テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
1,112
1,100
「前より、ひどくなってるぞ」
その言葉が、頭の中で何度も繰り返された。
分かってる。
そんなの、とっくに。
「……じゃあ、どうすればいいんだよ」
絞り出すみたいに言う。
正解なんてないくせに、
こいつなら何かある気がして。
でも——
「知らねぇよ」
返ってきたのは、それだけだった。
「は……?」
思わず、笑いそうになる。
「知らねぇって、なんだよそれ」
ここまできて、それかよ。
「俺だって余裕ねぇんだよ」
桃の声が、少しだけ強くなる。
「お前の全部、受け止められるほど——」
そこで言葉が途切れた。
でも、分かってしまった。
「……ああ、そう」
それ以上、聞きたくなかった。
「結局それかよ」
胸の奥が、じわっと冷えていく。
「勝手に期待して、勝手に依存して」
止まらなかった。
でも本当は——
「最初から……関わんなきゃよかった」
言った瞬間、空気が止まる。
少しの沈黙のあと、
「……そうかもな」
桃は静かに答えた。
その声が、妙に優しくて。
余計にきつかった。
「じゃあな」
短く言って、背を向ける。
引き止められなかった。
足音が遠ざかっていく。
——終わった。
今度こそ。
なのに。
「……くそ」
視界が滲む。
終わらせたはずなのに。
さっきまで隣にいた温度が、
まだ残ってるみたいで。
なんでこんなに——苦しいんだよ。
⸻
「来ると思った」
その一言で、何かがズレた。
安心じゃなかった。
むしろ——苛立ちに近い感情が、先にきた。
「……なんでいんだよ」
自分でも驚くくらい、声が強かった。
桃は少しだけ目を細める。
「そっちが来たんだろ」
「そういうことじゃねぇだろ」
間髪入れずに返す。
止める余裕なんてなかった。
「終わったんじゃなかったのかよ」
空気が一気に張り詰める。
桃は何も言わない。
その沈黙が、余計に腹立たしい。
「……なんで普通にいんだよ」
「来るなって言われてねぇし」
その一言で、完全に切れた。
「は?」
笑いが漏れる。
乾いた、どうしようもないやつ。
「じゃあ何、また同じこと繰り返すのかよ」
桃は少しだけ視線を逸らした。
それが答えみたいで。
余計にイラつく。
「……それが嫌なら来るなよ」
突き放すみたいな声。
一瞬、呼吸が止まる。
ああ、やっぱりそうかよ。
「……っ、そういうとこだろ」
気づけば、距離を詰めていた。
「全部、俺に投げて」
「お前が勝手に——」
「勝手じゃねぇだろ!」
被せるように叫ぶ。
声が響く。
こんなに大きい声、出したの久しぶりだった。
「お前も同じだったくせに」
言い切った瞬間、空気が固まる
桃の表情が、わずかに変わる。
初めて見た顔だった。
「……同じにすんな」
低い声。
今までで一番冷たい。
「俺は、お前みたいに——」
そこで言葉が止まる。
でも、もう遅い。
「……みたいに、なんだよ」
一歩、踏み込む。
逃げ場なんて、与えないみたいに。
桃は少しだけ目を逸らしてから、
「……依存してねぇよ」
そう言った。
⸻
その瞬間、全部が崩れた。
⸻
「……は?」
声が、うまく出ない。
「じゃあ何だよこれ」
笑えてくる。
「ここ来てんのも、話してたのも、全部——なんだよ」
桃は何も言わない。
否定しない。
肯定もしない。
それが答えみたいで。
「……俺だけかよ」
ぽつりとこぼれる。
思ってた以上に、重い言葉だった。
桃の眉が、わずかに動く。
でも——それだけだった。
⸻
ああ、そっか。
⸻
「……ばかみたいだな」
力が抜ける。
さっきまでの熱が、一気に冷めていく。
「勝手に縋って」
「勝手に壊れて」
「勝手に期待して」
一つ一つ、言葉にするたびに、
自分がどれだけ滑稽だったか分かる。
「……ほんと、最悪だわ」
笑いながら、後ずさる。
距離が、また開く。
でも今度は——前とは違う意味で。
「……もういい」
それだけ言った。
さっきみたいな強さは、もうなかった。
ただの諦めだった。
⸻
今度こそ、終わった気がした。
⸻
でも。
足は、まだ止まっていた。
-桃視点-
⸻
「……依存してねぇよ」
その言葉のあと、沈黙が落ちた。
紫は何も言わない。
ただ、少しずつ距離を取ろうとしている。
それを見て——
紫の中で、何かが切れた。
「……逃げんなよ」
気づけば、そう言っていた。
自分でも驚くくらい、声が荒い。
紫の足が止まる。
「お前さっきまで散々言ってたくせに」
一歩、踏み出す。
「勝手に終わらせて、勝手に納得して」
言葉が止まらない。
「それで終わりとか、都合よすぎだろ」
紫は振り返らない。
でも、聞いているのは分かった。
「……俺だってな」
そこで、少しだけ声が詰まる。
言うつもりなかった。
言ったら、終わると思ってたから。
でも——
もう止まらなかった。
「余裕ねぇんだよ」
絞り出すみたいに言う。
「お前のこと考える余裕なんて、最初からなかった」
最低な言い方だって、分かってる。
でも、それでも続けた。
「それでも来てたのは——」
言葉が詰まる。
一瞬、迷う。
ここでやめれば、まだ引き返せる。
でも。
「……一人になるのが、怖ぇからだよ」
空気が、止まった。
紫の肩が、わずかに揺れる。
「お前がいたから楽だった」
「話してる間だけ、全部どうでもよくなった」
「だから来てただけだ」
そこまで言って——
自分で、自分の言葉に刺さる。
ひどいこと言ってるって分かる。
全部、自分勝手だって分かる。
それでも——
「依存してねぇわけねぇだろ」
小さく、吐き出す。
さっきの言葉を、自分で否定するみたいに。
「してるに決まってんだろ」
静かに続ける。
「でも——」
そこで、視線を逸らした。
「それ認めたら、終わりだろ」
正直すぎる言葉だった。
「お前に縋ってるって分かったら」
「もう、自分で立てなくなる気がした」
⸻
沈黙。
長い、長い沈黙。
⸻
「……だから、突き放した」
最後に、そう言った。
「お前のためとかじゃねぇ」
「ただ、自分が壊れたくなかっただけだ」
⸻
やっと、全部出た。
隠してたものも、誤魔化してたものも。
全部。
⸻
「……最悪だろ」
苦笑が漏れる。
言いながら、自分でも思う。
どうしようもない。
ほんとに。
⸻
それでも。
⸻
「……それでも来たのは」
少しだけ顔を上げる。
紫の背中を見る。
⸻
「お前がいると思ったからだよ」
沈黙が落ちる。
さっきまでとは違う、重さのある静けさ。
紫はゆっくり振り返る。
その顔は、少しだけ歪んでいた。
「……ずるいだろ」
小さく呟く。
「そんなこと言われたら」
怒ることも、離れることもできない。
分かってるのに。
「……俺も同じだよ」
ぽつりと、零す。
桃の目が、わずかに揺れる。
「一人になるの、無理だ」
正直すぎる言葉だった。
隠すのを、やめたみたいに。
⸻
また、沈黙。
でも今度は——
少しだけ、息がしやすかった。
⸻
「……どうする」
桃が聞く。
前と同じ質問。
でも意味は、全然違う。
紫は少しだけ考えてから、
「……全部はやめねぇ」
と答えた。
「でも、前みたいにはしない」
曖昧な言葉。
でも、それでよかった。
完璧じゃなくていい。
ちゃんとした形じゃなくていい。
⸻
「……来たい時に来る」
「来れない日は来ない」
「それでいいだろ」
自分に言い聞かせるみたいに言う。
桃は少しだけ黙ってから、
「……ああ」
と頷いた。
⸻
それが、どこまで守れるのかなんて分からない。
きっと、また崩れる。
また同じことを繰り返すかもしれない。
それでも——
⸻
あの頃みたいに、何も分からないままじゃない。
⸻
少しだけ、距離をあけて立つ。
でも、帰ろうとはしなかった。
⸻
「……まだいるのか」
「そっちは」
「……少しだけ」
⸻
その距離は、前より遠い。
でも——
完全に離れてはいなかった。
⸻
あの場所に行けば、
お前がいる。
⸻
まだ——なんとかやっていける気がした。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!