テラーノベル
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東京はまだ「中心」で立っている。
だから横にいる大阪のほうが、先に気づいてしまう。
第二話…どうぞ。
大阪side
大阪は、人の声に敏感だった。
ツッコミを入れるためじゃない。
場の空気が一瞬ズレる、その微細な間を拾うためだ。
誰かが言い淀んだとき。
笑うはずのところで、笑いが一拍遅れたとき。
今日、その「遅れ」が多すぎた。
「ほな、人数確認しよか」
大阪は何気なく言った。
円卓を囲む県たちを、ぐるりと見渡す。
東京、愛知、宮城、北海道、広島、福岡。
その他、いつもの顔ぶれ。
……いつもの、はずだった。
「一、二、三……」
大阪は心の中で数える。
指は動かさない。癖で誤魔化す。
数え終わった瞬間、背中が冷えた。
「……多ない?」
誰にも聞こえない声で呟く。
いや、正確には。
「少ない、か?」
どっちなのか、わからなかった。
そこに“空席”はない。
全員、ちゃんと座っている。
なのに、頭の中でだけ数が合わない。
大阪は笑った。
「なんやねん、気のせいやな」
自分に言い聞かせる。
そうしないと、口の端が引きつりそうだった。
東京が地図を指して説明している。
いつも通り、中心に立つ声。
堂々としていて、迷いがない。
その姿を見て、大阪は確信した。
(あ、こいつ、まだ気づいてへん)
気づいていない者ほど、強い。
大阪はそれを何度も見てきた。
会議が終わり、廊下に出たとき。
大阪は、ふと後ろを振り返った。
誰もいない。
正確には、誰かがいた“気がした”。
「……おい」
声をかける。
返事はない。
床に落ちている影が、一つ多い。
大阪の影。
それから、もう一つ。
でも、影の主はいない。
「冗談きついわ……」
大阪はポケットからスマホを取り出した。
地図アプリを開く。
東京のと同じやつだ。
指でスクロールする。
関西地方。
そこで、指が止まった。
「……ここ」
見覚えがある。
何度も仕事をした。
何度も喋った。
一緒に飯も食った。
なのに、名前が出てこない。
表示されるはずの県名欄は、
薄く滲んだように空白だった。
「ちょ、待て待て待て」
大阪は笑いながら、額に汗をかく。
これはボケちゃう。
ツッコむ相手もおらん。
「お前、誰やっけ」
画面に向かって言った瞬間、
スマホが震えた。
通知。
差出人不明。
件名なし。
本文は、たった一行。
――「思い出されると、痛い」
大阪は息を止めた。
そのとき、背後から声がした。
「大阪」
振り返る。
そこに立っていたのは、
“県”だった。
輪郭が曖昧で、
顔立ちも思い出せない。
でも、大阪の身体は覚えている。
危険なときに、自然と距離を取るあの感覚。
「……久しぶり、やな」
大阪は笑った。
反射的に。
守るための笑い。
「俺の名前、言える?」
その県が聞く。
大阪は、答えられなかった。
喉の奥で、言葉が溶けた。
音にならない。
「やっぱり」
県は、どこか安心したように頷いた。
「もう、時間ないから」
「何のや」
「消えるまでの」
その言葉を最後に、
県の姿は薄くなった。
人の流れに紛れるように。
最初からいなかったみたいに。
大阪は、その場に立ち尽くした。
笑えなかった。
ツッコミも出なかった。
(数、合わへん理由)
やっと理解した。
減っている。
静かに、確実に。
誰も気づかんうちに。
「……東京」
大阪は小さく呟いた。
「お前、このままやと」
その先は、言わなかった。
言葉にした瞬間、
それも消えそうな気がしたから。
ただ一つ、確信だけが残った。
中心に立つ者ほど、最後に壊れる。
コメントくださいぃ()
コメント
4件
話良すぎだろぉぉ!()