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33話 「檻の中の銀の瞳」
競売会場の喧騒が嘘のように、王都は穏やかな朝を迎えていた。
依頼帰りのミリアが、パン屋の袋を片手にこちらへ駆けてくる。
「ほら、焼きたてですよ。クロワッサン!」
「……俺はベッドで寝ていたかったんだけどな」
受け取ったパンからは、香ばしいバターの匂いが立ちのぼる。あの競売会場で見かけた銀髪の少女――ルーラの姿が、ふと脳裏をよぎった。だが、あれから何の噂も聞かない。
「そういえば、あの時の奴隷商……」
ミリアが声を潜めた。
「裏通りの闇市にいるって話です。しかも、例の銀髪の子も一緒だとか」
俺はパンを口に運びかけた手を止める。
「……別に俺たちの依頼じゃない」
「そうですけど……放っておけます?」
放っておけるはずがない。だが助けるとなれば、面倒ごとに足を突っ込むのは必至だ。
夜、王都の裏通りは表通りと違い、湿った空気と血の匂いが混ざっている。
案内人の少年に銀貨を握らせ、闇市の一角――古びた倉庫の前で足を止める。
「ここが奴隷商のアジトっす。でも……見張りが多い」
倉庫の周囲には粗末な鎧を着た傭兵が五人、檻の奥からは低いうなり声。魔物だろう。
「突っ込むか?」と俺。
「突っ込みましょう」とミリア。即答である。
合図と同時に、俺は土壁を作り出して見張り二人を分断。
ミリアが駆け出し、柄で顎を打ち上げて一人を沈める。
残りの傭兵が怒声を上げて突進してきたが、剣を抜く前に俺の掌から放った風弾が腹部を叩き、吹き飛ばした。
倉庫の扉を蹴破ると、鉄檻の中に銀髪の少女――ルーラがいた。
その横には、漆黒の毛並みを持つ魔物〈影狼〉が鎖で繋がれている。
「ちっ、見つかったか!」
奴隷商が叫ぶと同時に、影狼が鎖を引きちぎった。
影狼は大きく跳躍し、牙を剥いて俺に飛びかかる。
「任せろ!」ミリアが前に出て盾で受け止めた瞬間、俺は魔力を集中。
「土杭!」
地面から突き上げた石柱が影狼の腹を打ち、呻き声と共に転がす。
だがすぐに立ち上がり、こちらを睨みつける。瞳は赤く、狂気を帯びていた。
二度目の突進に合わせ、俺は風魔法で加速し、首筋に手刀を叩き込む。骨がきしむ音と共に影狼が崩れ落ちた。
「……大丈夫か?」
鉄檻に近づくと、ルーラは怯えもせず、ただ鋭い眼差しを返してきた。
「出してくれるの?」
その声はかすれているのに、不思議と芯のある響きだった。
「出す。だが安全のために、しばらく俺の管理下に入ってもらう」
ルーラは一瞬、口元を動かしたが、何も言わず頷いた。
奴隷商はすでに逃げ去り、残されたのは無力化された傭兵と檻だけだった。
ルーラを伴い倉庫を後にすると、夜風が妙に冷たく感じる。
「これでまた厄介事が増えましたね」とミリア。
「まあ……退屈はしないさ」
ルーラは無言のまま、しかし時折こちらを盗み見る。
その銀の瞳は、これからの波乱を予感させるように静かに輝いていた。