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「さて、みなさん……
兼ねてより話していた通り、最も困難で
最も過酷な作業を開始します」
東の村、その近くの山のふもとで―――
私は20人ほどの団体を前に指示を出していた。
村からは村長の息子さんであるザップさんと、
村人の一人であるリック君、
そして他は―――
町から派遣されたブロンズクラスと、
若い村人たちの混合となっていた。
「作戦時間は1時間です。
手順は村で説明した通りに行ってください。
ただし時間が来た時点で撤退します。
また、作業が終了した時点でも同様です」
まるで軍隊のようにずらっと並んだ彼らの
表情は、緊張一色に染められていた。
「この作業は―――
恐らく、一生の中で最も苦しい時間に
なるでしょう。
しかし、誰かがやらなければなりません。
新たな舞台、次の世界へ進むため―――
我々が! まず! 真っ先に!!
それを成し遂げるのです!!」
「わかりました、シンさん!」
「いつでも号令をどうぞ!!」
と、団体とのやり取りが終わったところで、
「もう一度確認しますけど、今着ている物と
着替える服は、洗いませんからね。
捨 て る。
洗濯など不可能、再起不能と思ってください」
ざわつく周囲に、ザップさんとリック君が
注意を促す。
「オラたちはシンさんと一緒に、先日ここへ
確認に来ただが、中に入っただけでもすごい
匂いがしたっぺ」
「ぼくも、鼻が曲がるかと思いましたよ。
ですから呼吸は口で!
絶対に甘く見ないでください!!」
そして私が口を覆うマスクのような布を顔に
付けると、それに習い皆も装着する。
「行きますよ!
ついてきてください!!」
そして私の後に皆が続き―――
人工の洞窟へと飛び込んで行った。
「ぐああぁあああ!!」
「バカが! 鼻で呼吸しやがった!」
「全員口呼吸を徹底しろー!!
アイツのようになるぞ!!」
「汗をぬぐうな!!
作業が終わってからにするんだ!!
終わったら服全部脱いで
川へ飛び込めぇええ!!」
地獄のような修羅場が展開するが―――
単なる魚醤を調達する作業である。
本来なら半年から1年待つのだが、すでに
仕込んでから10ヶ月は経過しているはず。
初回という事もあり、また素人仕事なので期間は
それほど気にせず……
またもし完全に腐ってでもいたら、本格的に
暑くなる前に回収・処分しなければならない
という事情もあった。
容器に入れていたそれは―――
さすがに魚の原型は留めておらず、ドロリとした
液体が強烈な匂いと共に視界に入る。
それを専用のガラス容器に入れる。
不純物を取り除くため、荒い布を通しながら。
魚を仕込んだツボは300個ほどあったが、
ガラス容器は1.2から1.5リットルくらいの
容量があり―――
それ1本に詰めるのに、ツボ約3個分が
必要になった。
これは想定通りで―――
カーマンさんに専用のガラスビンを120個
発注しており、足りないという事は無いだろう。
濾した後の残骸は川へ流す。
後で自分たちも川に入るため、なるべく下流へ。
そして4、50分も経過しただろうか……
「容器に全部詰め込み終わりましたー!!」
「わかりました!
では、全員川に入ってください!」
そうして全員、川に全身を漬けるように
次々と入っていった。
「あ~……
皆さん、お疲れ様でした……」
私が、口から漏れる空気と一緒に声を出し、
メンバーを労う。
「すごい匂いだったっぺが……
アレで腐ってないんだべか?」
「布を通したら、確かに透明な感じに
なりましたけど……
匂い自体は強烈なままでしたよね?」
ザップさんとリック君が不安そうに聞いてくる。
熟成とか発酵とか、料理人でも科学者でもない私が
説明しても、わかってもらえる自信は無い。
ただ―――
「大量の塩と一緒に保存していたので、
腐敗はしていないでしょう。
魚を溶かした後の塩漬け、とでも
言いましょうか」
その言葉に、周囲から『あー……』
『なるほどー……』と、疲れが混じりながらも
納得した声が返ってくる。
こうして、30分ほど水に浸かった後―――
100本以上の魚醤入りビンを持って、村へ
帰還する事になった。
「お帰りー、シン」
「おお、シン。
戻ってきたか」
村まで戻ると、その入口から少し離れた
ところで―――
複数の村人が待機してくれていた。
その中に、メルとアルテリーゼもおり……
さっそく村人たちに魚醤を村へ運び入れて
もらうと、私は廃棄用の袋を彼女たちへ
手渡す。
「これが例の服かや?
燃やせばいいのじゃな?」
「でも何か拍子抜けー。
スゴイ匂いって言うから覚悟してたん
だけど……
確かに匂いはするっちゃするけど、そこまで?
って感じ」
私は両腕を組んでうーん、とうなると、
「……メル、アルテリーゼ。
その袋、絶対に開けちゃダメだよ?
そのまま燃やして」
すると2人は『えー』という表情になり、
「ちょっと大げさじゃないのー?」
「たかが魚の匂いであろう?
そこまで気にする事か?」
と、私が止める間もなく、袋の先端を開け―――
「ウボァアアアー!!
アルちゃん!!
燃やして!! 燃やせ焼き尽くせー!!」
「ぐおおぉおお!! 何もかも灰となれい!!
塵と化して滅するがよいー!!」
ドラゴンになったアルテリーゼが袋を放り投げ、
炎のブレスをそれに向かって吐き―――
あっという間に袋ごと、一瞬で真っ黒を通り越して
灰となり、風に散っていった。
「だから言ったじゃないか。
作業の後、川で30分以上水に浸かって、
服を着替えても匂いが残っているんだぞ。
2人とも、お風呂に行くよーに」
「へ~い……」
「面目ない……」
まあ、私も匂いを取る仕上げとしてお風呂に行く
つもりだったので―――
3人一緒に、村の浴場まで行く事になった。
「すっかり夕方になっちゃったなー……」
お風呂から上がると、すでに日は傾きかけて
いて―――
お昼くらいから作業していたので当然といえば
当然だが、これから魚醤で作る新作料理に頭を
悩ませる。
「まだ夏の入りくらいだし、温かい方がいいか」
独り言のようにつぶやきながら、村で一番大きな
飲食店の扉をくぐる。
「あっ、シンさん!」
「頼まれていたの、出来てますよ!」
従業員である、村の主婦の方々が出迎える。
そして出来ている、というのは……
厨房へ入ると、目の前の調理用のテーブルに、
どん! と塊が置かれた。
「もう3時間ほど放置しておきましたけど」
「ありがとうございます。
じゃあ、そちらは魚と貝のスープを」
「はいです」
ちょうどそこへ―――
メルとアルテリーゼもお風呂から上がったのか
合流してきた。
「あ、シン!
それ昼間作ってたヤツだよね」
「塩水と小麦粉を混ぜてこねていたから……
パンケーキとは違うのはわかるが。
卵も入れておらぬし」
そう、これから作る新作料理とは―――
『ウドン』だ。
カニの身が麺のように細くなり、それを食して
いるうちに……
麺類への欲求が強くなったのだ。
しかし、ラーメンの作り方なんて知らないし、
ソバも植物としてのソバの知識なんて無い。
そこで今作れる物としてウドンという選択に
なった。
小麦粉ならいっぱいあるし、本格的に作ろうと
思わなければ、確かこねて放置して細く切って
茹でればいいだけ……のはず。
「ウドンっていうのかー。
よし! じゃあさっそく教えて」
「妻として、夫の出来る料理は覚えて
おかねばのう」
そして厨房には―――
他にもたくさんの10代から40代と思われる
女性が、私の一挙手一投足に注目していた。
「じゃあ始めます。
まずはこの木の棒を使って薄く伸ばして
いって―――」
まな板の上で平らに伸ばし、片側から麺状に
なるように切っていく。
片栗粉でまぶせば、麺同士がくっつかなくなると
聞いた事はあるが―――
今は食料が絶賛不足中なのでそれは使えない。
一通り切り終わると、今度はお湯を沸かして
もらい、
「今度は茹でます。
結構長く茹でるので、その間にこれを入れる
料理を作りましょう」
地球で市販されているウドンならそれほど
時間は必要無いが……
実際に作った物は、10分以上かかる。
その間に、魚や貝入りのスープを作る。
特にスープの方は、作ったばかりの魚醤を
用意して―――
「うあ……
ホントにすごい匂いだね」
「そのような物を入れて、大丈夫なのか?」
フタを外すと、その独特の匂いが鼻につく。
あの匂いの洗礼を受けているメルとアルテリーゼは
若干引いたような感じになる。
それをお玉に少し―――
1リットルくらいのスープに対し目分量で
1/20ほどを入れる。
「隠し味みたいなものですから、そんなに
使いませんよ。
これを入れて、さらにひと煮立ちさせれば
完成です」
他にも各種天ぷらを作って―――
一通り出来上がったと思ったところへ、
村の女性陣から声がかかる。
「シンさん!
ウドン、すごく煮立っているけど……!」
「そろそろ大丈夫でしょう。
ではそれをお湯から上げた後―――
冷たい水でいったん冷やします。
すごく熱いので注意してやってください」
木で出来たザルにお湯ごとウドンを流し、
次に水魔法で水をかけてもらう。
「カニに似てるねー」
「もしや、アレを模した料理なのか?」
作業をのぞきながら、妻2人が感想を
口にする。
確かにカニも、茹でた後に冷水で冷やして
いたけれど。
「まあどちらかというと、アレを見たから
食べたくなったって感じかな」
そしてウドンをザルから、作られたスープの
中に投入。
最後に天ぷらを乗せて……
「出来た!
じゃあ、食べてみましょう」
すると、アルテリーゼが丼を食堂まで
持っていき、
「待たせたな! ラッチ!」
「ピュピュイ~♪」
今回、東の村にはラッチも同行させていた。
次いでメルが、そして私も同じテーブルに
座り、他の人たちも席に着く。
「……では、頂きます」
「「「いただきまーす」」」
私の号令でみんなが恐る恐る口に付ける。
カニよりは抵抗が少ないようだが……
「こ、これにアレが入っているだか?」
「匂いはとてもいいんですけど」
ザップさんとリック君がまじまじと見つめ、
まずは味見のようにスープをちょびっと
口に運ぶ。
そこで見本のように、私が一気に音を立てて
ウドンをすすった。
汁の甘味・塩加減がちょうどよく、
ツルツルと喉を通っていく。
やはり魚醤も効いているようで、通常の
スープより、風味が何倍も増したように
感じ―――
「カニとは違うけど、これはこれで♪」
「魚のうま味が全く違うのう♪
なるほど、魚醤は薄めて使うのじゃな」
「ピュー! ピュピュウ~♪」
家族も我先にと食していき、それを見た周囲も
次々とウドンをすすり始めた。
「こっ、こうまで味が変わるの!?
あのスープが……!」
「魚醤って、ほんの少ししか入れて
なかったのに―――」
「全然臭くないわ!
むしろ食材の味が濃厚になってる!」
食堂での反応を聞く限り、評判は上々のようだ。
「天ぷらもすっごく合うね、コレ」
「小麦がこのような物に化けるとはなあ。
カニよりも弾力があると思えば、噛んで
みるとすごく柔らかいし」
「ピュルルゥ♪」
こうして初めての魚醤に、それを使った
ウドン料理は―――
好評のうちに終わった。
「いやー、また名物料理が出来そうだっぺ。
シンさん、ありがとうございますだ」
こちらのテーブルまで、ザップさんとリック君が
やってきて礼をする。
「……でもこれ、そうそう使えませんよね。
去年仕込んでこれだけだとすると」
リック君が、言い辛そうに問題点を語る。
だが、それは誰かが指摘しなければ
ならなかったものだ。
今回はあくまでもテスト的なもので……
それでも発注したビンで115本ほど
確保出来たが―――
それら全てが村で使えるわけではなく、来年の
再作成を待つまで、需要は満たされないだろう。
現に今日使っただけで1本は消えたしな……
「そっかー、コレ時間が掛かるんだよね」
「そう思うと、おいそれとは使えんのう」
食べ終わった後のスープを見つめ、2人は
微妙な表情になる。
「ん~……そうか。
やっぱり量を抑えるためにも、ダシの取り方を
教えた方がいいかな」
「へっ?
な、何か策があるんだべか?」
「ダシ、ですか?
それはいったい……」
村の住人たちがその言葉に注目し―――
後日、簡単な出汁の取り方を教える事になった。
翌朝―――
私は妻2人、そしてラッチと厨房にいた。
「へー、これでいいんだ?」
「魚醤に比べればあっさりとしているが、
これはこれで美味しいものじゃ」
「ピュピュ♪」
厨房には当然、村人たちも集まっており、
「手間はそれなりにかかりましたが……
味だけでなく、いい香りがします」
「なるほど……
これで下ごしらえすれば、魚醤を使う量を
かなり減らせそうですね」
今回、私が提示した出汁の取り方とは―――
・焼き魚
・その骨の焼いたもの
である。
まず魚を焼いて身を骨から取り外し、
(もちろんその身は食用とする)
頭付きでその魚の骨を火であぶり―――
今度はそれを熱湯で茹でる。
15分ほど茹で続け、表面に浮いてくる
『にごり』を、つまりアクをすくって
取り除いていく。
そして完成した物を皆で味見してもらい―――
魚醤の代用、もしくは量の軽減につながるか
確認してもらっていた。
「こ、これなら―――
魚醤の節約になりそうだべ」
「助かりました、シンさん!」
ザップさんとリック君が納得してくれたようで、
何よりと思っていると、
「でもさー、こっちの方が魚醤より簡単じゃん?
何で今まで作らなかったの?」
「……メルっち、意外と空気読めない?」
「ピュ?」
場が微妙そうな雰囲気になる中、
一応フォローに回る。
「この国に来た時は、魚を獲ってくる事自体
珍しかったしなあ。
そうふんだんに使えるような状態じゃ
無かったし……
それに今は料理も当たり前に普及して
きたしね」
「確かにそうだべ。シンさんが来るまでは、
こんなに肉や魚とか手に入る日が来るなんて
思ってもみなかっただ」
「僕でも、普通に卵料理とか作れるように
なりましたし」
ザップさんとリック君も流れに乗って、
私の意見を肯定し―――
ようやく場の空気が和んだ。
「……ダメかな?」
「ダメだね」
「論外じゃ」
朝食の後、妻2人、それに昨日のメンバーと共に、
魚醤を作っていた現場に足を運んだのだが……
ツボの再利用は思ったより難しそうであり、
これで再び魚醤を作るのは断念。
処分する事で全員の意見は一致した。
「気休め程度にしかならないと思うけど、
一応洗った後―――
水を入れて1日放置してください。
少しでも匂いを取るために……
後日、山のどこかに穴を掘って、
埋めるのがいいでしょう」
「だべなぁ」
「そうですね……
もったいないですけど」
こうして、洞窟は開けっ放しにして風を入れ、
匂いが薄まった頃に次ぎの魚醤の仕込みを
行うという事になった。
そして村へ戻ると―――
見知った顔が待っていた。
「あれ? マーローさん?」
スキンヘッドの30代後半に見える男性が、
村の一番大きな飲食店兼宿屋にいた。
町の西側の新規開拓地区、そこの王都専用施設に
魔導爆弾を仕掛けた犯人だが―――
(54・55話参照)
確か懐柔策を取るために、いったん不問にして
王都に帰したはず。
その人がどうしてここに?
というか、その隣りにもう一人……
「ズルズルッ、あ、アタクシはフレンダって
言いますどうぞよろしく。
てかむっちゃウマいですねコレ」
「フレンダ。
この方がシン殿だ。
そして隣りの髪の長い、黒髪黒目の方が
ドラゴンのアルテリーゼさんで」
その言葉に、フレンダと呼ばれたミドルヘアーの
赤髪・細面の……
恐らく20代半ばと思われる女性は、
うどんを手放して立ち上がり、アルテリーゼへ
直進して
「あなたが! あなたがドラゴンですかっ!?
本当に変身出来るんですか空飛べるんですか
そして人乗せられるんですかそしてそして」
あまりの剣幕に妻が2人とも引き気味に
なっていたが、そこへマーローさんが
チョップのように手刀をフレンダさんの
頭に落とし―――
その勢いは中断された。
「落ち着け!
見境なしか貴様!
先ほどもドラゴンの子供らしきものを見た
途端、飛び掛かろうとして……!」
「アレ? そういえばラッチはー?」
メルと一緒に食堂を見渡すが、
その姿は見えず―――
「私が彼女を取り押さえている間に、
別の場所へ避難させるよう頼みました」
「いい判断だと思います」
こうして、改めてマーローさん、フレンダさんから
ここへ来た目的を聞く事にした。
「というわけで―――
我が主・ギーラ・シィクター子爵様と、
ドーン伯爵様との間で和解が成立いたしました。
ただ、伯爵様より一応、シン殿へ報告しなさいと
言われましたので……
町へ訪問したところ不在でしたので、
行先を聞いてここまで参りました次第。
また私からも、件の事を謝罪いたします」
「それはそれは、また律儀に……」
ぺこり、とマーローさんは頭を下げ、私も
それにつられて一礼する。
貴族の従者であり、危険かつ重要な仕事を
任せられるくらいの人物だ。
一通りのマナーは身に付けているのか、
謝罪は礼儀正しくピシッと決まっている。
「はいラッチ様、あ~ん♪」
「ピュピュ~♪」
そしてその隣りでは、至福の表情でラッチに
奉仕するフレンダさんがいた。
場違いとは思えど、家族に対して好意的なのは
間違いなく、注意もし辛い。
「まあでも―――
シィクター子爵様がお話のわかる方で
助かりました。
貴族サマ同士で話がついたのであれば、
別段、私に異存はありませんけど」
「いえ、それがですね……」
マーローさんの表情が曇り、同時にフレンダさんが
ラッチから視線をこちらへ向ける。
「子爵様はこれで話を収めたんですけど―――
部下の一部が反発しまして、妙な動きを
している事が発覚したのです。
それがちょうどドーン伯爵様との会談中に、
その情報が入りまして……
伯爵様がそれもシン殿に相談した方がいいと
仰られたのです」
それを聞いて、妻2人も『んー』と
口を一直線に結び、
「まあ確かにねー。
自分の目で見なきゃ納得しない人も
いるだろうし」
「どこにでも頭の固い頑固者はおるしのう。
とすると、町は―――
ジャンドゥ殿とパック殿、シャンタルが
おるし、心配する事はあるまいが」
ゴールドクラスとドラゴンが妻の夫婦がいれば、
確かに問題は無いだろう。ただ……
「この村が標的になる可能性は?」
私の質問に、マーローさんもフレンダさんも
視線を落とし、
「シン殿が町に不在と知られれば、そうなる
可能性は高くなるかと……」
「多分、魔導爆弾を防いだ件で―――
シン殿が意趣返しの最大の標的として
位置付けられるのは……
当然というか必然といいますか」
そしてメルとアルテリーゼもウンウン、
とうなずき、
「そりゃそうなるよねー」
「良くも悪くも有名人じゃしなあ、シンは」
それで納得されても困るんだが……
どうしたものかなあ、と考えを巡らせていると、
「これは我が主のお考えではありません。
どうかそれだけはご理解頂きたく」
「それでシィクター子爵様より―――
その跳ねっ返りどもの対処のため、全面的に
シン殿に従う命を受けてきました」
マーローさんは一人で送り込んでこられるくらいの
人だし、恐らく実行部隊としては相当な実力者。
それに忠誠心も高く、重要な腹心のはずだ。
でも、その一方のフレンダさんはどうなのだろう。
「失礼ですが、その……
マーローさんは身体強化による移動速度アップ、
その他、各種武器や近接格闘系の魔法に長けて
おりましたよね?
フレンダさんは、一体どんな魔法が
使えるんですか?」
すると彼女は自分の目を指差して、
「アタクシは―――
視界同調と地図化の魔法が使えます」
地図化はわかるが……視界同調?
どんな魔法がわからず不思議そうな顔を
していたのだろう。
それを察したようにフレンダさんは続け、
「聞き覚えの無い魔法とは思いますが……
相手の見える景色を自分にも見えるように
する魔法です。敵味方問わず―――
範囲はそれほど広くありませんが、地図化と
組み合わせると、建物の侵入者に対して非常に
効果的なんですよ」
「敵が何を見てるかわかっちゃうって事?
それってスゴクない?」
「それはまた―――
後ろ暗い事をしている連中が好みそうな
魔法じゃなあ」
妻2人が感想を口にするが、約一名のため
フォローに入る。
「アルテリーゼ……
身分が高いと狙われる可能性もあるし、
危険も増すし、警備は重要だからね?」
ドラゴンの感覚で悪気無く言っているん
だろうけど、それだけに性質が悪い。
「そ、その通りです」
「こ、この魔法でですねっ、少なくともシン殿と
そのご家族の安全は確保するようにと、我々は
命令されて来たのですが―――」
それはわかりますすいませんウチの妻が……
と申し訳なく思っていると、その歯切れの悪さに
違和感を覚える。
話の続きを待っていると、マーローさんも
フレンダさんも気まずそうに、
「実はその、以前シン殿の屋敷に招待された事が
ありましたよね?
あの屋敷であれば、私とフレンダで侵入者は
対応出来るという前提で来たのですが」
「さすがに村全体となると、アタクシの能力の
範囲外です。
ですので、シィクター子爵家の者をどう
双方に被害を出さずに追っ払うか、
その事に頭を痛めていまして……」
私がう~ん、と彼らの悩みに同調すると、
メルとアルテリーゼが期待するような視線を
こちらへ向ける。
「……取り敢えず、もう少し情報が必要ですね。
フレンダさんの魔法の詳細と―――
来るであろう子爵家のその不穏分子について
詳細を」
こうして、村の防衛のため―――
情報収集後、みんなに動いてもらう事になった。
―――日も暮れて、外灯の魔導具が明かりを
灯し始めた頃……
私はフレンダさんと一緒に、村で一番高い建物の
屋根の上に上がり、下にはメルとマーローさんが
町から連れてきたブロンズクラス10名と共に
待機していた。
アルテリーゼはというと……
「うおぉ、すげぇ、ドラゴンすげぇ……
こんな暗い中、あんな遠くまで見えるんですか」
彼女にはドラゴンの姿で―――
私がいる建物の隣りに立ってもらっていた。
フレンダさんの視界同調の範囲は屋敷ひとつ分
程度だと聞いたので、離れる事は出来ない。
しかし、ドラゴンの視力は予想以上だったようで、
それで周辺を警戒させていた。
「メル、ブロンズクラスの人たちに、
あくまでも投石によるけん制だけで―――
深追いはしなくていいと伝えてくれ」
「ウン、それはちゃんと確認してるよー」
屋根の上から身を乗り出し、糸電話で彼女と
連絡を取る。
「不思議な道具ですな。
しかし、大声を出さずに話せるのは
助かります」
マーローさんの声が、木製のコップを通して
伝わってくる。
「……む!
フレンダよ、見えるか?」
アルテリーゼが何かを発見したようで―――
その問いに彼女は確認して答える。
「はい、アタクシにも見えます!
西側から5人―――
子爵家のバカどもです。
シンさんの読み通り、固まって近付いて
来ています!
時間にして、あと10分もすれば村に
到着するかと」
そしてその大まかな情報は、下へ伝えられ―――
「じゃあ、みんな行くよー。
『その時』が来たら私たちが投石による
遠距離攻撃で奇襲、あとはマーローさんに
任せるように」
「「「了解ですっ!」」」
みんなが小声で同時に答え、行動に入り……
私とアルテリーゼも『その時』に備える。
「で、ではシン殿、よろしくお願いします。
しかしこうまでシン殿の予想通りですと、
怖いくらいです」
フレンダさんから頭を下げられ、私は頭をかく。
今回の防衛作戦、それは―――
・『敵』は少人数である事
・もちろん奇襲目的
がわかっていた。
少人数とはいっても奇襲目的であれば、一人一人
分散して、四方から村に侵入してくる事は可能だ。
そうなると対応は厄介になる。
ただし分散するのは、村にある程度近付いて
からで―――
作戦や村の状況確認もするだろうし、それまでは
固まって行動していると推測した。
そしてもう一つ……
奇襲部隊は、『奇襲される』事を想定していない。
それは即、作戦失敗を意味するからだ。
なので今回の作戦の目的は、
・奇襲前、固まっている段階で発見する
・発見後即座にこちらから奇襲する
である。
ある程度位置がつかめたら先発隊を行かせ、
正確な位置を知らせる『その時』が来たら―――
投石による遠距離攻撃で混乱させる。
ちなみに投石に使う石は、布をぐるぐると巻いた
もので、殺傷力は落としてある。
そして混乱しているところをマーローさんに
捕まえてもらう、という手はずになっていた。
「じゃ、こちらもそろそろ行きますけど……
フレンダさん、大丈夫ですか?」
「ア、アタクシは準備万端です!」
そして彼女は私と一緒に、アルテリーゼの背中に
乗った。
「間もなく目的地だ、最後の確認をするぞ」
同じ頃―――
マーローとフレンダが言っていた、子爵家の
『不穏分子』が最終確認を取っていた。
真っ黒いフード付きのローブに身を包み、
暗闇での行動を目的としたその姿は、
完全に『奇襲』を前提としたもので―――
「やられっ放しでは、シィクター子爵様に
申し訳がたたん」
「何としてでも一泡吹かさねば……ん?」
そこに、急に突風が―――
次いで羽ばたく音が彼らの頭上から聞こえた。
「な、何!?」
「ドラゴンだと!
まさか本当に……!?」
驚く彼らを眼下にして、アルテリーゼは
首を真上へと向ける。
「わひゃあぁああっ!?」
巨大な火の玉が彼女の口から真上に吐かれ―――
フレンダさんが悲鳴を上げた。
同時に、周辺は明るく照らし出され……
「お! あそこだ!
『その時』が来たよー!
アルちゃんの下目がけて撃ちまくって!!」
近付いていた先発隊の投石が始まる。
それをサポートするため、私も地上を見ながら
小声で、
「人間が魔法を使うなど、
・・・・・
あり得ない」
と、見える範囲の人間の魔法を無効化させる。
ドラゴンのアルテリーゼは除外してあるし、
先発隊は離れているから大丈夫だろう。
フレンダさんは巻き込んでいるかも知れないが……
「うひぃえぇえええ!!
マジすげぇ! マジパネェッスー!!」
当人はご満悦で、それどころじゃないようで……
とにかく落ちないよう、私が注意していれば
大丈夫か。
こうして一夜の『捕り物』は―――
幕を閉じたのだった。