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大葉は岳斗から、『荒木さんの家のすぐ近所にある居間猫神社で杏子ちゃんと出会いました』と聞かされたのだが、羽理にはそれが言えなかった。
『実は……余り言いたくないんですけど、杏子ちゃんの住んでるところ、荒木さんの家の物凄い近くなんです。それこそ偶然鉢合わせても不思議じゃないくらいの場所なんで……僕としては出来れば荒木さんを大葉さんの家に引っ越しさせちゃって欲しいんですよね。正直な話、たまたまとはいえ杏子ちゃんと大葉さんが出会っちゃったりしたら……杏子ちゃん、心がかき乱されてしまうと思うんです。僕はこれ以上大葉さんには杏子ちゃんに干渉して欲しくないですし、実際問題荒木さんだって大葉さんのお見合い相手が自分家のすぐ近くに住んでるって知ったらきっといい気はしないでしょう?』
電話の切り際、岳斗から言われた言葉が頭の中をぐるぐる回って……それがどうしても歯切れの悪い言動に繋がってしまった。恋心にはめちゃくちゃ疎いくせに、変なことには鋭い羽理に不審がられていることにも気付けないまま、大葉はぼんやりと考える。
(杏子の家が居間猫神社の近くって……実際どの辺りなんだよ!)
居間猫神社といえば、大葉と羽理を結び付けた猫神様の御座します有り難ぁーい神社だ。
場所的には羽理の住んでいるアパートから目と鼻の先。そこで杏子と出会ったとなると、本当に羽理の住まいと近いところに杏子は住んでいるんだろう。
岳斗は杏子の家がどこなのかだけは大葉に明かしたくないみたいで、そこは最後までぼかし続けた。
(って言うか……出会ってすぐに気になる子の家突き止めてるって……すごくねぇか、倍相岳斗!)
自分は羽理と特殊な出会い方をしてしまったからともかくとして、それがなければ羽理の家なんて未だに知らないままな可能性もあるくらいだと自認している大葉は、好きな相手から個人的な情報を聞き出すのが物凄く下手なのだ。
だからこそ羽理が飲むコーヒー牛乳に砂糖が入る時と入らない時があるだなんていう些細なことを知っているというだけで、小さな幸せを見出せるわけなのだが……。
居間猫神社とは全く別方向に住んでいる岳斗が、その辺りにいたことも不思議に思った大葉だったが、そこは『大葉さんに釘を刺そうと思って荒木さんの家に行こうと彼女に連絡したら、電話が通じなかったんです。また何かあったのかと心配になって荒木さんの家まで行くことにしたからですよ』と説明されてひとまずは納得した。
今日羽理は体調不良という名目で仕事を休んだのだ。岳斗が言ったように自宅療養していると思うのが普通だろう。
そうして羽理のことを溺愛しているのがバレバレな自分が、終業後いそいそと彼女の見舞いに行くのは当然の流れだと岳斗に認識されていたのにもうなずける。
羽理に電話が通じなかったのは自分のせいでもあるわけで、大葉はそれ以上何も言えなかったのだけれど。
結局岳斗は岳斗で、『荒木さんの家へ向かう道すがら、杏子ちゃんと出会ってしまって……。何かもうそれどころではなくなってしまったんです』という状況になってしまったらしい。
電話口、申し訳なさそうに岳斗から『お二人をサポートするとか言っておきながら……ホントすみません』と謝られた大葉は、「気にするな」と答えつつ。羽理に電話が通じないと思うや否や、すぐに家まで来てしまう岳斗の行動力には、感服するばかりだった。
(岳斗が本気で羽理にぶつかってたら、俺、到底敵わなかったんじゃねぇか?)
そう思うと、居間猫神社の猫神様〝様様〟だと思ってしまった。
実際のところ、杏子との出会いというハプニングに見舞われず、岳斗が無事羽理の部屋にたどり着けていたところで、自分たちはそこにはいなかったわけだが、それはまぁ結果論だ。
『そうだ。さっきもちらっと言いましたけど……法忍さんも僕も結構限界なので……これ以上荒木さんがお休みになるようなこと、しないでくださいね?』
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