テラーノベル
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「ステラ。今日は訓練をしないので、普通のワンピースで良いわ」
学園から戻ると直ぐに、ステラに伝えた。アーレンハイム邸に向かう前に、制服から普通のワンピースに素早く着替えを済ます。
早くカリーヌの事を相談したくて、ウズウズしているのだ。
先日の――。
サプライズで、ピアノと弾き語りを披露してから、少しだけカリーヌの様子が変わった気がした。
(何か特別な事があったわけじゃないけれど……)
ちょっとした会話から、カリーヌはステファンが好きだと分かった。沙織は、自分以外の恋心や変化には、不思議と洞察力や勘が鋭くなる。
だからなのか、カリーヌの微妙な変化を感じ取れたのだ。
相談内容は、昨日シュヴァリエにも話した、ステファンの本当の姿の件だ。
「シュヴァリエ、行きましょう!」
『……はい』
シュヴァリエは、一抹の不安を抱えたままアーレンハイム邸へ転移した。取り敢えずは、リバーツェのリュカらしく振る舞うしかない。
リュカを抱え、屋敷内のガブリエルが待つピアノがある部屋へと向かう。
ノックすると、中から執事が扉を開けた。
「待っていたよ」
奥のガブリエルが笑顔でそう言った。
「お義父様、お待たせいたしました! リュカも連れて来ました」
リュカを抱いたまま、ガブリエルのそばまで行く。
ガブリエルは、ジッとリュカを見て「ふっ……」と笑った。
「リュカか……。カリーヌが命名したのだったね。いや、本当に愛らしいリバーツェだ」
「そうなのです! 抱っこすると、更に癒されます!」
リュカを褒められて嬉しくなった沙織は、ガブリエルの膝の上に……ポンっと、リュカを乗せた。
「お義父様も癒されてくださいませ」
『………!!?』
シュヴァリエは固まった。
これが、人の姿だったら――ガブリエルの膝の上に、シュヴァリエが座っている。……なんてことは、沙織は全く想像していない。
寿命が縮む思いで、リュカの姿のシュヴァリエは、ガブリエルに大人しく抱っこされている。
「ではっ、ピアノ弾かせていただきます。お義父様は、今日はどの様な曲が良いですか?」
リュカの頭を撫でながら、ガブリエルは考えた。
「サオリの好きな曲でかまわない。カリーヌとミシェルが言っていたが、歌も素晴らしいそうだね。出来れば、それも聴いてみたい」
沙織は嬉しくなり、「はい!」と返事をして弾き出した。
今回は、疲れている時に安らげるクラシック曲を選択した。確か、クレールの曲も優しい旋律だった。
ガブリエルは目を閉じて、曲に耳を傾ける。
シュヴァリエは、初めて聴く沙織のピアノに驚いた。
あの訓練で飛んでくる拳から、奏でられる優しい音色……。信じられなかった。
そして、ガブリエルがリクエストした、ラブソングの弾き語り。これには、ガブリエルもシュヴァリエも完全に心を掴まれた。
最後に、クレールの好きだった曲を弾いて、鍵盤から手を離した。
「ありがとう……素晴らしかった。本当にカリーヌの言った通りだね」
ガブリエルの言葉に「ありがとう存じます」と、笑顔で応えた。
「では、今度はサオリの相談とやらを聞こう」
ベテラン執事が、絶妙なタイミングでお茶の支度を完了させた。
「はい、カリーヌ様とステファン様の事なのですが……」
この前、シュヴァリエに相談した事をそのままガブリエルに伝えた。
◇
「ステファンの姿を、カリーヌに……か」
「お義父様は、どう思われますか?」
音を立てないよう、静かにカップを置く。
「そうだね、ステファンの呪いについては……カリーヌには、まだ知らせたくない。もし、サオリが言うように、カリーヌがステファンを好きなら尚更だ。もし、期待して上手くいかなかったら……カリーヌは、立ち直れない程のショックを受けるだろう」
「はい、私もそう思います」
「サオリの心配は、上手く成功した後の姿……つまり、見た目だね。それは、本当にカリーヌがステファンを愛していれば、ちゃんと誰がステファンかは判る筈だよ」
「大丈夫でしょうか……?」
クスッと、ガブリエルは笑った。
「サオリだって、同じ姿のステファンとシュヴァリエの区別がつくだろう?」
「ええ、それは……同じ顔でも細かい仕草やちょっとした言葉使いとか。醸し出す雰囲気なんて、全く違……あっ!」
「カリーヌが、ステファンをずっと想って見ていたなら……直ぐに気がつくだろうね。この、リュカが……シュヴァリエなのかステファンなのかも、ね。今日は、シュヴァリエかな?」
「……ふぇっ!? お義父様……ど、どうしてそれをっ??」
不意をついたガブリエルの指摘に、変な声が出てしまう。
ガブリエルは、抱っこしていたリュカを、そっと床に置いた。
「……黙っていて、申し訳ありませんでした」
リュカの姿から、シュヴァリエに戻ると謝罪する。
「ステラから、サオリが突然リバーツェを飼いたいと言っていると聞いたのでね。色々と調べさせてもらったのだよ」
「さ、最初から……ご存知だったのですか? まさか、カリーヌ様やミシェルもですか?」
ガブリエルはまたもクスリと笑って、首を横に振った。
「カリーヌは、時々リュカの雰囲気が違うから、具合が悪いのかと心配していたくらいだよ。リバーツェに効く薬を教えてほしいと言ってきた。多分、カリーヌもステファンとシュヴァリエの違いを感じていたのだろう」
「……そうだったのですね。さすがカリーヌ様です」
沙織の心配は杞憂だったみたいだ。
「サオリ、カリーヌの心配をありがとう」
そう言って、ガブリエルは頭をポンポンしてくれた。
「ところで……」
「はい? 何でしょうか?」
優しいが、少しだけ空気の変わったガブリエルに、きょとんとする。
「リュカを飼うのは、そのままで構わない。但し……絶対に一線を越えては駄目だよ」
ガブリエルは、とても美しく鋭い笑顔をシュヴァリエに向けて、釘を刺した。
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