癖
ーー
「ぁ゛ッ…、!?」
「にぃ…っ、にいさん…、っ!」
「やめ…ろ…っ、」
『…おいおい、” 兄さん “に対する口のきき方がなっていねぇようだが?
俺の教育が悪かったと、そう言いたいのか?』
「ちがッ、違う…
だから…、手を離せ…、…!」
『お前は馬鹿なのか?あぁ失敬。
馬鹿なんだな。
…敬語だろ。俺と同等に会話ができるなんて、思ってんじゃねぇよ。』
「す…ッ、…、すいません…。
ですからお兄様、一度…お手、をッ…」
この歪な関係は何時からだろう。
考えるだけで馬鹿馬鹿しい、こんな行為は。
主権を握っているのは俺なのだから、この横暴な兄に逆らうことなど簡単だ。
依然、その兄に身を委ねることしかできない臆病者であることに代わりはないのだが。
『離して欲しいなら、離して欲しいなりの態度ってもんがあるだろうが。
何が” 離してください “?
はッ、単調な脳を持つと、これ程までに生きづらいとはな。』
焦げたような茶髪は、暗くなった部屋では黒と変わらない。
俺が唯一兄の姿を捉えるものは、自らのものとよく似たペリドットの瞳。
その目には苦しみ、喘ぐ俺の姿が映る。
其以上の、劣情や憎悪を孕んで。
午前0時。
ロンドンの路地裏、密かに佇むホテルの一室には、貧乏くさいベッドが軋む音と水濁音が響く。
お互いにお互いの姿を映す翠眼は、互いの影をゆらゆらと濁らせる。
閉じては開くその瞼に、汗が伝う。
「駄目、スコット…っ、」
「…そこ,は…っ…」
そう懇願する言葉とは相反して、その声も、表情も、快楽に溺れている。
依然腰を動かし続ける男の背に手を回し、自ら其を欲するかのように甘い声を洩らす。
『駄目、?
寝ぼけてんじゃねぇよ。 』
己の欲求を満たすためか、はたまた埋め尽くされた劣等感を消し去るためか。
相手の大きく沿った腰を強く掴み、動物的に行為を進める。
時折余裕の無い笑みを見せ、その度に一つ、又一つと突きが重くなる。
其で広がった孔からは、液がとめどなく溢れる。
行為の間を埋めるように、首や胸につけられた跡が増える。
双方意識があるのか定かではない。
永遠に、視界を揺らし、満たされることのない夜を 繰り返す。
気付けば月明かりに照らされ、事切れるまで。
基本先に目覚めるのは俺だ。
何十年も続けてきて、兄が俺より先に起きているのを見たことがない。
他の奴らが知ると面倒くさいから、帰宅時間をズラさなければ。
…いつまでこんなことをやっているのだ ろう。
行為の最中は何も考えられない。
相手が誰かさえ、考える余裕がない。
だからこそ、この瞬間、全ての情報が脳を支配する。
…可哀想に。
俺の幼い頃からずっと、俺を毛嫌いしてきた兄。
毛嫌い、所ではない。
激しい憎悪と、嫌悪感。
愛する自分の国を、人を、ぽっと出の輩に取られたのだから当然だ。
だから、こうやって自分の情けなさを、愚かさを俺にぶつける。
俺のそういった表情を見ることで、優越感を得ることができるから。
そうしないと、自分を保てないんだろう?
あぁ、なんて愚かで、愛おしい。
どんなに首を絞められようと、イカされようと。
お前をお前で、兄でいさせてやっているのはどう足掻こうと俺なのだ。
明日は、今日のことなど なかったように皮肉や、罵詈雑言を浴びせられる。
どうしてもらおうと構わない。
兄の意識が戻らないうちに、額にキスをした。
「せいぜい頑張れよ。最愛なる兄へ。」