テラーノベル
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渋谷での初舞台から一夜明けた翌日。
初冬の冷たい風が、浅草の街を吹き抜けていた。
稽古前の午前中。
リコは宇津久芸能事務所の会議室に座っている。
机の上には、すっかり冷めた缶コーヒー。
向かいには、宇津久芸能の若手担当マネージャー・猫田美咲。
二人とも、浮かべている表情は重い。
「……単刀直入に言うわね。今回のオファー、リコ単独は難しい」
猫田は番組の企画書をめくりながら、淡々と言った。
「番組側が興味を持ってるのは、“春の✩湯煎式のセンターに似てる寿司子”。求められてるのは、正直あの顔だけよ」
リコは唇を噛みしめた。
「……わかってます。でも、ウチにもできること、あるはずです。雛壇でガヤとか、前説とか……」
「それ、リコじゃなくてもいいでしょ?」
猫田の言葉は静かだが、容赦がなかった。
「それで出演できるかって言われたら……正直、厳しいわ」
リコの声が、かすかに震える。
「……ウチ、チャンスが欲しいんです。どんな形でもええ。
テレビで名前が出たら、そこから広げられる。
大阪におった頃から、そんなんばっか考えてきて……もう……」
猫田は小さく息を吐いた。
「……リコ。頑張ってるのは、ちゃんと伝わってる。
でもね、いまのままだと……コンビごと沈むわよ」
リコは顔を上げた。
目の縁に、涙が滲んでいる。
「……解散した方がええ、ってことですか?」
猫田は、ほんの一瞬だけ視線を逸らした。
「そう言いたくはない。
でも、あなた達、まだ組んで間もないコンビでしょ。
考え方が合わないなら……選択肢として、頭に入れておくべきよ」
沈黙が落ちる。
会議室には、壁時計の秒針の音だけが響いていた。
やがて、リコが嗚咽をこらえきれず、呟く。
「……ぐすっ……
ほんまは……寿司子と一緒に売れたい……
ウチ、ずっとそう思ってました。
ウチらなら、できるって……」
リコはしゃくり上げながら、心の底から絞り出すように呟いた。
「このままやと……しんどいかもしれへん」
猫田はしばらく黙り、そっとティッシュを差し出す。
そして、わずかに開いた会議室の扉へ視線を向けた。
その向こうで、寿司子がしゃがみ込んでいた。
ぽたり、と床に涙が落ちる。
寿司子は袖で目元を拭い、静かに立ち上がる。
その足取りは、不思議なほど迷いがなかった。
──ネタ、書かなくちゃ
──イナリズシの……私たちの、アイドルコントを
寿司子は、何も言わずに事務所を後にする。
「……あんた達、ほんと面倒くさいコンビだけど」
猫田は、缶に残った一口分のコーヒーを飲み干した。
「……嫌いじゃないわ」
空になった缶の陰で、彼女はほんの少しだけ微笑んだ。
――続く
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