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二
日曜日らしく駅前は、結構な人でごった返していた。
聖司は、学校から会場に行くという梨々菜を見送り、カメラバックを担いで駅へとやって来た。そして、待ち合わせによく使われるモニュメントの近くに立ち、真衣香が来るのを待った。
「良い天気だな。絶好の撮影日和だ。今日は、室内だけど」
などと独り言を言っていると、視線の向こうから真衣香が走ってきた。
「はあはあ。おはようございます。遅れてごめんなさい」
先輩である聖司が先に来ているのが見えたので、全速で走ってきた。
「謝らなくていいよ。まだ半になってないぞ」
「だ、だって。私の方が早いと思ったのに、先輩が見えたから」
「ははは。ちょっと早く来すぎたかな。今度は遅れてくるよ」
「え?それはダメですよ」
聖司は何気なく言ったのだが、今度はという言葉に真衣香は微笑んだ。その表情は、私服という格好も相まって、学校で見るよりも可愛く見えた。
「何ですか?」
「いや、何でもない。ん?それいいな」
真衣香の付けていた髪飾りを、チョンとつついた。
「ありがとうございます」
真衣香は嬉しそうに答えた。その髪飾りは休みにしか付けない、お気に入りものだった。
「じゃあ、行くか」
「はい」
真衣香は、満面の笑顔で頷いた。
電車で移動して会場に着いた直後、聖司は真衣香を誘って良かったと、つくづく思った。
女子校で行われる新体操の試合となれば当然、女子ばかりで、男はといえば選手の父兄らしき人が数人いる程度だった。明らかに学生である聖司が、たった一人で来ていたとしたら、写真部もとい光画部と思われる前に、変質者に間違われていたかも知れない。
「ありがとう、瀬名」
「はい?」
何のことか分からなかった真衣香は、不思議そうな顔をした。あえて説明はしなかったが、聖司は心底、感謝していた。
「中に入って、撮影場所を決めるか。行くぞ」
「はい」
姫百合女学院は、新体操で全国優勝をしたこともある強豪で、私立のお嬢様学校ということもあり専用の体育館がある。
体育館へ入ると、すでに選手達は到着していて、各学校が練習していた。当然だが、新体操と言えばレオタードだ。どこを向いてもレオタード姿の選手がいる状況に、聖司は目のやり場に困った。レオタードが派手であるとか、過激であるとか、そういうものはなかったが、下を見ながら移動していた。
「広いですねぇ」
「ああ。蒼翠の体育館の三倍はあるな」
演技面は全部で二面×四面の計八面もあるので、一斉に練習しても大丈夫という、なんとも贅沢な体育館だった。撮影場所を探して移動中、クラスメートの新体操部員がいたので一言挨拶をしておいた。
「ここにしよう」
「はい。私の友達に新体操をやっている娘がいるんで聞いたことがあるんですけど、ここって部員が百人位いるみたいですよ」
「そんなにいるのか。もしかして、あれが全員、部員なのかな」
観客席の一角に、同じジャージを着た集団が陣取っていた。垂れ幕もあるので間違いないだろう。
「試合に出られるのは数名だろうに。凄いな」
「そうですねぇ」
各学校の練習風景を眺めていると、二人がいる場所の反対側に蒼翠学園高等部の一団がいた。少々遠いが、梨々菜は目立つので、すぐに見つけることが出来た。近くに行ったり叫んだりするのは恥ずかしいので、そのまま練習している姿を見ていた。
「先輩。ずっと、あっちの方を見ていますが、知っている人がいるんですか?」
「ああ」
「どの人ですか?」
「いま、リボンの練習をしているよ」
遠くを指差す。
「あの人ですか?ん〜。遠くて良く見えませんが、かなり美人ですね」
「そうかな」
と言いつつ聖司も、他の選手と比べても、かなりの美人だと思っていた。
他の選手と同じで、派手でも過激でもないレオタードなのだが、梨々菜が着ると、まったく違う雰囲気を醸し出していた。天界の者だからだろうか、一種、神々しさがあった。
周りにいる関係者の男だけでなく、女性の関係者や選手達も梨々菜に注目していた。
聖司が自分のことのように、誇らしげに見ていると、突然、さっき見た姫百合女学院の部員が騒がしくなった。
「姫百合ファイト〜」
「なんだ」
「誰か出てきましたよ」
真衣香の指差した方を見ると、格闘技の選手入場のように数人に囲まれた選手が入ってきた。
「お千代先輩〜」
「お菊さ〜ん」
部員だけでなく観客席からも歓声が上がるこの選手は、知る人ぞ知る姫百合女学院新体操部部長でエースの菊間千代という。しかも姫百合女学院理事長の孫という、生粋のお嬢様だ。
「お千代?もしかして、あれか?」
先程から目に入っていて、疑問に思っていた物があった。騒いでいる二階席の前に垂れ幕が下がっていたのだが、「蝶のように舞う!菊間千代」と書かれてあったのだ。
普通は「必勝○○高校」とか、学校単位の言葉が書かれてあるのが一般的なのに、それだけが個人名で書かれてあり、違和感があった。
もう一度よく見ると、下に「菊間千代親衛隊一同」と書かれてあった。
「あれですね。親衛隊かぁ。宝塚みたいですね」
「女が女をねぇ」
囲んでいる部員が邪魔で顔が見えなかったが、聖司の中で、ああいう扱いを受けている女なんて、どうせタカビー女に決まっているという固定観念があった。
しかし、その考えは脆くも崩れた。パイプ椅子から立ち上がったときに見えた顔は、とても傲慢そうな顔立ちではなかった。新体操ではなくて、茶道とか華道をたしなんでいそうな日本美人だったのだ。
肌が透き通るように白く、長い黒髪を束ねて見える項が色っぽい。中学生の聖司には、ピンと来ないかも知れないが、清楚で可憐な雰囲気を醸し出している。
「はあ〜。美人ですねぇ」
「そうか?」
―――俺は聖美の方が可愛いと思うな。
「と、こんなことしている場合じゃないな。準備をしないと」
バックからカメラを出して準備をしていると、開会式が始まり、前座である中学校の演技から始まった。今日の目的は蒼翠中の新体操部なのだから、集中して撮影に臨んだ。
「瀬名は、新体操の見方って分かるか?」
「さあ。全然、詳しくないです。ただ綺麗だなとか、素敵だなとか。そんな風にしか見たことないので」
「だよな」
十三メートル四方の演技面で行われる新体操は、音楽に合わせたリズミカルな動き、力強さ、スピード、手具さばきが要求される。真衣香の言うとおり美しいと思える演技が、素人目だとしても良い演技なのだろう。
聖司はファインダーの枠の中に捉えた選手を追いながら、華麗な演技に集中した。室内スポーツの撮影をするのは、技術面でなかなか難しい。しかし、それ以外の障害もあった。男である聖司がレオタード姿の女子を撮影するというのは、誰も非難するわけではないのだが、結構恥ずかしいものだ。
幸い、蒼翠中の出番が後の方だったので、徐々に慣れることが出来た。途中、真衣香からの撮影に関する質問に答えながら、順調に中学の部は終了した。高校の部は、昼を挟んで午後から行われる。
「瀬名。俺は、さっき教えた人に撮影を頼まれているから、まだいるけれど。どうする?」
「先輩がよければ、残りたいんですが」
「俺は構わないよ。じゃあ腹ごしらえしないと。どうするかな」
どこに行くか迷っていると、案内のアナウンスがあった。
「お昼にする皆様にお知らせします。今日は姫百合女学院の学食が開いております。理事長の孫でいらっしゃいます菊間千代さんのご好意で、全品無料でご提供します。体育館を出まして右のほうにございますので、よろしかったらご利用ください」
「タダか。そこでいいか?」
「はい」
二人は、学食に向かっている人波に混じって移動した。