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34話 「檻の中の銀の瞳」(後半)
倉庫を出た俺たちは裏通りを抜け、人気のない路地を選んで歩いた。
月明かりに照らされる石畳を踏む足音が三つ――いや、四つ。
「……つけられてるな」
俺が振り返るより早く、路地の両端から男たちが現れた。
五人、いや六人。みな短剣や棍棒を構えている。
「ご苦労さんだな。そいつを置いていけ」
リーダー格らしき男が顎でルーラを指す。
ミリアが盾を構えた。
「こんな狭い路地、私には有利ですね」
男たちが一斉に飛びかかる。
盾で一人を弾き飛ばしたミリアは、その勢いのまま回し蹴りを叩き込み、二人目を壁にめり込ませた。
俺は風刃で前方の棍棒を切り飛ばし、土壁で後方から迫る二人を閉じ込める。
残ったリーダー格がルーラに手を伸ばす――その瞬間、ルーラが身を翻し、鋭い蹴りを腹に叩き込んだ。
リーダーは呻き声を上げて膝をつく。
……ただの怯えた子供じゃないな。
追っ手を片付けた俺たちは、急ぎギルドへ向かう。
夜の窓口に顔を出した受付嬢が、俺たちとルーラを見比べて目を瞬かせた。
「……えっと、その子は?」
「事情があって、しばらく保護する。正式には俺の所有という形になる」
書類にサインをし、銀貨を数枚払う。
奴隷契約書を受け取ると、ルーラがじっとそれを見つめた。
「……鎖よりは、まし」
小さな声が聞こえた。
宿に戻ると、ルーラは部屋の隅で毛布にくるまり、こちらに背を向けた。
ミリアが小声で耳打ちしてくる。
「まだ警戒してますね。でも……さっきの蹴り、かなりの訓練を受けてますよ」
「ああ、いずれ聞くことになるだろう」
俺はランプを消し、ベッドに沈み込んだ。
深夜、ふと目を覚ますと、ルーラが窓辺に座って月を見上げていた。
その横顔は、子供のようでいて、大人びた影を帯びていた。
翌朝、俺はパンとスープを三人分用意した。
ルーラは最初こそ遠慮していたが、一口食べると夢中で平らげる。
「……うまい」
短い言葉だが、声が少しだけ柔らかくなっていた。
「今日の依頼は軽めだ。三人で行くぞ」
「三人……?」
「ああ、もうお前も俺たちの仲間だ」
ルーラは何も言わなかったが、頬がわずかに赤くなったのを、俺は見逃さなかった。
依頼は郊外の小川沿いでの薬草採取だった。
ミリアが川辺で葉を摘み、俺は護衛役。
ルーラは無言で川底を覗き込み、器用に水草を刈り取っていく。
「慣れてるな」
「……こういうの、昔やってた」
彼女の目が一瞬だけ遠くを見た気がした。
日差しの中で、彼女がわずかに笑った。
その笑みは、まだ脆く、儚い。
だが確かに、ルーラの中に小さな変化が芽生え始めていた。
王都に戻る帰り道、ミリアが俺の耳元で囁く。
「これから、もっと厄介なことになりますよ」
「わかってる。だが……それでいい」
夕陽の中、三人の影が長く伸びていった。
その先に待つのが平穏か嵐かは、まだわからない。
だが少なくとも今は――新しい仲間と共に歩む道が、少しだけ温かかった。