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第十話「少女の秘密」
――夜。
森の中。
蓮は一人で目を覚ました。
隣では玲音と真紅が眠っている。
焚き火は、ほとんど消えていた。
蓮「……なんだ?」
胸の奥が妙にざわついている。
何かに呼ばれているような、不思議な感覚。
そのとき――。
森の奥から、小さな物音がした。
――ザッ。
蓮「……誰だ?」
返事はない。
蓮は立ち上がり、音のした方へ歩いていく。
木々を抜けた先。
月明かりの下に、一人の少女が座っていた。
蓮「……お前」
少女が顔を上げる。
少女「……こんばんは」
蓮「この前の……」
蓮はすぐに思い出した。
最初に出会ったとき、鮭おにぎりを分けてくれた少女。
あの少女だった。
蓮「また会ったな」
少女「……うん」
蓮「こんなところで何してる?」
少女「……分からない」
蓮「分からない?」
少女「気づいたら、ここにいたの」
蓮は少女を見る。
前に会ったときより、明らかに元気がない。
蓮「何かあったのか?」
少女「……夢を見たの」
蓮「夢?」
少女「うん」
少女「知らない場所で、誰かが私を呼んでた」
蓮「誰が?」
少女「分からない」
蓮「顔は?」
少女「見えなかった」
少女は胸元を押さえる。
少女「でも、その声を聞くと……すごく苦しくなるの」
蓮「……」
少女「それから、いつも同じ言葉を聞く」
蓮「なんて?」
少女「……『戻して』」
蓮の表情が険しくなる。
蓮「戻して……?」
少女「何を戻すのかは分からない」
少女「でも、最近ずっと聞こえるの」
少女の手が震える。
蓮は少女の手首に、薄い黒い線があることに気づいた。
蓮「それは?」
少女「……分からない」
蓮「いつからある?」
少女「覚えてない」
蓮が黒い線に触れようとする。
――バチッ!
蓮「っ!」
少女「蓮!?」
蓮「……俺の力が拒絶された」
少女「あなたの力?」
蓮「ああ」
蓮は少女を見る。
自然を操る自分の力。
それが、少女に触れることを拒んだ。
蓮「お前……何者なんだ?」
少女「……」
少女は俯いた。
少女「……私も知りたい」
蓮「え?」
少女「自分のことを、ほとんど覚えてないの」
少女の声が震える。
少女「どこで生まれたのかも……」
少女「誰と一緒にいたのかも……」
少女「何のためにここにいるのかも……」
蓮は黙って聞いていた。
少女「でも……一つだけ分かることがある」
蓮「何だ?」
少女「あなたを見たとき……」
少女「初めて会った気がしなかった」
蓮「……」
少女「だから、あのおにぎりを渡したの」
蓮「鮭おにぎりを?」
少女「うん」
少女「あなたを見た瞬間……渡さなきゃって思った」
蓮「どうして?」
少女「分からない」
少女は俯く。
しばらく沈黙が続いた。
蓮「……名前は?」
少女「……」
少女は自分の手を見つめる。
少女「夢の中で……誰かが私を呼んでた」
蓮「なんて?」
少女はゆっくり顔を上げる。
少女「……紗月(さつき)」
蓮「紗月……?」
少女「うん」
少女「それが……私の名前だと思う」
蓮は静かに頷いた。
蓮「分かった。紗月だな」
紗月「……うん」
紗月は少しだけ笑った。
その瞬間――。
森の奥から、黒い霧が流れてきた。
蓮「……!」
紗月「……また来た」
蓮「何が?」
紗月「分からない……でも、怖い」
紗月の体が震える。
蓮はすぐに立ち上がった。
蓮「俺から離れるな」
紗月「……え?」
蓮「何が来ても守る」
紗月は驚いた顔をする。
そして、小さく頷いた。
紗月「……ありがとう」
黒い霧が二人を包もうとした――。
しかし。
突然、霧が消えた。
蓮「……?」
静寂が戻る。
蓮は辺りを見回す。
蓮「紗月?」
そこに紗月の姿はなかった。
地面には、一つの鮭おにぎりだけが置かれている。
蓮はゆっくり拾い上げる。
蓮「……また、これか」
おにぎりには、以前と同じ小さな印があった。
蓮はそれを見つめる。
蓮「お前は……一体何者なんだ?」
返事はない。
その頃――。
森から少し離れた場所。
土楽 焼奇は一人、古びた地図を広げていた。
地図には、いくつもの印が付けられている。
お兄ちゃん連盟に繋がると思われる場所。
そして、その中央には黒い線が一本引かれていた。
焼奇「……やっぱり動き始めたか」
焼奇の顔から、いつもの明るさが消えていた。
焼奇「因果律の枠……」
焼奇は地図をじっと見つめる。
焼奇「あれが開けば……全部繋がっちまう」
焼奇は懐から、一つのどら焼きを取り出した。
普通のどら焼きとは違う。
淡い金色の光を放っている。
焼奇「……まだ使う時じゃない」
焼奇はそれをしまう。
焼奇「俺はただの趣味ヒーローだからな」
少し間を置く。
焼奇「……まあ、ここまで重要そうなものを持ってる時点で、ただのヒーローじゃないけどな」
焼奇は苦笑する。
だが、すぐに真剣な表情へ戻った。
焼奇「蓮」
焼奇「お前が見つけた少女……」
焼奇「あの子は、この異変の中心にいる」
夜空を見上げる。
焼奇「そして……俺が知ってることを、今はまだ話せない」
焼奇は地図を閉じる。
焼奇「……その時が来るまではな」
その頃。
蓮は森の中を歩いていた。
手には、紗月から残された鮭おにぎり。
頭の中には、少女の言葉が残っている。
――『戻して』
――『因果律の枠』
――『紗月』
蓮「……必ず見つける」
蓮は歩き出す。
紗月の秘密を知るために。
そして――。
自分たちが追いかけている異変の真実へ近づくために。
しかし蓮はまだ知らない。
紗月が、この異変に関わるただの少女ではないことを。
そして――。
あのおにぎりが、ただの食べ物ではなかったことを。
第十話「少女の秘密」――完
ここまで見てくれてありがとうございます
コメント
1件
第10話、読み終わりました……。紗月の「初めて会った気がしなかった」って言葉、すごく胸に残りました。蓮が「俺から離れるな」って言う場面も優しくて、でもすぐに消えちゃうのが切ない。焼奇のシーンで世界観が一気に広がった感じがして、続きが気になって仕方ないです…! おにぎりに込められた意味も、紗月の正体も、蓮がどう向き合うのか、楽しみにしてます🌙
#ハイキュー
@睡眠薬
35
#痛快