テラーノベル
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賑やかな宴も夜遅くにひと段落し、元宮さんと空はリビングのソファで完全に2人きりの世界に入っている。洸くんも、今日一日の激しい感情の起伏に疲れ果てたのか、クッションに頭を乗せたまま、すやすやと穏やかな寝息を立てていた。「新先生、ちょっといい?」
台所で残った食器を洗っていると、弦くんが静かに隣に立って、マグカップを2つ差し出してきた。
中には、少し甘めの温かいコーヒー。
「外、ちょっと涼しいな。ベランダ出よか」
ソファの3人を横目で見送りながら、俺たちはそっとベランダへ出た。夜風が、火照った身体に心地よく吹き抜けていく。
「弦くん、さっきはほんまにありがとう。あのままやったら俺、どうしていいか分からんかった」
コーヒーを一口すすり、心からの感謝を伝える。あの時、弦くんが公園から洸くんを連れ戻してくれなければ、この幸せな夜はなかった。
「ううん。俺も結局、あの時は家に帰りたくないほんまの理由は聞き出せへんかったから。でもな、俺、洸が、新先生に会いたいって言い出した時から約束してたんよ。新先生の年齢のこともあるし、絶対お相手がおらんとは限らんやん? やから、会いたいって言うなら、それ相応の覚悟はせなあかんでって」
弦くんはいつもの優しいお兄ちゃんの笑顔で、ふふっと笑った。
「やから、さっきも『何があったかは知らんけど、覚悟して会ったんやろ? やったら逃げてても解決せえへんやん?』って言ったら、思いの外すんなり帰ってくれてさ」
「……流石お兄ちゃんやな」
「あはは、俺が一番ビックリしてん。あ、俺の言葉、意外と響くんやって」
少しおどけながら、いつもの調子で弦くんが笑う。その横顔を見ながら、俺はふと思ったことを口にした。
「……俺、わかったかも。洸くんが言った『弦は弦の中で1番好き』の意味。あれって、弦くんは他の誰とも比べようがない、唯一無二って事やったんちゃうかな?」
「……うわ、何それめっちゃ格好ええやん俺。でも、もしちゃうかったら、それはそれでめっちゃ恥ずかしいなそれ」
「まぁ、なんでもええ方に解釈しとこ?」
「ふふ、そやな」
弦くんは照れ隠しにコーヒーをゴクリと飲み干すと、ふっと真面目な、大人の男の目になって俺を見た。
「新先生はさ、洸の初恋泥棒やから。最後まで責任持って、幸せにしてあげてね?……俺の、初恋の分までさ」
少し照れたように視線を外して笑う弦くん。
……そうやんな。弦くんは自分の初恋が父親の恋人の空やったもんな。そこから逃げられへん彼にとってはほんまに苦しくてたまらんかったやろな。でも、そんな昔の淡い想いを、今の俺たちのために真っ直ぐ笑顔で言える弦くんが、俺は本当にすごいと思う。
あのボスの子供にして、これやもんな。愛おしくて、可愛らしくて、たまらなくなってしまう。
「……初恋を超える、最高の恋ができた弦くんも幸せもんやで? また、いつか奥さんになる人に会わせてな?」
「当たり前やん、未来の弟よ!」
弦くんはいつもの調子に戻って、俺に満面の笑みを向ける。
「俺さ……10年前に新先生がこの家を出て行ったとき、本当は引き止めたかったんよね。でも、子供の俺らにはどうすることもできんくて、ずっとどこかで後悔してた」
弦くんの口から溢れた、10年前の本音。彼はあの時からずっと、長男として家族を、そして俺のことも気にかけてくれてたんや。
「やから、こうしてまた、新先生が俺たちの家族になってくれて、ほんまに嬉しい。今度こそ、ほんまの家族になろうね」
ぽんと、優しく肩を叩かれる。
かつて一緒に暮らした小さな男の子は、いつの間にか、誰よりも頼もしい大人の男に成長していた。
「うん。こちらこそ、よろしくね、お兄ちゃん」
「あはは! 新先生に、お兄ちゃんって呼ばれるの、なんかむず痒いわ!」
ベランダに響く、静かな笑い声。
サッシのガラス越し、部屋の中からは、幸せそうに眠る恋人と、温かい家族の気配が確かに伝わってくる。
これからの未来、どんなことがあっても、この手だけは絶対に離さない。
夜空にきらめく星を見上げながら、俺はもう一度、右手のポケットの中にある小さな折り紙の指輪に、そっと、永遠の誓いを立てた。
◇
そして1年後。
俺たちは今、教会の厳かな光の中で、世界一幸せな笑顔の新郎新婦を見つめている。
『詩織さん。私はこの指輪を、あなたに贈ります。私の愛と、忠実の証として。』
『弦さん。私はこの指輪を、あなたに贈ります。私の愛と、忠実の証として。』
2人の指輪交換が終わるや否や、すぐ隣から「ズズッ……」と大きく鼻を啜る音が聞こえた。必死で泣き声を抑えている元宮さんの気配がする。ほんま、元宮さんらしい。いや、俺ら3人も、今必死に涙を堪えてるんやけど。
けれど、神父様から「では、誓いのキスを」の声が聞こえた途端、洸くんが「うわ」と心底嫌そうな声を出して、両手で目を隠して顔を伏せた。それがおかしくて面白くて、堪えていた涙はどこかへ引っ込んでしまった。
挙式が終わり、教会の外へ出ると、青空の下で2人に鮮やかなフラワーシャワーが舞い落ちる。爽やかで華やかで、若い2人にはぴったりの最高の結婚式だった。
「洸くん、ブーケトス強奪戦には参加せんでええの?」
空が、いつまでも名残惜しそうにしんみりしている元宮さんを笑わせようと、わざとからかうように言った。
けれど、それが余計に響いてしまったらしく、「そうか……次は洸か……」と元宮さんが再び深い寂しいモードに入ってしまい、慌てて全員で慰める羽目になる。
そんな賑やかな声と、ブーケトスに沸くゲストの歓声が最高潮に達した、その時だった。
「……あらたせんせ、俺と結婚してくれる?」
「……え!? 今!?」
目の前で華やかにブーケが舞う中、隣にいた洸くんが、ぽつりと独り言のように呟いた。あまりに不意打ちで、聞き間違いかと思って思わず勢いよく聞き返す。
「ふふっ。だって、今めっちゃ幸せやなって思ったからさ。弦に幸せ、お裾分けしてもらおかなって」
悪戯っぽく、でもどこか愛おしそうに、洸くんがこちらを見つめて笑っている。そんな、子供みたいに無邪気で、真っ直ぐな目で言われてしまったら、敵うわけがない。
「……もちろん。こちらこそ、よろしくお願いします」
胸がいっぱいになりながら、照れ隠しに小さく返事をする。
華やかな歓声に包まれる世界の一角で、俺たちは誰にも見つからないように、そっと、強く、お互いの手を握りしめ合った。
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