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「では我は先に町まで戻る。
メルっち、シンを頼むぞ」
「頼まれたぞ!」
襲撃があった2日後の朝―――
ドラゴンになったアルテリーゼがこちらを
見下ろしながら、もう一人の妻であるメルに
語り掛ける。
彼女の背中には―――
マーローさんと、ラッチを抱いたフレンダさん、
そして東の村を襲撃しようとしたメンバーの
リーダーが乗っていた。
「まったく……
シィクター子爵様の御ためどころか、
もう少しで顔に泥を塗るところだった。
お前たちも大人しく町まで行くんだぞ」
「は、はい」
マーローさんがたしなめるように、
眼下に残った襲撃メンバーに声をかける。
「ではでは~♪
アタクシたちはお先に町へ飛んで行きまーす!」
「ピュイッ!」
次いで、フレンダさんとラッチが上から別れの
挨拶をする。
「じゃあ、多分こちらも今日中に町に到着すると
思うから、待っててくれ」
私はというと―――
町から連れてきたブロンズクラス10名ほど、
そして残りの襲撃者4人を、メルと一緒に
引率&護衛して帰る事に。
アルテリーゼ(とラッチ)だけ別行動なのは、
まず多少のトラブルがあった事の説明、
そしてすでに収拾したと報告するためである。
それと……
「フレンダ、くれぐれもはしゃぐでないぞ。
そなたにはラッチを任せておるのじゃからな」
「わかってます!
アタクシの命を落としてもラッチ様は
落としませんから♪」
本来、東の村へ来たのと同じように―――
全員で歩いて帰る予定だったのだが、
フレンダさんがどうしてもまたドラゴンに
乗りたいと、泣いてわめいて荒ぶって
お願いしてきたので根負けし、
アルテリーゼと共に、マーローさん、
フレンダさん、そして襲撃メンバーの
リーダーが先に戻る事になったのである。
「ではな、シン、メルっち」
ばさっ、と翼を広げたかと思うと―――
そのままアルテリーゼは大空へと舞い、
すぐにその姿を消した。
「じゃ、行きましょうか。
今からなら、多分夕方くらいには
町に到着するでしょう」
「「「はいっ!!」」」
こうして―――
東の村で作成された魚醤と共に、私たちは
出発した。
「どうですか?
食べてますか?」
道中の昼食にと、おにぎり&各種サンドを
準備してもらったのだが……
「え? あ、ははい。
とても美味しいですが……」
「我々まで頂いてもよろしいのですか?
昨日捕まった後も、その―――
いろいろと食べさせて頂いて何ですが」
そのお昼の休憩中、『襲撃者』メンバーに
声をかける。
王都の情報収集も兼ねての事だが―――
せっかく懐柔策を取っているのだ。
緊張させたまま返す事も無いだろう。
そのために、昨日1日は可能な限りの料理を
彼らに提供したわけで……
「今回の件については、まあ……
私からもあまり厳しい処分にはしないで
くださいって伝えておきますから。
それより、聞きたい事がありまして」
「な、何でしょうか?」
ビクッと身を固める彼らに、両手を手の平を
前に向けて振って、
「私、もともと他国の者なんですが、
料理に興味がありましてね。
子爵家の方なんですよね?
王都での食生活とか、どんな感じですか?
例えば、今運んでいる魚醤に似た調味料は
あります?」
すると彼らはブンブンと首を左右に振って、
「いや、ありませんね。
我々も時々お相伴に預かる事はありますが、
あれほどの物は」
「変わった物では、香りを付けるための
乾燥させた花や葉っぱ、加工された
木の実があると聞いた事がありますけど」
アレ? でもそれ、香辛料の事じゃ……
でも以前王都を探した時は無かったような。
「もしかして、それって一般的には
売られていない物ですか?」
コクコク、と彼らは首を縦に振って肯定する。
「貴族のお抱えの料理人であれば、秘伝中の
秘伝だと思われますし―――
何より貴重な物だったり、量が確保出来ない
物であれば、一般的には流通していないと
思いますよ」
そこへ妻が割って入り、
「シンみたいに、隠す気ゼロなのが
おかしいんだよー。
ちなみに、この魚醤って1本どれくらいで
売れるかな」
その言葉に彼らは『う~ん……』とうなり、
「マヨネーズが確か、金貨70枚から100枚
くらいで売られていたから……」
「これなら、500枚くらいはいくのでは?」
という事は―――
日本円で1000万円くらいか。
相変わらず金銭感覚がおかしくなる数字だなあ……
確かに、手間と時間はマヨネーズの比では
ないけど。
「ン? そういえば……」
「まさか、マヨネーズの発明者って」
さらに周囲のブロンズクラスも参加してきて、
「それもシンさんだよー」
「つか、あの町発祥の物ならたいてい、
シンさんが作った物だ」
正確には発明ではなく、異世界の物を
再現しただけなので―――
発明とか言われると気恥ずかしくなる。
「まあ、あなたたちも思うところはあったので
しょうけど……
私の国には『名より実を取る』という言葉が
あります。
シィクター子爵様も熟慮の上、ドーン伯爵家と
組んだ方が、子爵家に取って良いと判断したの
でしょう」
それを聞くと、彼らはさすがにしゅんとなるが、
私は続けて、
「そんなわけでですね。
あなたたちにはもっとあの町で料理を食べて
頂いて、もっといろいろ経験して―――
それをシィクター子爵様にお伝えしてください。
お得意様になって頂くためにも、ね」
「そーゆー事!
宣伝よろしくねー♪」
メルが元気良く声を上げると、周囲は笑い始め、
そして彼らもつられて苦笑した。
「おー、来たな」
「お帰り、シンさん」
夕方になって―――
東の新規開拓地区まで近付いたところで、
門番のロンさんとマイルさんが出迎える。
「あれ?
お二人とも西側の門番をしていたんじゃ」
私が聞き返すと、2人とも興味津々という
表情でやって来て、
「いや、また新しいモン作ったって聞いたからさ」
「真っ先に一目見ようと思って、門番の場所を
代わってもらったんだ」
子供か! とも思ったが―――
娯楽が少ないこの世界、こういうイベントに
目ざとくなるのは仕方が無いか。
「ホラ、これですよ」
2人は魚醤のビンを手に取ると、
「ふーん。透明なんだな」
「アルテリーゼさんが先に戻って、何やら
作っているって話だったけど……」
隣りで話を聞いていたメルが口を開き、
「あー、アルちゃん、うどんを仕込んでくれて
いるみたいだね」
そうか、ウドンは寝かせる時間も必要だし。
それならすぐに作れるな。
「じゃあ、今日の夕食は―――
これを使った料理をご馳走しますよ。
宿屋『クラン』で待っててください」
「よっしゃー!」
「期待してるぜ、シンさん!」
2人はガッツポーズのように、腕を高々と
振り上げる。
「じゃあ、ブロンズクラスの皆さんは魚醤の
搬入を―――」
と、彼らの方へ顔を向けようとしたその時、
マイルさんとロンさんが同時に剣を構えた。
「止まれ!」
「誰だ?」
その視線の先は、今まで同行してきた
ブロンズクラスの人たちでも私やメルでも
なく―――
近くの木々の茂みから、『それ』が姿を
現した。
「す、すいません……!
ここが、あの、ドラゴン様がいる町で
合っているでしょうか?」
おずおずと出てきたのは、まだ10代後半
くらいの女性―――だろうか。
断定が出来ないのは、胸は明らかに
服の上からでも確認出来るのだが、
腰布らしき物を身に付けた下半身が、
明らかに人間のそれではなく……
「ラミア?」
地球でいうところの伝説上の怪物、
下半身がヘビのそれに酷似していた。
「へ?? シンの知り合い?」
メルの質問に首を左右に振って否定する。
「お、お願いがあってここに参りましたっ。
どうかドラゴン様に会わせて頂けません
でしょうか!?」
どうやら敵意は無いようだが……
それに、この町のドラゴンといえばアルテリーゼか
シャンタルさんしかいない。
用件があるというのなら、まず彼女たちの意思に
任せるのが筋だろう。
「えーと……
私が彼女の事は保障しますので、ひとまず
町に入れても大丈夫ですか?」
門番兵の2人に断りを入れると、
「まあ、シンさんがそう言うなら」
「問題は起きないと思うし」
こうして私はロンさん・マイルさんと別れ、
まずは『襲撃者』のメンバー、そしてラミアの
少女と一緒に、ギルドへ向かう事にした。
「では、あ、改めまして―――
アタシはここから東南の湖に住んで
おります、エイミと言います。
皆様からすると半人半蛇の亜人になると
思いますが、よろしくお願いしますっ」
ギルドの応接室で―――
ブラウンのロングヘアーを大きく振りかぶり
ながら、頭を下げる。
顔は卵型で、ややぽっちゃりしているような
その様は、童顔というか幼さを思わせ―――
「して、我らに何ぞ用とか?」
「わたくしもお会いするのは初めてのはずですが」
指名のあったドラゴン2名に来てもらったが、
やはりというか面識は無いらしい。
「亜人の存在は知っていたッスが……」
「半人半蛇は初めて見ました。
普通にしゃべれるんですね」
レイド君とミリアさんが、私の後方に立ちながら
感想を述べる。
「失礼ですが、その……
私の知る知識では、半人半蛇の亜人は
人間のように衣服は着ないとの事ですが。
どこからその情報を?」
シャンタルさんの夫であるパックさんも
同席しており―――
まずは学者としての好奇心からか、
彼女に質問する。
「アタシは、母が人間でしたので。
人間世界の基本的な知識は母から教わりました。
なので、ある程度の人間社会の事は知っている
つもりです。
それで今回、救援を求める使者として
来たのですが……」
救援、というのは穏やかではないが―――
ドラゴンに頼みがあるというのは、それだけの
事なのだろう。
「何かあったのですか?」
そこで、エイミはぐっ、と腕に力を入れ、
「どうか、アタシたちが住む湖を救って
欲しいのです!
『ヒュドラ』を何とかして倒さないと
アタシたちの住処が……!」
『ヒュドラ』……
ゲームや漫画では、多頭の怪物という
イメージだが。
そこへ、ギルド長が扉を開けて入ってきた。
「『ヒュドラ』とは……
ちとシャレにならねえな」
「あ、ギルド長」
ミリアさんが反応して声をかける。
ジャンさんには、『襲撃者』メンバーを
先に来たリーダー格の男と一緒に、
マーローさんに引き渡してもらって
いたのだが……
「あの、彼らは後はマーローさん、
フレンダさんにお任せして」
「それについては前もって聞いているから
別にいい。
それより―――
『ヒュドラ』っつったか?
面倒だぞ、ありゃあ」
ギルド長の口ぶりからすると、どうも
関わった経験がありそうだが―――
「もしかして、戦った事があるんですか?」
「軍の要請で一度だけ、な。
何本もの頭を持つ怪物で―――
毒を持っている上に再生能力も高く、
どこを斬ってもすぐ復活しやがる。
何十人もの死傷者を出して、それでも
仕留めきれず逃げられちまった」
やはり、地球のイメージと大差無い気がする。
そしてそれでも撃退は出来たのか……
さすがはゴールドクラス。
「……今は、どのような状況なんでしょうか」
「全員、水中洞窟の奥に隠れています。
そこは入口も狭く、『ヒュドラ』も入って
これませんから……」
そこで改めて、エイミさんから詳しい情報を
聞き出す事になった。
「要約しますと―――
・『ヒュドラ』の被害が出始めたのは
3ヶ月ほど前。
・エイミさん亜人側は極力接触は避けてきたが、
『ヒュドラ』に目を付けられ、執拗に襲われる
ようになった。
・『ヒュドラ』は暴食で、このままでは
湖の生物が絶滅しかねない。
・水中洞窟には貯えもあるが、これ以上は
大人はともかく子供たちがもたない―――」
ミリアさんがたんたんと、まとめた状況を
報告する。
「水中洞窟というけど―――
半人半蛇は水中でも生活出来るの?」
「え?
あ、はい。
ただ洞窟の奥はちゃんと空気がありまして、
寝たり食事をしたりするのはそこで」
エイミさんはシャンタルさんの質問に律儀に
答えるが、その言葉の途中で同じドラゴンの
アルテリーゼが頭をはたく。
「今はそれどころではなかろう!
この研究バカは全く……」
まあ人間の母親がいるって話だし、完全な
水中生活は厳しいだろう。
「しかし、よくその『ヒュドラ』の目を盗んで
ここまで来れたッスね」
レイド君が指摘すると、彼女は両目を閉じ、
「それが……あれは一ヶ月ほど前でしょうか。
入口は『ヒュドラ』に見張られているような
もので―――
このままでは、と決死の覚悟の者を集めて
強行突破する話が出ていたのです。
するとその最中、地響きのような揺れがあり、
入口から様子を伺うと、『ヒュドラ』の
頭の一つが弾けたかのように無くなっていて……
そこでチャンスと見たアタシは、一気に水上まで
浮上、何とか陸上まで上がったんです」
「とすると……
『ヒュドラ』は陸上には上がれない?」
パックさんが確認のため聞き返す。
「完全に上がれないワケじゃない。
現に俺が戦った時は水際だが、一応
陸の上だった。
だがそれが厄介なんだよ。
水中に逃げられちまったら手も足も出ねえ」
人間は純然たる陸上動物だもんなあ。
という事は、陸上に限定すれば倒せたのか、
ギルド長……
そこへ、ノックの音ともう一人の妻の声がした。
「毎度ー♪
ウドンの出前でっす♪
シン、それで―――
どんな話だったの?」
「まだ途中だよ。
食べながら話そうか。
メルも参加してくれ」
「りょー♪」
こうして、いつものギルドメンバーと妻、
パックさん夫妻、そしてエイミさんと共に―――
ウドンを食べながら話を継続する事になった。
「ズルズル……
それでエイミさんは、どうやってこの町の事を
知ったッスか?」
「ズズズ……
その姿では、この町に来るだけでも目立って
大変だったのでは」
ある程度ウドンを腹に入れ、一通り
『美味しい』『うめえ』という反応が
収まり―――
替え玉がお代わりされたところで、
レイド君とミリアさんが彼女に質問する。
「ズルルルッ、実はお母さんが、湖の近くの
村との交流があったんです。
たまに魚と引き換えに、果物とか野菜とか
もらってて。
だから陸上に上がった後、まずその村を
目指し、そこで北西の方にドラゴン様が
住む町があると教えてもらったんです」
そこでパック夫妻が会話に加わり、
「パック君、もしかしてあの村かな?」
「そうだね。
今は回診はシャンタルに乗って回って
いるから、移動範囲も広がっているし」
そういえば、近隣の村や町へは、パックさんが
薬師として回っていたんだっけ。
「村の方々も、アタシたちが数ヶ月姿を
見せなかった事で心配されていて……
そこで『ヒュドラ』の情報も伝えましたから、
湖には近付かないでしょう」
そこまで聞くと、ジャンさんが食べ終えたのか
ドン、と机の上に器を置き、
「おーし、分かった。
んじゃ、明日朝飯食ったら行くぞ」
エイミさんは『は?』という顔になる。
他のギルドメンバーも驚くが、それは別種の
反応で―――
「何もオッサ……ギルド長まで行かなくても」
「そうですよ。
シンさんだけで十分では」
止めるのではなく、心配でもなく―――
まるで『そこまで必要?』とでも言わんばかりの
レイド君・ミリアさんの口調に、ラミアの少女は
目を白黒させる。
「たまには俺も、ゴールドクラスらしい事を
しねぇとな。
何もかもシンに任せっきりじゃ、モウロク
しちまうよ。
それに『ヒュドラ』なんだ―――
久しぶりの実戦、相手に取って不足はねぇぜ」
そして、アルテリーゼとシャンタルさんの
方へ目をやり、
「もちろん、『ドラゴン様』にも協力して
もらうけどな。
また水中に逃げられたら、たまったもんじゃ
ねーし」
「ウム、そういう事なら」
「倒したら、一部研究材料にくださいね」
ドラゴン『様』2名に承諾してもらえたところで、
私はおずおずと片手を上げる。
「それと、ちょっと確認したい事が……」
「何でしょうか?」
エイミさんがこちらへ声と共に顔を向ける。
「えーと……
『ヒュドラ』の頭が弾けた―――
その異常があったのは一ヶ月前でしたっけ?」
「はい、それくらいだったと思います」
私は次にメル、アルテリーゼの方を向いて
「例の魔導爆弾って、アレいつくらいに
捨てに行ったっけ」
(第55話
はじめての しょくりょうかいつけ参照)
「んー? 確か一ヶ月ほど前?」
「あの騒ぎはそれくらいの時期じゃったのう」
確認を取りつつ、さらに続ける。
「あの湖って、どっち方向だったっけ」
「えーと、この町からなら」
「ここから南―――
の、やや東寄りの……」
そして数秒の沈黙の後、
「「あっ」」
と、妻2人が同時に声を上げた。
「つ、つまり―――
湖に捨てた魔導爆弾を『ヒュドラ』が食べて、
それでチャンスが出来たという事ですねっ。
ありがとうございますっ!!」
深々と頭を下げるエイミさんに、私とメル、
アルテリーゼは微妙な感情を抱く。
「いや、でも―――
もしかしたら、そちらの方に被害が
出ていたかも……」
「マジすいません!」
「まさか、湖の中に誰か住んでいるとは
思いもしなかったのじゃ……」
そこで、ギルド長がパンパン、と手を叩き、
「結果的にそれで、このお嬢ちゃんが
助けを求めに来る事が出来たんだから―――
もうそれでいいじゃねぇか。
悪いと思うんなら、『ヒュドラ』を退治して
それでチャラといこうや」
「そーッスよ!
それで万事解決ッス!」
レイド君もそれに乗っかる形で賛同してくれ、
次いでジャンさんはミリアさんの方を向き、
「ミリア。
お嬢ちゃんを来客用の寝室まで案内してやれ」
「わかりました。
ではエイミさん、こちらへ」
こうして、部外者が出ていったところで、
『ヒュドラ』討伐へ向け―――
作戦という名の話し合いが行われる運びとなった。
「―――で、どうなんだ?
シンのいた世界では、『ヒュドラ』にあたる
生き物はいたか?」
場所を応接室から支部長室へ移し、戻って来た
ミリアさんを改めて加えて作戦会議に入り、
まずギルド長から質問が飛ぶ。
「想像上の生き物ですね。
おとぎ話、伝説の類の―――」
「そういえばシン、あのコの事を『らみあ』って
呼んでたけど、それも?」
最初にエイミさんと出会った時に、とっさに
出てしまったのだが、その事をメルが覚えていて
聞いてきた。
「そうだね。
半人半獣の物語も結構多かったよ。
人魚とか狼男とか」
「でもシンの世界では実在はしてなかったので
あろう?
何とも、奇妙な感じじゃのう」
アルテリーゼが素直に感想を述べる。
その辺りはまあ、自分も同意だ。
「現実にいないとすれば、問題なさそうですね。
シンさんの能力なら」
ミリアさんが楽観的に語るが、パックさんが
そこへ発言し、
「ですが、聞いたところによると―――
水生生物はシンさんの世界でも巨大化
するんですよね?
以前、ナマズの怪物に苦戦したとか」
(39話 はじめての まものさくせい参照)
「そうなんですよねえ……
それに、ヘビやトカゲに関しては、
双頭や頭が複数というのは―――
実例が無いわけではないんです。
毒を持っているのも珍しくは無いですし。
なので、そこ以外の無効化出来るものを
探す必要があります」
そこで今度は、パックさんの隣りに座っていた
シャンタルさんが口を開き、
「ギルド長殿。
『ヒュドラ』の他の特徴は―――」
「何と言ってもあの再生能力だな。
一つ首を落としても、他の首と戦っている
最中に復活しちまう。
なあ、シン。
お前さんの世界にも、再生能力を持つ
生き物っていたか?」
私は首を縦に振って肯定する。
するとレイド君が青ざめて、
「げ、いるッスか!?」
「あ、いえ。
再生能力がある生き物自体はいますけど、
時間はそれなりにかかります。
トカゲや4本足の生き物だと―――
例えば足が完全に再生するまで、1ヶ月か
そこらはかかった記憶が」
それを聞くと、ハーッとジャンさんが
大きく息を吐き、
「脅かすんじゃねぇよ、まったく。
だが、あの厄介な再生さえ止めてくれりゃ
どうとでもなる。
後は水中に逃げるのを防ぐだけだが―――
そこはドラゴンにお願いしよう」
「退路を断つ、という事じゃな」
「それはお任せください」
アルテリーゼとシャンタルさんが協力の
返事をする。
そこでパックさんがアゴに片手をあて、
「残る問題は―――
エイミさんですね。
彼女はシンさんの本当の『能力』を
知らないわけですし」
それもあったか。
決着がつくまで、町に滞在してもらうのが
一番いいんだけど……
「部屋を案内している時に彼女とお話し
したんですけど、早く仲間に食料を
届けてあげたいって言ってました」
食料の問題もあるか。
大人はともかく、子供たちにとっては
死活問題だろうし。
「あ、じゃあこういうのはどう?」
そこでメルが手を上げて、ある提案をし―――
それにみんなが聞き入った。
翌朝―――
シャンタルさんの背にパックさんとエイミさんが、
アルテリーゼの背に私とメル、ギルド長が乗って
現場へ急行していた。
「夢のようです。
こんなに食料を届けられるなんて―――」
サンタクロースのように食料の詰まった袋を担ぐ
エイミさんの言葉に、パックさんが続く。
「でも、それを届けるには言われた通りに
動く必要があります」
食料は、病人食であった卵・魚・肉を混ぜた
お米のお粥を冷ましたもので―――
それを各容器や袋に密閉してもらった。
「大丈夫だよ、エイミさん。
私の作戦通りに動けば」
メルの立てた作戦とは、こうだ。
まず私とギルド長が水辺で囮となり、
『ヒュドラ』を誘い出す。
ある程度水辺から離したところで……
ドラゴンの姿になったアルテリーゼと
シャンタルさんが、退路を塞ぐ。
そのスキにエイミさんが食料を持って水中に
飛び込み、食料を水中洞窟まで届ける―――
という寸法だ。
「毒はパックさんがいるから、浄化魔法で
何とか出来ると思うけど―――
他はなるべく手を出さないでくれ」
「心得ておる」
「あくまでも足止め、ですね」
私の言葉に、乗せているアルテリーゼと
隣りのシャンタルさんが答える。
「確かにこの方法であれば、もし万が一
『ヒュドラ』を逃がしたとしても―――
一度は食料を届ける事が出来ますが……」
申し訳なさそうな顔をするラミアの女性に、
ギルド長が手を振り、
「心配すんな。
こっちも長引かせる気はねぇよ。
討伐したら、石を3回連続で湖に投げ込む。
それが合図だ」
「は、はい。覚えております。
それではどうか、お気をつけて」
そして我々は―――
その湖へと急いだ。
「あのヘンに着陸出来ねーか?
戦うならあの開けた場所がちょうどいい」
「よし、シンもメルっちもつかまっておれ」
ギルド長の言葉に、湖の水辺に下降し―――
またシャンタルさんもそれに続く。
そして私とギルド長だけが地上へ降り、
再びドラゴンは空へと飛び立った。
「来ますかね」
「すぐだろう、ホラ見ろ」
ジャンさんの視線を追って水面に目を移すと、
ブクブクと泡が巻きながら湧いており、
そして―――
多頭の怪物がその姿を現し、上陸してきた。
大きさこそ、立ち上がったマウンテン・ベアーの
半分かそこらだが……
5、6本の蛇のような首がそれぞれ
5メートルほどあり、こちらに視線を定めている。
「……早くないですかね?」
「だってなあ。魔力がほとんどどころか、
完全に無いお前さんというオイシイ獲物が
いるんだからよ。
ずっとお預けくらっていたアイツからすりゃ、
ご馳走がノコノコやってきたようなモンだろ」
魔力が弱い、イコール弱いって事だろう。
完全に無い私は安全確実な獲物というわけか。
「あれ? でもギルド長がいますよね?」
「どんなに強くても、小さな人間ごとき
一人くらい何とかなると思ってんじゃ
ねえのか?
もっとも、そこまで知能があるとは
思えないが―――」
彼の言う通り、その怪物は狂暴な野生を
むき出しにして、とても知性は感じられない。
そこでジャンさんは剣を構え―――
「さて、そろそろシンは後ろに下がれ。
支援はしっかり頼むぜ」
同時に、上空で待機していたドラゴンが急降下し、
『ヒュドラ』と水辺の間に降り立つ。
「どうか気をつけて……!」
間髪入れずにエイミさんが食料を担いで、
湖へと飛び込んだ。
「グルガァアアアッ!!」
「シュギュアァアアアッ!!」
それぞれの首が雄叫びを上げ、敵意と戦意、
そして殺意をこちらへと向ける。
「欠損部分がすぐに再生する―――
1日以内に再生する事など、
・・・・・
あり得ない」
私もそれに応じるようにつぶやく。
少なくともこれで、今日中に首や手足が
復活する事は無くなったはずだ。
そして―――戦いが始まった。
「エイミ!?
よく無事で―――」
「お父さん、お母さん!!」
水中洞窟にたどり着いた彼女は、真っ先に
出迎えた両親と抱き合う。
「食料もいっぱいもらってきたから、
とにかくこれを子供たちに!
それと今―――
ドラゴン様や人間が、『ヒュドラ』と
戦ってくれているから……!」
「ドラゴンだって?
エイミ、お前いったい……」
父親と思われる半人半蛇の男は戸惑うが―――
事実、陸上では激しい戦いが行われているのか、
振動が洞窟にまで伝わっていた。
「詳しい話は後で!
子供たちに食べさせるのが先!」
「わ、わかった」
娘の剣幕に押され―――
父親を始め大人たちは、まず幼い順に
仲間に食料を配り始めた。
「お姉ちゃん、これ美味しいー!」
「こんなの食べた事ないー!」
持ってきた食料で子供たちは何とか元気を
取り戻し―――
その表情は大人たちをホッとさせた。
「エイミ……
この食料は、近くの村の人たちが?」
母親の質問に、彼女は首を軽く左右に振り、
「違うの。
あの村で聞いたんだけど、ドラゴンが
住んでいる町があるって聞いて―――」
と、そこで……
それまで断続的に続いていた振動が止んだ。
彼女は洞窟の天井を見上げると、
「みんな、静かにして!」
エイミの指示で全員が沈黙する中―――
彼女は近くの水面に片耳を突っ込んだ。
しばらくすると、エイミの耳は音をとらえ、
―――ボチャンッ!
「……1回」
水中に何かが投げ込まれる音。
そしてまた10秒くらいして、
―――ドボン!
「……2回……」
神経を耳に集中する中、また10秒ほどで、
―――バシャンッ!!
3回目のそれを聞いた彼女は水面から耳を離し、
「……合図です。
上で―――
『ヒュドラ』は倒されました」
それを聞いた仲間は顔を見合わせ―――
理解した順に、喜びの歓声を上げた。