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4
「前より、ひどくなってるぞ」
その言葉が、頭の中で何度も繰り返された。
分かってる。
そんなの、とっくに。
「……じゃあ、どうすればいいんだよ」
絞り出すみたいに言う。
正解なんてないくせに、
こいつなら何かある気がして。
でも——
「知らねぇよ」
返ってきたのは、それだけだった。
「は……?」
思わず、笑いそうになる。
「知らねぇって、なんだよそれ」
ここまできて、それかよ。
「俺だって余裕ねぇんだよ」
桃の声が、少しだけ強くなる。
「お前の全部、受け止められるほど——」
そこで言葉が途切れた。
でも、分かってしまった。
「……ああ、そう」
それ以上、聞きたくなかった。
「結局それかよ」
胸の奥が、じわっと冷えていく。
「勝手に期待して、勝手に依存して」
止まらなかった。
でも本当は——
「最初から……関わんなきゃよかった」
言った瞬間、空気が止まる。
少しの沈黙のあと、
「……そうかもな」
桃は静かに答えた。
その声が、妙に優しくて。
余計にきつかった。
「じゃあな」
短く言って、背を向ける。
引き止められなかった。
足音が遠ざかっていく。
——終わった。
今度こそ。
なのに。
「……くそ」
視界が滲む。
終わらせたはずなのに。
さっきまで隣にいた温度が、
まだ残ってるみたいで。
なんでこんなに——苦しいんだよ。
⸻
「来ると思った」
その一言で、何かがズレた。
安心じゃなかった。
むしろ——苛立ちに近い感情が、先にきた。
「……なんでいんだよ」
自分でも驚くくらい、声が強かった。
桃は少しだけ目を細める。
「そっちが来たんだろ」
「そういうことじゃねぇだろ」
間髪入れずに返す。
止める余裕なんてなかった。
「終わったんじゃなかったのかよ」
空気が一気に張り詰める。
桃は何も言わない。
その沈黙が、余計に腹立たしい。
「……なんで普通にいんだよ」
「来るなって言われてねぇし」
その一言で、完全に切れた。
「は?」
笑いが漏れる。
乾いた、どうしようもないやつ。
「じゃあ何、また同じこと繰り返すのかよ」
桃は少しだけ視線を逸らした。
それが答えみたいで。
余計にイラつく。
「……それが嫌なら来るなよ」
突き放すみたいな声。
一瞬、呼吸が止まる。
ああ、やっぱりそうかよ。
「……っ、そういうとこだろ」
気づけば、距離を詰めていた。
「全部、俺に投げて」
「お前が勝手に——」
「勝手じゃねぇだろ!」
被せるように叫ぶ。
声が響く。
こんなに大きい声、出したの久しぶりだった。
「お前も同じだったくせに」
言い切った瞬間、空気が固まる
桃の表情が、わずかに変わる。
初めて見た顔だった。
「……同じにすんな」
低い声。
今までで一番冷たい。
「俺は、お前みたいに——」
そこで言葉が止まる。
でも、もう遅い。
「……みたいに、なんだよ」
一歩、踏み込む。
逃げ場なんて、与えないみたいに。
桃は少しだけ目を逸らしてから、
「……依存してねぇよ」
そう言った。
⸻
その瞬間、全部が崩れた。
⸻
「……は?」
声が、うまく出ない。
「じゃあ何だよこれ」
笑えてくる。
「ここ来てんのも、話してたのも、全部——なんだよ」
桃は何も言わない。
否定しない。
肯定もしない。
それが答えみたいで。
「……俺だけかよ」
ぽつりとこぼれる。
思ってた以上に、重い言葉だった。
桃の眉が、わずかに動く。
でも——それだけだった。
⸻
ああ、そっか。
⸻
「……ばかみたいだな」
力が抜ける。
さっきまでの熱が、一気に冷めていく。
「勝手に縋って」
「勝手に壊れて」
「勝手に期待して」
一つ一つ、言葉にするたびに、
自分がどれだけ滑稽だったか分かる。
「……ほんと、最悪だわ」
笑いながら、後ずさる。
距離が、また開く。
でも今度は——前とは違う意味で。
「……もういい」
それだけ言った。
さっきみたいな強さは、もうなかった。
ただの諦めだった。
⸻
今度こそ、終わった気がした。
⸻
でも。
足は、まだ止まっていた。
-桃視点-
⸻
「……依存してねぇよ」
その言葉のあと、沈黙が落ちた。
紫は何も言わない。
ただ、少しずつ距離を取ろうとしている。
それを見て——
紫の中で、何かが切れた。
「……逃げんなよ」
気づけば、そう言っていた。
自分でも驚くくらい、声が荒い。
紫の足が止まる。
「お前さっきまで散々言ってたくせに」
一歩、踏み出す。
「勝手に終わらせて、勝手に納得して」
言葉が止まらない。
「それで終わりとか、都合よすぎだろ」
紫は振り返らない。
でも、聞いているのは分かった。
「……俺だってな」
そこで、少しだけ声が詰まる。
言うつもりなかった。
言ったら、終わると思ってたから。
でも——
もう止まらなかった。
「余裕ねぇんだよ」
絞り出すみたいに言う。
「お前のこと考える余裕なんて、最初からなかった」
最低な言い方だって、分かってる。
でも、それでも続けた。
「それでも来てたのは——」
言葉が詰まる。
一瞬、迷う。
ここでやめれば、まだ引き返せる。
でも。
「……一人になるのが、怖ぇからだよ」
空気が、止まった。
紫の肩が、わずかに揺れる。
「お前がいたから楽だった」
「話してる間だけ、全部どうでもよくなった」
「だから来てただけだ」
そこまで言って——
自分で、自分の言葉に刺さる。
ひどいこと言ってるって分かる。
全部、自分勝手だって分かる。
それでも——
「依存してねぇわけねぇだろ」
小さく、吐き出す。
さっきの言葉を、自分で否定するみたいに。
「してるに決まってんだろ」
静かに続ける。
「でも——」
そこで、視線を逸らした。
「それ認めたら、終わりだろ」
正直すぎる言葉だった。
「お前に縋ってるって分かったら」
「もう、自分で立てなくなる気がした」
⸻
沈黙。
長い、長い沈黙。
⸻
「……だから、突き放した」
最後に、そう言った。
「お前のためとかじゃねぇ」
「ただ、自分が壊れたくなかっただけだ」
⸻
やっと、全部出た。
隠してたものも、誤魔化してたものも。
全部。
⸻
「……最悪だろ」
苦笑が漏れる。
言いながら、自分でも思う。
どうしようもない。
ほんとに。
⸻
それでも。
⸻
「……それでも来たのは」
少しだけ顔を上げる。
紫の背中を見る。
⸻
「お前がいると思ったからだよ」
沈黙が落ちる。
さっきまでとは違う、重さのある静けさ。
紫はゆっくり振り返る。
その顔は、少しだけ歪んでいた。
「……ずるいだろ」
小さく呟く。
「そんなこと言われたら」
怒ることも、離れることもできない。
分かってるのに。
「……俺も同じだよ」
ぽつりと、零す。
桃の目が、わずかに揺れる。
「一人になるの、無理だ」
正直すぎる言葉だった。
隠すのを、やめたみたいに。
⸻
また、沈黙。
でも今度は——
少しだけ、息がしやすかった。
⸻
「……どうする」
桃が聞く。
前と同じ質問。
でも意味は、全然違う。
紫は少しだけ考えてから、
「……全部はやめねぇ」
と答えた。
「でも、前みたいにはしない」
曖昧な言葉。
でも、それでよかった。
完璧じゃなくていい。
ちゃんとした形じゃなくていい。
⸻
「……来たい時に来る」
「来れない日は来ない」
「それでいいだろ」
自分に言い聞かせるみたいに言う。
桃は少しだけ黙ってから、
「……ああ」
と頷いた。
⸻
それが、どこまで守れるのかなんて分からない。
きっと、また崩れる。
また同じことを繰り返すかもしれない。
それでも——
⸻
あの頃みたいに、何も分からないままじゃない。
⸻
少しだけ、距離をあけて立つ。
でも、帰ろうとはしなかった。
⸻
「……まだいるのか」
「そっちは」
「……少しだけ」
⸻
その距離は、前より遠い。
でも——
完全に離れてはいなかった。
⸻
あの場所に行けば、
お前がいる。
⸻
まだ——なんとかやっていける気がした。
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