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じいぃ――…………。
いつもと変わらない、通学風景。
少し前を歩くイネスとカリーヌは、新作の恋愛小説の話で盛り上がっている。その二人の一歩後ろにはミシェルが。
その三人から少し遅れて歩く沙織は、ミシェルの後ろ姿を、じっと見ていた。
(昨日のお義父様が、シュヴァリエを見た眼……。ミシェル以上に美しく、凍えそうな視線だったわ。……うっ、これだから美形って怖い。ミシェルは顔以外も、お義父様似だったのね)
「何ですか? ……サオリ姉様」
クルッとミシェルが振り向き問いかけた。
(あ、見てたのバレた)
「……いいえ。別に何でもないわよ」
フイッと視線をそらし、しらばっくれる。
「そうですか? 背後から、刺されそうな程の殺気を感じたのですが?」
「は!? 刺すつもりなんて無いわよっ。ただ見ていただけ……あっ!」
ふふん……と、ミシェルは口角を上げた。
「サオリ姉様は、僕を見ていたのですね?」
(だあぁぁ! やられた)
「僕はいつでも、サオリ姉様を受け入れますよ」
しれっと、ミシェルは口説く。
(受け入れる? もう、養女にはなったじゃない? 何、意味分からない事を言っているのかしら?)
「そうよ! 見てただけよ。お義父様に似てるなって思って」
「……父上ですか?」
「ええ。昨日のお義父様が見せた表情と、ミシェルの表情がよく似ているなぁって」
「……昨日?」
空気が凍った。
(ヒャァ―――!! また余計な事を言っちゃったぁ。もう、私は口を開いてはいけないわ)
沙織は白々しく聞こえないフリをして、カリーヌ達を追いかけて会話に入る。
ミシェルの視線から放たれる冷気を、背中に感じたが――気づかないことにした。
「……父上も、か。姉様は、また何て手強い人を……」
呆れ気味に、ボソっと小さくミシェルは呟いた。
そして、何とか昨日の事は訊かれず、無事に教室へ辿り着いた。
◇◇◇
今日の授業は、地理が入っていた。
地理は、正直苦手だが。今日勉強する範囲にはあの山周辺がある。
席に着くと、沙織は教科書の地図を開き、目的の場所を食い入るように見る。
「おはよう、サオリ嬢。授業前から勉強とは熱心だね」
「あ! アレクサンドル殿下、おはようございます」
つい集中して、王子から挨拶させてしまった。貴族社会ではあり得ない失態だが、幸い此処は学園だ。
それに。アレクサンドルは獣人の村での経験から、そんな些細な事は気にしていないようだ。
(まあ……過ぎてしまった事は仕方ないわ)
そのまま普通にやり過ごした。
するとアレクサンドルは、沙織の手元を覗きこんだ。
「……地図?」
「はい、今日の予習です」
と言いつつ、アレクサンドルにだけ伝わるように、例の山に指をそっと置いた。
アレクサンドルも、ステファンの呪いについて知らされたので、沙織の言いたい事を理解する。
ステファンが指し示した山は、ベネディクト国の最北に位置していた。よーく見てみると、その山の麓から東にむかって、魔獣が生息している死の森が横長にある。
教科書の森は緑色に塗られ、手前は薄く、深層部……あのミノタウロスが居た辺りから北寄りは深緑で塗られていた。
シュヴァリエが言っていた迷宮は、この深緑部にあるのかもしれない。
その森の更に東が、なったばかりの友好国……ラミナス国との国境門だ。
逆に山から西に向かうと、敵対しているレイジーナ国との国境門がある。
その国境周辺から、例の山。凶暴な魔物が多い深緑に塗られた死の森の深層部が全て入っている、横広の領地があった。
(……何か、ここの領地ヤバくないかしら? かなりの危険に囲まれているわ)
沙織の険しい表情から、その考えに気付いたらしいアレクサンドルは教えてくれた。
「そこの領地は、シモンズ辺境伯領だよ」
「シモンズ辺境伯……? あっ、オリヴァー様の!」
アレクサンドルは頷いた。
「とても大変な領地だが、シモンズ辺境伯がしっかりと抑えてくれている。彼処を抑えられなければ、この国は大変な事になってしまうんだ」
「そうですね……本当に、大変そうな場所ですね」
(ここを、オリヴァーは継ごうとしているのね。頑張って、鍛えている筈だわ……。唯のイケメンマッチョではないのね)
オリヴァーを見直しつつ、そんな話をしているとセオドアがやって来た。
(あれ、珍しく一人……?)
「おはようございます、アレクサンドル殿下。サオリ嬢」
挨拶をしてきた、セオドアの顔色が悪かった。
「セオドア、オリヴァーはどうした? ――何かあったのか?」
男子寮から一緒にいつも通学しているセオドアとオリヴァーが、別々にやって来ることは殆どなかった。
何かあったに違いない。アレクサンドルは、声を潜めて尋ねた。
「昨夜、シモンズ辺境伯から早馬が来まして。オリヴァーは……急いでシモンズ領に向かいました」
神妙な面持ちでセオドアは答えた。
沙織とアレクサンドルは顔を見合わせた。
(あの領地に何かあったのかしら……)
――嫌な予感がした。