テラーノベル
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すっかり日が暮れた渋谷の夜は、まだざわざわと熱を残していた。
打ち上げの誘いも断って、寿司子とリコは駅へ向かって歩いていく。
街灯の明かりが、ふたりの影を長く伸ばしている。
「なぁ…さっきの話、ウチはええと思うで」
リコが前を向いたまま言った。
「“春の✩湯煎式”のモノマネ。面白くできるやろ? うちらがやったら絶対ウケると思う」
「……私は、笑われるのはいいけど、バカにされるのはイヤなの」
少し後ろを歩く寿司子の声は小さいが、はっきりしていた。
リコは立ち止まり、振り向いた。
「誰もバカになんかせぇへんて!地上波出たら、それだけで見てくれる人増えるやん!」
「リコは、そうやって何でも“チャンス”って言うけど…」
寿司子は口を噤んだ。
代わりに、夜風が二人の間を抜けた。
「……じゃあ、どうしたいん?」
リコの声が少し低くなる。
「ずっと地下ライブで、寿司のネタだけやってやってくん? アンタの夢、それでええんか?」
寿司子は、しばらく黙っていた。
通り過ぎる車のライトが頬を照らす。
「……私は、“お笑い”で見てもらいたいの…コスプレでも、口パクでもなくて」
その一言に、リコの眉が動いた。
「ほんならウチはなんなん!? 売れようと必死にやってるウチはニセモンか!?ちゃう!?」
「そ、そういう意味じゃない…」
「ほんならどういう意味やねん!」
寿司子はビクッと身をすくめる。そして言葉を探したが見つからない。
胸の奥で、何かがぐっと詰まる。
「……もうええわ。ウチ、明日猫田さんと相談する」
「リコ…」
「ウチはやるで。このチャンス、逃したら一生ない気がする」
寿司子は何も言えなかった。
リコは笑顔を作ったが、その目はどこか寂しげで遠かった。
「ほな、今日はこのへんで」
リコが手を軽く振り、スクランブル交差点の向こう側へ歩いていく。
来る時は迷いに迷った街だが、帰り道はあっさりと駅前にたどり着いた。
寿司子は立ち尽くしたまま、青信号の点滅を見つめていた。
赤に変わる瞬間、リコが人波に消えた。自然に涙がこぼれ、もう見えないリコの背中に手を差し伸ばす。
寿司子の胸の奥で、何かが静かに沈んだ。
続く
コメント
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