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当麻月菜
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鷹槻れん

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宇津Q
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『第十三話 名前のない気持ち』
──夕暮れの駅前。
生花店の軒先では、色とりどりの花が夏風に揺れ、小さな風鈴が涼しげな音を立てていた。
「少し、お話ししてもいいですか?」
千夏が遠慮がちに尋ねると、花村さんは柔らかく微笑んだ。
「もちろん。もう店じまいだから、中でお茶でも飲みましょう」
店の奥の休憩スペースに案内され、冷たい麦茶を受け取る。
「それで、何があったの?」
その優しい問いかけに、千夏は胸にしまっていた思いを少しずつ話し始めた。
悠真と出会った日のこと。
彼の部屋で猫と遊んだり、コーヒーを飲ませてもらうようになったこと。
「お兄様」と呼ぶようになってから、毎日が少しずつ楽しくなっていったこと。
そして、スイカを食べていた時、指先が触れただけで混乱してしまい、逃げ出してしまったこと。
今日になって悠真が急によそよそしくなったこと。
すべてを話し終えると、花村さんは静かに頷いた。
「……そうだったのね」
「私、お兄様に嫌われちゃったんでしょうか」
花村さんはすぐには答えなかった。
千夏の表情を静かに見つめ、 そっと麦茶のグラスを自分の前へ引き寄せる。
「……どうして、そう思ったの?」
「いつも『好きな時においで』って言ってくれてたのに……これからは図書館で勉強したらどうかって。それに玄関も開けたままだし、コーヒーも出してくれなくて……」
思い返すだけで胸が締めつけられる。
「距離を置かれた気がしたんです」
花村さんは少しだけ考えてから、優しく尋ねた。
「千夏ちゃん」
「はい」
「佐藤さんのこと、好き?」
千夏は息を止めた。
その言葉は、自分でも答えを出せずにいたものだった。
「……わかりません」
小さく首を振る。
「恋なのか、兄妹みたいに思ってるだけなのか……」
少し間を置いて続ける。
「でも、お兄様が他の人と仲良くしてたら嫌ですし……今日みたいに距離を置かれると苦しくて」
花村さんは穏やかに微笑んだ。
「恋ってね、最初から名前がついているものじゃないの」
「え?」
「安心だったり、憧れだったり、尊敬だったり。いろんな気持ちが重なって、あとから『恋だったんだ』って気づく人もいるのよ」
千夏は黙って耳を傾ける。
「だから、今は無理に答えを出さなくても大丈夫」
その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。
しかし、もう一つ気になっていたことを口にする。
「あの……花村さんは、お兄様のこと好きですか?」
花村さんは少し驚いたあと、微笑みながら言った。
「好きよ」
千夏の胸がどきりと鳴る。
「……そう、ですか」
それだけ言って、コップに視線を落とす。
「千夏ちゃん、今どんな顔してるか分かってる?」
「え?」
千夏は思わず自分の口元を指で触る。
花村さんは、そんな千夏をみてクスッと笑った。
「でもね」
花村さんは優しく続けた。
「恋にもいろんな形があるの。私は佐藤さんが幸せなら、それで十分」
「それだけで、いいんですか?」
「うん。人を好きになるって、手に入れることだけじゃないから」
その言葉は静かだったが、不思議と重みがあった。
少し沈黙が流れたあと、花村さんは懐かしそうに笑う。
「そういえば、私と佐藤さんがどうやって知り合ったか、知ってる?」
「いいえ」
「このお店なの」
千夏は目を丸くした。
「ある日ね、仕事帰りに来てくれたの。同僚さんに女の子の赤ちゃんが生まれたから、お祝いのお花を贈りたいって」
花村さんは思い出し笑いをする。
「ところが、佐藤さんったら全然決められなくて
『女の子だからピンクかな……』
『でも黄色のほうが元気な感じかな』
『白を入れると大人っぽすぎるかな……』
そんなふうに、ずーっと一人で悩んでたの」
千夏も思わず笑う。
「どれくらいですか?」
「一時間くらい」
「えっ!?」
「他のお客さんにも『まだ決まらないの?』って笑われてたくらい」
二人の間に笑い声がこぼれる。
「でもね」
花村さんの表情が少しだけ真面目になった。
「その時、お店でご高齢のお客様が急に具合を悪くされたの」
「……」
「みんな驚いて動けなかったのに、佐藤さんだけは真っ先に駆け寄ったの」
椅子を運び、水を用意し、救急車を呼び、ご家族へ連絡する。
そのすべてが、とても自然だったと教えてくれた。
「私は怖くて何も出来なかったのに、必要なことを全部やってくれて」
千夏は小さく微笑んだ。
「……お兄様らしいですね」
「そう」
花村さんも頷く。
「だから、お礼を言いたくて佐藤さんのお部屋を訪ねたの。それが、千夏ちゃんと初めて会った日」
あの日の記憶がよみがえる。
「佐藤さんはね」
花村さんはゆっくりと言葉を選ぶ。
「自分より、相手を優先する人なの」
その一言が、千夏の胸にすっと入ってきた。
「だから今回も、嫌いになったんじゃなくて……何か理由があって、自分から距離を置こうとしているだけなんじゃないかなって、私は思うの」
昨日の悠真のぎこちない笑顔。
開け放たれた玄関。
図書館で勉強しようという提案。
思い返してみると、どれも突き放すような言い方ではなかった。
「……嫌われたわけじゃ、ないのかな」
「私はそう信じてる」
その言葉だけで、胸の重さが少しだけ軽くなった。
店の外では、すっかり日が暮れてぼんやりとした照明が街を優しく染めている。
花村さんは壁の時計へ目を向けた。
「あ、そうだ」
「はい?」
「明日の夕方、六時ごろ来られる?」
「明日ですか?」
「うん」
少しいたずらっぽく笑う。
「ちょっとだけ、お店手伝ってもらおうかな」
「お手伝い……ですか?」
「大丈夫。職業体験だと思えばいいのよ」
千夏は理由はわからないまま、小さく頷いた。
「はい」
「じゃあ、明日六時。このお店で待ってるね」
帰り道。
夜の街を歩きながら、千夏は空を見上げた。
昨日まで感じていた苦しさは、まだ消えてはいない。
それでも。
嫌われたと決まったわけじゃない。
その小さな希望が、夏の夜空の星よりも少しだけ温かく、胸の中に灯っていた。
──続く
コメント
3件
恋している人はだいたい、最初はよく分からない感情に振り回されたりするのかな……と思いました。花村さんが悠真さん好きなのはびっくり😳
うわああ第十三話、めっちゃエモかった……!!😭💕 花村さんの「恋は最初から名前がついてるもんじゃない」って言葉、胸に沁みたよ〜〜! 千夏が自分の気持ちに戸惑いながらも、ほんのちょっと希望を見つけるシーン、尊すぎて泣ける。 悠真くんの過去のエピソードも優しくて、ますます好きになったよ…!次の話も楽しみすぎる⋆♡