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「すみません、ご迷惑をおかけしました……」
「ううん、気にしないでいいよ。それに、心野さんがムッツリスケベっていうことも分かったしね。大収穫ってやつだよ」
「ち、違いますって! あれは……そう、夢です! 但木くんは夢を見てたんです! もしくは幻! ほんと、不思議なこともあるもんですねえ」
心野さん、よっぽどムッツリスケベであることを認めなくないんだな。否定するのに超必死。でもそれが嘘だっていうのがバレバレなんだよなあ。だって今も冷や汗ダラダラなんだもん。
「でもごめんね、結局こんな安いファミレスになっちゃって。僕、ここら辺で知ってるお店ってここしかなくてさ」
鼻血を出しながらその場に倒れ込んでしまった心野さんが元の世界に戻ってくるまで結構時間がかかった。
そのせいで、ほとんどのお店も営業が終わってしまったのだ。そんなわけで今、僕と心野さんは24時間営業のファミレスにいる。しかし、このファミレスは安いこともあって、学生さん達がやたらと多いな。
「あ、いいえ、全然気にしないでください。私、こういうお店に入ったことがなくて。なんか、すごい新鮮です」
「え? ファミレス入ったことないの? なんでまた?」
「……ボッチでコミュ症の私が入れるとでも?」
「う……ご、ごめん」
あらら、どんよりしちゃったよ。訊かない方がよかったな、これ。でも別に一人でもファミレスくらい入れると思うんだけど。
しかし、やっぱりちょっと不思議だなあ。高校に入学して一ヶ月が経とうとしているけれど、心野さんが誰かと話したところを見たことはなかった。
なのには今はこうして僕と普通にお喋りしてくれている。心野さんは『私と全く同じです!』と言っていたけど、それだけでここまで変わるものなんだろうか? まあ、僕自身もそうだから否定はできないけど。
「ところで但木くん。本当にここって何杯でもジュースおかわりしちゃっていいんですか? あとで黒服を着た怖い人達が出てきて法外な金額を請求してきたり。そしたら私、体で支払うしか――」
「そんなデンジャラスなファミレスなんてないから! だから安心して! というか心野さん、体で払うって……さすがはムッツリスケベなだけあるね」
「あ、いえ、そうじゃなくて。私の臓器を売るしかないなって」
「そっちの方がヤバいでしょ! ないない! 何杯飲んでも値段変わらないから!」
僕の言葉を聞いて、心野さんはホッと胸を撫で下ろしている。本当に売る気だったのか……。
でも安心したのか、心野さんはそれから何杯もドリンクバーでジュースをおかわり。あまりに嬉しかったのか、なんかちょっと浮かれてるし。
でも、無理もないか。生まれて初めてのファミリーレストランだもん。ドリンクバーなんだもん。心野さん的には全てが新鮮であるに違いないのだから。
――それから、僕達は他愛もない会話を交わした。それは僕にとっても新鮮なことだった。まさか女の子とこんなにお喋りができるだなんて。『あの時の出来事』以来、女性恐怖症になってしまった僕がだよ? 自分のことながら、今でも信じられない。
だからなのか、僕は心野さんのことをもっと知りたいと思えた。本当に、僕は心野さんと友達になれるんじゃないかって、そう思えたんだ。
「ん? 心野さん、どうしたの? さっきから向こうをずっと見てるけど」
「あ、いえ……ちょっと羨ましいなって」
視線の先を追ってみると、そこには楽しそうに談笑している女子グループがいた。僕達と同じ制服をまとっているから高校生だろう。たぶん僕達と年齢も近い。つまりは同じく一年生だ。
「あの、但木くん」
心野さんはちょっと俯き加減で僕の名を呼んだ。
「うん、どうしたの?」
「私ね、中学時代、ずっといじめられてられてきたんです」
「い、いじめ……」
心野さんの前髪が邪魔をして、表情が全く分からない。分からないけれど、それでも伝わってきた。
彼女は今、何かしらの覚悟を決めて僕に話そうとしていることが。いじめのことを。過去のことを。
「そう、いじめです。理由は言えないんですけど、クラスの女子グループが私を標的にしてきて。上位カーストっていうのかな。その人達はクラスの中で目立つ存在で。その人達がいじめ始めてきたことで、他の女子全員、それと男子まで私のことをいじめるようになっちゃって。正直、辛かった」
きっとその時のことを思い出しているんだろう。心野さんの声は憂いや悲しみを滲ませていた。帯びていた。だからこそだろう。真っ直ぐに僕の心に響いてくる。
「それからなんです、私が前髪で顔を隠すようになったのは」
「そんな……そのいじめはいつまで続いたの? あと、いじめを止めようとしてくれた人はいなかったの?」
心野さんは頭を振った。
「いじめは卒業するまで続きました。でも、止めようとしてくれた人もいました。だけど、そしたらその人までいじめられるようになっちゃって。だから、その人も途中から私と関わらないようになって。それから私はずっと一人ボッチだった。男の子のことも、女の子のことも、怖くて仕方がなくなっちゃって。それからなんです、私が妄想ばっかりするようになったのは。妄想の中なら誰にもいじめられないし、自分の『好きな世界』を創ることができるから」
やっと分かった。理解ができた。女性恐怖症の僕が、どうして心野さんとなら普通に喋ることができるのか。
同じなんだ、中学時代の僕と。似ているどころの話ではない。心野さんは、僕と全く同じような辛さを経験していた。だから普通に話すことができているんだ。
言うなれば、『共鳴』。
そして心野さんは大きく息を吸い込み、そしてゆっくり吐き出した。そして、口元を緩ませ、僕を見る。
「だから、但木くんが話しかけてくれた時、すっごく嬉しかったんですよ? 最初はビックリしちゃったけど。だけど不思議と但木くんとなら話せるし、全然怖いとか思わなくて。すごく安心できて。だから――」
「ありがとう」と、そう言って心野さんは笑った。顔は見えない。でも分かるんだ。彼女は確かに今、僕に向けて笑顔を向けてくれたのだということが。
それだけは確かだった。
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