テラーノベル
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滉斗の傷が完全に癒えた数日後の朝。
元貴はいつになくそわそわとした様子で、部屋の中を歩き回っていた。
「着替えたか? 今日は久しぶりに市場へ出るぞ」
滉斗が優しく声をかけると、元貴は少し頬を染めて頷いた。この数日間、心配性で甘えん坊だった元貴とは一転、今の彼は少し緊張しているように見えた。
二人は共に、豪華な服を脱ぎ捨て、平民の質素だが洗練された着物に身を包む。滉斗が先に部屋を出ようとすると、後ろから服の裾を小さく引っ張られた。
「……ひろぱ、手」
元貴が俯き加減で、恥ずかしそうに自分の右手を差し出す。
「……ああ」
滉斗は何も言わず、迷うことなくその手を強く握り締めた。かつての冷酷な剣士の手は、今は元貴を壊さぬよう、しかし二度と離さぬよう、熱を帯びていた。
その温もりに、元貴の顔がさらに真っ赤に染まる。
「……! な、なんだか、急に恥ずかしくなってきた……」
元貴は握られた手をブンブンと振るが、滉斗は決して離そうとはしなかった。
街に出ると、修復された石畳のあちこちで、国民たちが笑顔で二人を迎えた。
「若井の旦那! 王様! 怪我はもういいんですか?」
「ああ、おかげさまでな」
滉斗が答えると、人混みの中から一人の老婦人が駆け寄ってきた。
「王様、この前は素敵な庭園をありがとうございました。お礼に、この花飾りをどうぞ」
老婦人が元貴の髪に、鮮やかな椿の花飾りを挿す。元貴の赤い髪に椿が映え、その姿は言葉を失うほど美しかった。
「……綺麗だ」
思わず滉斗が呟く。
その言葉を聞いた瞬間、元貴の心臓が跳ね上がる。彼は慌てて椿の花に触れ、顔をさらに赤くして俯いた。
「べ、別に……ひろぱのために咲かせたわけじゃないんだからね! ……あーもう、街の人はみんな見てくるから、恥ずかしいよ……!」
口では文句を言いながらも、滉斗の腕にはさらに強くしがみついている。滉斗はそんな元貴の様子が愛おしくてたまらず、つい口角を上げてしまう。
広場に着くと、子供たちが集まってきた。
「おじちゃん、約束の氷の滑り台作って!」
「……おじちゃん言うなと言っただろう」
滉斗がため息をつきつつも、指先から冷気を放って小さな氷の滑り台を作り出すと、元貴はふっと微笑んだ。
「ひろぱ、やっぱり優しいね」
元貴にそう言われ、滉斗は少しだけ照れくさそうに頭をかいた。
その様子を見ていた元貴は、また頬を染める。
「……な、なに見てるのさ。ひろぱが優しいのは知ってるよ……」
元貴はそう言うと、滉斗の腕に自分の頬をすり寄せ、完全に甘えモードに入っていた。
数年前までの冷たい関係や、地震の時の恐怖はもうない。
二人は互いの体温を感じながら、ただ穏やかな時間を共有していた。
「さあ、お礼のご飯を食べに行こうか。お前が好きなものを頼んでいいぞ」
「本当? じゃあ、あの屋台の揚げ餅!」
元貴は椿の花を揺らしながら、嬉しそうに駆け出した。滉斗は笑いながらその後を追う。
かつての最強の剣士と慈愛の王は、誰からも干渉されない、平凡で、けれど何よりも幸せな恋人の時間を過ごしていたのである。
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コメント
2件
今回も口角天井に刺さりました!素晴らしいお話ありがとうございます!!!
元貴君のダイエットとか??できますか?