、はーっと息を吐いた。
安堵の息だ。
そしてエーファの華奢な身体を強く抱きしめる。
エーファは驚いて大きな目を丸くした。
「で、殿下?」
やはりさっき口にしたことがまずかっただろうか。
エーファがそう後悔していると、クラウスは彼女に囁く。
「ありがとう、エーファ」
クラウスは彼女の身体を離した。
エーファはクラウスの表情に目を見張る。
クラウスは今までで一番、優しくて温かな笑みを浮かべていた。
「君が好きだ、エーファ。初めて君を目にした時から、ずっと」
クラウスは目を細め、エーファを愛おしげに見つめる。
エーファは今までの人生で一番驚いたような気持ちになった。
エーファこそ、これが現実なんて信じられなかった。
まさか、彼が最初から私を好いてくれていたなんて。
嬉しい。
嬉しすぎる。
どうしよう。
エーファは白い顔を真っ赤に染める。
……だが、エーファは思い出した。
彼には婚約者候補がいることを。
エーファの頬の赤みが引いていく。
エーファは悲しそうな顔で言った。
「……ですが、殿下にはシーモア嬢が……」
クラウスは首を横に振る。
「それは問題ない。シーモア嬢は父が勝手に決めた婚約者候補で、父には俺の意思を伝えたから、シーモア嬢との話はなくなった」
「そ、そうだったのですか……」
エーファは思わず驚きの声が漏れ出た。
「ああ。不安にさせて、悲しませてすまなかった」
クラウスの謝罪に、エーファは首を横に振る。
エーファは安堵した。
……いや、問題はまだある。






