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「分かった。色々善処する……。その……お前も頑張れよ?」
岳斗からの意味深長なメッセージを受けて、マンションへ戻るなり大葉は羽理のすぐそば。岳斗に「あれはどういう意味だ?」と電話をかけたのだが。
切なげに小さく吐息を落とした岳斗から『僕、一目見て彼女のことを好きになちゃったんです』という告白とともに杏子との出会いの経緯や、そうする中で彼女が大葉と見合いする予定の女性だったのだと気付いたことなど、一連の成り行きを聞かされた。
偶然と呼ぶには余りに数奇な二人の出会いに、電話を切るなり「マジか……」とつぶやかずにはいられなかった大葉である。
(普通そんなこと有り得ねぇだろ)
大葉の見合い相手だった杏子と、自分の部下である倍相岳斗が出会うだなんてこと――。
「大葉……?」
羽理がキュウリを抱っこした状態で、不安そうにそんな自分を見詰めてくるから。
大葉は一度落ち着こうと深呼吸をした。
「……羽理、アイスコーヒー飲むか?」
そうして気を取り直すように羽理へそう問いかけたら、唐突な話題変更に「え?」と聞き返されて、大葉は心の中『そりゃそうだよな』と思った。
「あー、すまん。ちょっと頭ん中整理出来てなくてな。コーヒー淹れながらお前にうまく話せるよう順序立てたいんだ。――いいか?」
素直に胸の内を吐露したら、羽理がこくんとうなずいてくれる。大葉は、羽理のそういう素直なところが大好きだとしみじみと実感した。
「ミルクたっぷりのコーヒー牛乳でいいよな?」
「あ、はい」
「砂糖はどうする?」
「えっと……ご飯を一杯食べた後なので、今回は無しでお願いします」
「了解」
いついかなる時もブラック派の大葉に対して、羽理はコーヒーフレーバーミルクと呼んでも過言ではないシロモノの、甘いやつを好む。でもごくたまに。今回みたいに無糖を求める時があることも知っているから、大葉はその都度彼女の意向を確認するようにしているのだ。
大葉は、自分の中にこんな感じで少しずつ、荒木羽理という女性に関する〝豆知識〟が増えていくのがほんのりと嬉しかったりする。
きっとそういうものが積み重なって、羽理との他愛のない日常に彩りと実感を添えていくと思えるからだ。
***
「――で、倍相課長は何ておっしゃったんですか?」
大葉お手製のコーヒー牛乳を一口飲むなり、羽理はすぐそばの大葉をじっと見つめた。
無糖で作ってもらったけれど、牛乳のおかげかほんのりと甘みのあるよく冷えた液体が、喉を滑り落ちていく。
自分の横には大葉の愛犬キュウリちゃんもいて、まるで『早く話してスッキリしちゃいなさいな』と言わんばかりの表情で飼い主を見上げていた。
羽理は時折、そんなキュウリちゃんが自分の味方に思えて仕方がない。
大葉はまだ思考がまとまっていないのか、自分用のアイスコーヒーを一気に半分ばかりガブ飲みすると、ほぅっと吐息を落としてちょっとだけ思案深げに瞳を揺らせた。
「――何かたまたまらしいんだけどな。岳斗のやつ、俺たちと別れた直後の……落ち込んだ様子の杏子に出会ったそうなんだ」
「え? 倍相課長がたまたま杏子さんに、です、か……?」
「そう、岳斗がたまたま杏子に」
羽理に応えてくれながら、大葉はどこか自分に言い聞かせているようにも見えて――。
(ひょっとして大葉、他にも何か隠してる?)
女の勘とでも言おうか。そんな風に思った羽理だったのだけれど、実はビンゴだった。
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