この作品には、精神障害や精神病などの疾患を患ったキャラクターが登場します
作品内でその疾患を罵倒するようなシーンがございます
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そのような疾患を患っている方々を罵倒したりそれを示唆するような目的は一切ないです
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放課後、人影がまばらになった教室。オレは忘れ物を取りに戻って、教室のドアの前で立ち止まった。
視線の先には、冬弥と、クラスの女子がいた。女子が冬弥に近づき、次の瞬間、二人はキスをした。
オレの心臓は、ドクンと嫌な音を立てた。女子は満足げに笑って、オレがいることに気づいている素振りも見せながら、教室を出ていった。冬弥はただ、立ち尽くしている。
オレは、ドアから一歩踏み出した。頭の中が真っ白で、何も考えられない。目の前の冬弥の顔は、いつもと変わらないように見えるのに、それがひどく、薄っぺらく見えた。
「…冬弥」
オレの声は、思ったよりも震えていなかった。
「彰人……?」
「なんで、そこに立ってんだよ」
オレはゆっくりと冬弥に向かって歩を進めた。一歩一歩が、鉛のように重い。
「…なんで、オレに一言もねぇんだよ」
顔を直視するのが怖くて、冬弥の胸元あたりを見つめる。心臓がうるさい。この感情は、怒り、それとも、とてつもない絶望か。
「っ……、」
「何も言えねぇのかよ」
オレは、ぐっと拳を握りしめた。冬弥が何も答えないことに、胸の奥がキリキリと痛み出す。
「オレが見てたの、気づいてただろ、あの女」
教室に残った静寂が、オレの耳鳴りのように響く。冬弥の目を見る。その瞳が何を訴えているのか、全くわからない。
「…帰るぞ」
今は、この場から離れたい。これ以上ここにいたら、オレの何かが壊れてしまいそうだった。
「…ああ……。」
冬弥は、それだけ短く返事をした。家までの道中、二人の間に会話は一切なかった。オレは前だけを見て歩き、冬弥は少し離れた後ろを歩いているのが気配でわかった。いつもなら、手を繋いで、他愛もない会話をしているはずなのに。この静けさが、今日の出来事を現実だと突きつけてくる。胸の奥が冷たく、締め付けられるようだ。
鍵を開け、いつもと同じ、オレたちの部屋に入る。部屋の空気はいつもと同じなのに、ひどく重苦しく感じた。冬弥は黙って、自分の荷物を床に置いた。
「なあ、冬弥」
オレはリビングで立ち止まったまま、冬弥の背中に声をかけた。
「説明しろよ。あのキスは、一体何なんだよ」
オレの声は、押し殺した怒りで低くなっていた。震えそうになる体を、必死に抑えつける。
「…言えない……、」
「言えない?はっ」
オレは嘲笑するように短く息を吐いた。胃の奥が熱くなる。
「言えないじゃねぇだろ。言えよ。オレたち付き合ってんだろ、同棲してんだろ?お前は、オレと、どういうつもりでいたんだよ」
オレの体が、微かに震え始める。冬弥の「言えない」という一言が、オレの抱える鬱の重りを、一気に増幅させた。
「オレをバカにしてんのか?それとも、オレのことなんてどうでもよかったのか?」
オレは、一歩冬弥に詰め寄った。その顔を、今度は真正面から見据えた。何を考えている?その無表情が、オレには怖くて仕方なかった。
「あ…彰人……っ…。俺は…脅されたから……キス、した」
脅された?
冬弥の口から出た予想外の言葉に、オレの動きがピタリと止まる。
「…脅し?誰に?あの女に?一体何でだよ。どんな脅しだよ、キスしなきゃいけないような」
怒りの炎が一瞬弱まり、代わりに得体の知れない不安が胸を満たした。冬弥はオレに何か隠している。そのことが、オレの精神を掻き乱す。
「オレにだって言えないことなのか?そこまで追い詰められてたって言うのかよ!」
オレは、感情の行き場を見失い、冬弥の肩を強く掴んだ。体が勝手に動いた。今にも泣き出しそうなのに、口から出るのは激情だけだった。
「…彰人だから、言えないんだ」
その言葉は、オレの心の最も弱い部分を抉った。
「…オレだから、言えない?」
オレの全身から、急に力が抜ける。冬弥の肩を掴んでいた手も、ずるりと滑り落ちた。
オレは、そんなに頼りにならないか?オレと付き合って、一緒に暮らしてるのに、そんなに信用されてないのか?
頭の中で、否定的な思考がぐるぐると渦を巻き始める。オレの鬱が、この瞬間を待っていたかのように牙を剥く。息が詰まる。
「…そうかよ」
オレは俯き、自分の足元を見つめた。喉の奥が乾いて、声がかすれる。
「オレに負担かけたくないとか、そんな綺麗事言うんじゃねぇぞ。オレは、お前が誰かに脅されてキスしてるところ見せられる方が、よっぽど負担かかってんだよ!!」
堪えきれなくなって、オレは冬弥の胸を、強く突き飛ばした。
「ふざけんなよ…!何も話さないで、勝手に抱え込んで、オレから隠して!オレがお前の何を知ってるっていうんだよ!オレたち、恋人なんだろ!?」
もう限界だった。オレの中の何かが、プツンと音を立てて切れるのを感じた。冬弥の胸倉を掴み、そのまま勢い任せに壁に押し付ける。感情の制御が効かない。
「答えろよ…!なんでオレを頼らねぇんだよ!」
「…っ…ごめん……ッ…、ごめんなさい…!」
冬弥の謝罪は、オレの耳には届かなかった。オレの頭の中は、今、冬弥の裏切りと、オレが頼られていなかったという事実で一杯だ。感情が沸点を超え、理性が吹き飛んだ。
「謝って済む問題じゃねぇだろ!」
オレは、冬弥の胸倉を掴んだまま、衝動的に、そして、力任せに冬弥の頬を殴りつけた。手のひらから伝わる衝撃で、一瞬、我に返りそうになるが、すぐまた濁流のような感情に呑まれる。
「オレが、どんな気持ちで…お前と一緒にいようと思ってたか…!」
冬弥が壁に打ち付けられた衝撃で、オレの目の前がグラグラと揺れる。目の奥が熱い。悔しい、悲しい、信じられない、そんな感情がごちゃ混ぜになって、制御不能な怒りとなって噴き出す。
「お前は…オレのこと、なんとも思ってねぇんだろ…!オレが…どれだけ苦しいか…知らねぇくせに…!」
オレはそのまま、冬弥を突き放した。
「…っ……。」
オレの暴力を受けた冬弥は、何も言わずにその場に崩れ落ちそうになり、壁に手をついて耐えている。その頬には、オレが殴った跡が赤く残っていた。オレは自分のしたことに一瞬凍りついたが、一度溢れた怒りは止まらない。
自分が病気で、精神が不安定なのはわかっている。だが、そんなオレをさらに追い詰めるようなことをしておいて、冬弥だけが被害者ぶるのは許せなかった。オレは、荒い息を吐きながら、冬弥から距離を取る。
「…もういい。顔も見たくねぇ」
オレは、冬弥を一度も見ることなく、寝室へと向かった。ドアを乱暴に閉め、ベッドに倒れ込む。体が震えて、涙が溢れてくるのを止められなかった。
オレは、お前に何もかも話してほしかっただけだ。頼ってほしかった。それなのに、オレを信用してなかった。オレだから言えないって…そんなこと、言わないでほしかった
冬弥がリビングにいるのはわかっている。オレたちが、こんなにバラバラになって寝るのは初めてだ。体が冷えていくのを感じながら、オレは誰にも聞こえないように泣き続けた。寂しい。この感情を、冬弥には絶対知られたくない。
コメント
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一話から泣きそう…あぁ…どっちの感情もわかる…神