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終わったはずだった。
あの場所にも、もう行かないと決めた。
なのに——
気づけば、足が向いていた。
理由なんて、考えるまでもなかった。
ただ、限界だった。
桃に会えなくて——
会わないままなんて、無理だった。
ビルの扉を押し開けた瞬間、
心臓がうるさく鳴った。
いるわけない。
だって、終わりにしたんだから。
そう思っていたのに。
「……なんで来てんだよ」
そこには、桃がいた。
同じことを考えていたみたいに、
少しだけ驚いた顔をしていた。
その瞬間、全部が崩れた。
「そっちこそ」
強がる余裕なんて、もうなかった。
沈黙が落ちる。
でも、不思議と前みたいな気まずさはなかった。
ただ——安心した。
ここに来れば、やっぱりいるんだって。
「……やめた意味、なかったな」
紫が呟くと、桃は小さく笑った。
「そうだな」
否定しないんだ、って思った。
普通なら、止めるところだろ。
でも、桃も同じだった。
離れられなかった。
「……どうする」
桃が聞く。
分かってるくせに、聞くなよ。
「どうもしないだろ」
紫はそう言って、壁にもたれた。
「今まで通りでいい」
それが一番楽で、
一番だめな選択だって、分かっていた。
桃は少しだけ黙ってから、
「……ああ」
とだけ答えた。
その声が、前より少しだけ柔らかくて。
それだけで、安心してしまう。
また、戻ってしまった。
終わらせたはずなのに。
でも今は、それでよかった。
正しいかどうかなんて、どうでもよくて。
ただ——
ここにいられることが、すべてだった。
それから、前よりも頻繁に会うようになった。
“たまたま”なんて言い訳は、もうしなくなっていた。
来るのが当たり前で、
会うのが前提で。
少しでも時間が空くと、落ち着かなかった。
「今日、遅かったな」
桃の何気ない一言に、
胸の奥がざわつく。
責められているわけじゃないのに。
でも——
ちゃんと見てるんだ、って思ってしまう。
「……別に、用事あっただけ」
そう返すと、桃は少しだけ黙った。
その沈黙が、やけに重かった。
「そっか」
それだけなのに。
突き放された気がして、
無性に苛立った。
「なんだよ、その言い方」
気づけば、声が強くなっていた。
桃は驚いたように目を見開いたあと、
少しだけ眉を寄せた。
「いや、別に——」
「興味ないなら聞くなよ」
言い過ぎだって、分かっていた。
でも止まらなかった。
不安だった。
離れていく気がして。
自分だけ、置いていかれる気がして。
桃はしばらく何も言わなかった。
そのあと、ぽつりと。
「……悪かった」
そう言った。
その一言で、今度は逆に胸が締めつけられる。
違う、そうじゃない。
謝ってほしかったわけじゃない。
「……別に、怒ってねぇし」
完全に、嘘だった。
でも——
「……分かってる」
小さく返ってくる。
責めるでもなく、
突き放すでもなく。
ただ、受け止めるみたいに。
それが、余計に苦しくて。
「……ちゃんと来いよ」
気づけば、そんなことを言っていた。
自分でも引くくらいの言葉だった。
でも、止められなかった。
来てほしかった。
「……行ける時は行く」
桃の返事は変わらない。
でも——
ほんの少しだけ、近づいていた。
距離が。
「はっきりしろよ」
また、強く言ってしまう。
でもその声は、さっきより弱かった。
「毎回ちゃんと来るって言えよ」
ほとんど、お願いだった。
縋るみたいに。
桃はしばらく黙っていた。
その沈黙が、やけに長く感じた。
やがて、小さく息を吐いて。
「……無理だろ」
その一言で、頭が真っ白になった。
「なんで」
すぐに出た言葉。
責めるように。
でも、本当は——怖くて。
桃は目を逸らしたまま、
「お前、それ——」
言いかけて、やめた。
代わりに、ゆっくりと言った。
「前より、ひどくなってるぞ」
その言葉が、突き刺さる。
分かってる。
そんなこと、言われなくても。
でも——
止められないんだよ。
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