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当麻月菜
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鷹槻れん

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宇津Q
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『第十二話 引かれた境界線』
──8月。夕方。
「おっ、いらっしゃい」
ドアを開けた悠真が笑う。
「お邪魔します」
千夏もいつものように頭を下げる。
部屋の中は涼しく、エアコンの風が火照った身体を優しく包んだ。
窓辺ではピスカが丸くなって眠っている。
「ちょうどよかった」
悠真はキッチンから大きなスイカを抱えてきた。
「実家から送られてきたんだ」
「わぁ……!」
「一人じゃ食べきれなくてさ」
慣れた手つきで包丁を入れる。
真っ赤な果肉が現れた。
「甘そう」
「今年の出来はいいらしい」
二人は向かい合って座り、半月型に切ったスイカに豪快にかぶりつく。
「甘っ!」
「でしょ?」
爽やかな果汁が口いっぱいに広がる。
「やっぱ夏はスイカだな」
悠真は笑いながら、口元についた果汁を手の甲でさっと拭った。
千夏はその仕草を見つめる。
……あれ?
粗野で、少し行儀の悪い。
いかにも、ありふれた男の仕草。
しかし、千夏の、胸が少しだけざわついた。
……どうしてだろう。
『お兄様も男の人なんだ』
その言葉が胸の奥から浮かび上がる。
『よからぬ関係』
違う!
千夏は慌てて首を振った。
何考えてるの……私。
頭を振り、誤魔化すように大きくスイカへかぶりつく。
冷たい果汁が頭をはっきりさせる。
落ち着け、私。
「いい食べっぷりだな」
悠真が笑う。
「……頭冷やしてるんです」
「え?」
「……何でもありません」
食べ終えると、悠真がティッシュ箱へ手を伸ばした。
「はい、手がベトベトだぞ」
「……ありがとうございます」
同じタイミングで千夏も手を伸ばす。
──その瞬間。
「にゃっ!」
ピスカが勢いよくテーブルへ飛び乗った。
ティッシュ箱が手から落ちる。
二人の指先が、ほんの一瞬だけ触れた。
「!」
千夏は反射的に手を引っ込めた。
鼓動が速い。
顔が熱い。
「ご、ごめんなさい!」
勢いよく立ち上がる。
「え?」
「わ、私、帰ります!」
「千夏ちゃん?」
靴もきちんと履かないまま飛び出した。
ぱたんとドアが閉まる。
──静寂。
悠真は呆然と立ち尽くした。
「……何だったんだ?」
足元ではピスカが、何事もなかったようにティッシュ箱で遊んでいた。
──翌朝。
会社へ向かおうとアパートを出る。
階段を下りたところで、アパートの大家さんが植木へ水をやっていた。
「あ、おはようございます」
「おはよう、佐藤さん」
大家さんは穏やかな老婦人で、悠真が入居した頃から色々と親切にしてくれる。
「佐藤さん、少しいい?」
大家さんはジョウロを置く。
少しだけ声の調子が変わった。
「向かいの千夏ちゃん、最近良く来てるね」
「……はい」
大家さんは、このアパートを長年切り盛りしている。
向かいに住む千夏のことも、小さい頃から知っていた。
「ご近所付き合いで仲がいいのは悪いことじゃないのよ」
一拍置く。
「でもね世の中には事情を知らないで、勝手に憶測で物言う人もいるの」
大家さんの口調は穏やかだ。
決して責めているわけではない。
悠真は黙って聞く。
「佐藤さんは、ちゃんとした方だから心配してないけどね」
「……」
「だけど噂っていうのは、本当かどうかじゃなく見た目で広がるものだから」
その言葉が胸に突き刺さる。
「ごめんなさい。おせっかいかしら?」
「いえ、ありがとうございます」
頭を下げる。
……このままでいいのかな
そんな考えが悠真の頭を回っていた。
──夕方。
千夏は深呼吸をしてインターホンを押した。
昨日は失礼だった。
ちゃんと謝ろう。
「はい」
ドアが開く。
「こんばんは」
「ああ、いらっしゃい」
悠真はいつものように迎え入れる。
しかし、どことなくいつもの笑顔ではない。
ドアは開け放したままだった。
「お兄様、鍵はかけないんですか?」
「ん?あ、ああ……換気しないと湿気がひどくてさ」
部屋へ入る。
「ジュースでいい?」
いつもはコーヒーなのに。
冷えたオレンジジュースが置かれる。
「今日はコーヒーじゃないんですか?」
「うん……カフェインの摂りすぎはよくないだろ?」
沈黙。
どこかぎこちない。
「そうだ」
悠真が思い出したように言う。
「夏休みの勉強なんだけど、うちじゃなくて図書館とかでやったらどう?」
「え?」
「ほら、うちだとピスカとか居て気が散るからさ」
千夏は俯く。
『好きな時においで』
昨日まで、そう言ってくれていた人が今日は違う。
「……そうですね」
千夏は笑顔を作る。
悠真はどこか安心したように笑う。
その笑顔が、胸に痛かった。
──
悠真の部屋を出る。
夏の夕方は、まだ明るい。
帰る気になれず駅前を歩く。
──嫌われちゃったのかな。
理由は昨日のことだろうか。
でも、優しかった距離が、少しだけ遠くなった気がした。
「……あら?」
花の香りと一緒に声がした。
振り向く。
目の前には駅前の生花店。
その店先で花束を抱えた女性が優しく微笑んでいた。
「千夏ちゃん……だったかしら?」
「……花村さん」
以前、悠真の部屋で鉢合わせして以来、ひさしぶりに会う。
そんな彼女は、あの時と同じ穏やかな笑顔で声をかけてくれた。
「どうしたの?元気なさそうね」
「…………」
千夏は振り返る。
駅前からは、向かいのアパートは見えない。
それでも、胸の奥が少しだけ切ない。
大人の女性なら……今の気持ちや疑問に答えを出してくれるかもしれない。
「あの……」
「なぁに?」
「少し、お話ししてもいいですか?」
夏の風が、店先の風鈴を小さく揺らした。
──続く
コメント
3件
大人と高校生が会っているのは、たしかにいいイメージはないかもしれないです🥲 それでも二人には、今までの距離感でいてほしいですね……。
第十二話、読み終わりました……! スイカを食べている何気ない場面なのに、指先が触れただけで千夏ちゃんがあんなに動揺するの、すごくリアルでドキドキしました。「お兄様も男の人なんだ」っていう自覚が、彼女の中で一歩進んだ瞬間ですよね。 それなのに翌日、大家さんの言葉を受けた悠真さんが「図書館で勉強しない?」って距離を置くところ、胸がギュッと苦しくなりました。彼の優しさがかえって切ない。 花村さんに話を聞いてもらおうとするラスト、次が気になります!