俺とテオは小さな港町・コベリに到着。
水産加工所オーナーのマルガへ掛け合った結果、今回の目的地のニルルク村がある大陸まで、彼女が持つ小型漁船で送ってもらえることになった。
船舶案内所の窓口での正式な漁船チャーター契約、漁船の出港準備等を迅速に済ませた俺達3人は、1時間後にはコベリの港を出発したのだった。
見渡す限り波は静かで、まだまだ日も高い。
澄み切った青空には、ちぎれたような薄い白雲がところどころ浮かぶ。
そんな穏やかな海峡を、小さな帆船が順調に進んでいく。
船首近くに1人陣取るテオは、心地よい風を顔で受けて満足そうな表情だ。
船尾のほうではマルガが舵を取りつつ、船に備え付けた『帆船航行用魔導具』の使い方を俺へと指導してくれている。
帆船航行用魔導具には【風魔術】を閉じ込めてあって、魔力を籠めることで、船の帆へと風を送る仕組みだ。
帆船が一般的なこの世界においてほぼ全ての船に備え付けてあり、これのおかげで安定した航海が可能になっていると言っても過言ではないだろう。
なお帆船航行用魔導具には、製作を手掛ける工房職人により様々な型式が存在。
大まかには作られた年代、船の大きさや用途、使用魔石の等級によって分類され、タイプ毎に使い勝手も変わってくる。
そして俺達が乗る年代物の漁船は、全長十数mと小型であり、本来であれば舵も魔導具もマルガ1人だけで操作可能なコンパクトめの設計となっている。
だが出航前、興味深げに航行用魔導具を観察する俺を見たマルガが、「今日は波も穏やかみたいだし……良かったら試してみるかい?」と声をかけてきたのだ。
建物の明かりをはじめとする生活用魔導具が庶民にも広く普及していることもあって、この世界に来てから様々な魔導具を使ってきた俺ではあるが――
普通の生活魔導具と違い、規定量の魔力をただ流し込めばよいわけではない。
マルガによれば、航行中は常に風や波等の状況を敏感に読み取り、それに合わせ随時細かく調整を加えなければならないため、帆船航行用魔導具の操作には熟練の技術や経験が必要となってくるのだという。
「……これぐらいですか?」
「まだちょいと足んねぇなぁ」
「……魔力足しました、どうでしょう?」
「んー……ま、そんなもんか……しばらくそのままキープだよ」
「分かりました!」
ひたすらマルガに言われたとおり、俺は魔力を籠めるタイミングや流し込む魔力量を調整していくものの、なかなか感覚が掴めない。
俺個人としては全く状況の変化を感じていない時でも、マルガからは「風が変わった」などと魔力調整の指示を受ける。
これでOKだろうと思った調整でも、ほぼ確実にダメ出しを食らってしまう。
熟練の船乗りであるマルガから技術を盗もうと、俺は必死に彼女の動きを観察してもみるのだが、何が何だかさっぱり分からず……糸口すら掴める気配もないまま、海峡を渡る航海は1時間ほどで終了してしまった。
なお、ゲームにも帆船航行用魔導具は一応出てくる。
といっても、そもそも天候を気にするという概念が無く、馬車だろうが自動車だろうが船だろうが、どんな乗り物でもボタン1つで何となく運転・操作が可能だった。
予想だにしていなかった事実を知った俺。
今後の計画をちょっと見直さなきゃいけないかもと密かに痛感しつつ、これまた早い段階で分かってよかったと胸をなでおろすのだった。
俺達が乗る船が到着したのは、対岸の街の港。
港周辺にはコベリの街と同じように石造りの建物がそこそこ並んではいる。
だが船から見える範囲に人の気配はほとんどなく、コベリ以上に寂れてしまっているようだ。
マルガによれば、ここもコベリ同様いわゆる『港町――港を中心として発達した町――』で、かつては大陸を渡る旅人相手の商売で栄えていたものの、魔物の動きが活発になったせいで急速に街の過疎化が進んでいるらしい。
俺とテオを陸へ降ろしてすぐ、1人船に残ったマルガが口を開く。
「……じゃアタイ、このままコベリに帰るよ」
「マルガ、ありがとねー」
笑顔で礼を言うテオ。
明るめの声で「ああ」と軽く受けるマルガ。
続けて俺も感謝の言葉を述べる。
「ありがとうございました。帆船航行用魔導具の操作させてもらえたの、すごく良い経験になりました!」
「そうかい。初めて航行用魔導具を触ってみた感想は?」
「難しかったです……とにかくマルガさんに教えてもらった通り調整しようと頑張ってたら、何が何だか分からないうちに、あっという間に海峡を渡り終えてたような感じでして――」
「そりゃそうだろ! 生まれた頃から船に乗ってたアタイだって、自信もって操れるようになるまでにゃ、修行に5年はかかってんだ。たった1時間ぽっちで分かってたまるかっての!」
「で、ですよねー。ははは……」
俺が愛想笑いでごまかそうとしたところ、マルガの顔が少し真剣になった。
「……まぁでも……タクトの魔導具操作、初めてにしちゃなかなか悪くなかったよ」
「本当ですか」
「お世辞は嫌いな性分でね。だいたいよぉ、見込みねぇと思う奴に、アタイの大事な船の設備を1時間も触らせっぱなしにするわきゃねぇだろ?」
「ありがとうございます!」
いきなりの提案にポカンとする俺。
マルガは照れくさそうに「“もし”って言ってんだろ!」と笑ってから、船を桟橋に止めている縄をほどき始めた。
「……じゃあ、アタイはそろそろ行くよ。またコベリで船に乗りたくなったら相談しな、アンタらなら喜んで乗せてってやるからさ」
「ぜひ!」
「またよろしくねー」
「まぁとにかく元気でやんな。この大陸の魔物が凶暴だってのはほんとだからよぉ……うっかりやられるなんて間抜けな真似、すんじゃねぇぞ!」
そう言うやいなや、帆船航行用魔導具に「よっ!」と魔力を籠めるマルガ。
魔石がほんのり緑に光ったかと思うと、風が起こって帆がふくらみ、ゆっくりと小型帆船が動き出す。
マルガは「じゃあな!」と言い残し、再び海峡へと船を走らせていった。
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