テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
交際を始めてから一ヶ月。Ifの部屋には、少しずつ変化が生まれていた。ギターの横に小さな花瓶が増え、レコーディングデスクの上には、週替わりの花が飾られるようになった。
「……これ、なんの花か分かる?」
休日の昼下がり。
キッチンから戻ってきた初兎が、手にした一輪の白い花をIfに差し出した。
Ifはソファでギターを爪弾いていた手を止め、花に目を落とす。
「……カスミソウ?」
「正解。花言葉はね、『感謝』『幸福』」
「初兎が選ぶには、ずいぶん穏やかな花やな」
「失礼。僕だって、静かに幸せ噛み締めてる時もあるよ」
笑い合うふたり。
それだけで、部屋に飾られた小さなカスミソウが、柔らかな空気に包まれていく。
「そういえば、次はまろちゃんの番ね」
「え、何が?」
「今度のデート、まろちゃんが“僕に贈りたい花”を選ぶの。テーマは、“今の気持ち”で」
Ifは少しだけ考えてから、にやりと笑った。
「…よし、考えとく。でも、たぶん難しいで。俺の気持ち、花じゃ足りんかもしれへんから」
初兎は照れくさそうに目をそらしながらも、どこか嬉しそうに笑った。
「じゃあ、花束でも許す」
数日後、ふたりは再びあの花屋を訪れた。
Ifが迷いながらも選んだのは、スイートピー。淡いピンクと紫が混ざった小さな花束。
「スイートピー…?」
「花言葉、『門出』『優しい思い出』。俺らの関係、ここからまた新しく始まる気がしてな」
「……すごいやん、まろちゃん。花男子、目指してる?」
「うるせぇ」
だけど、渡された花束を見つめる初兎の顔は、これまでに見たどの花よりも嬉しそうだった。
その日、初兎のスマホのメモ帳には、新しくひとつの項目が増えた。
「まろちゃんにもらった花と言葉」
赤いアネモネ:「君を愛す」
スイートピー:「門出」「優しい思い出」
――きっと、これからも増えていく。
二人の恋は、日常に咲く花のように、少しずつ、でも確かに色を重ねていくのだった。