テラーノベル
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その街の通貨は、円でもドルでもなく「L(エル)」だった。
正式名称は『ライフ・ライク』。
個人のSNSアカウントに集まった「いいね」の総数が、そのまま電子マネーとしてチャージされるシステムだ。
ある男性は、古びたアパートで安い合成プロテインを啜っていた。
残高はわずか12L。コンビニの鮭おにぎり一個分にも満たない。
「クソッ、誰も俺の投稿なんて見てやしない」
彼が投稿したのは、夕暮れの空の美しい写真だった。
だが、そんな「ありふれた美しさ」に価値はない。
この世界で高値を叩き出すのは、もっと刺激的で、もっと残酷で、もっと「他人の感情を揺さぶる」何かだ。
隣の部屋からは、今日も狂ったような笑い声と、派手な破裂音が聞こえてくる。隣人の男は、高級な家具をわざと壊す動画を配信して、一晩で数万Lを稼ぎ出していた。
「無駄なことをすればするほど金になる。馬鹿げてる」
そう吐き捨てながらも、サトシの手は震えていた。空腹は限界だった。
男性は意を決して、台所から一本の包丁を取り出した。
それを自分の左手に当て、スマートフォンのカメラをセットする。
「……これなら、いくらになる?」
ライブ配信を開始した。
タイトルは『自分の指、一本いくらで売れるか検証してみた』。
視聴者数が爆発的に増え始めた。
「やめろ」「正気か?」「早くやれよ」
「投げL(投げ銭)したぞ!」
画面を流れるコメントと共に、チャリン、チャリンと小気味よい音が響く。
残高がみるみるうちに、100、500、1000と跳ね上がっていく。
男性は生まれて初めて、自分が「世界の中心」にいるような万能感に包まれた。
ついに、残高が10万Lを超えた。これだけあれば、一年は贅沢ができる。
サトシは満足して、包丁を置こうとした。
「よし、今日はここまで……」
だが、その瞬間、視聴者数が激減した。
「なんだ、やらないのかよ」「詐欺師」「返金しろ」「つまんねーの」
コメント欄が罵詈雑言で埋め尽くされ、それと同時に、貯まったはずの「L」が恐ろしい勢いで減っていく。キャンセルボタンが連打されているのだ。
10万が5万に、5万が1万に。
男性はパニックに陥った。
「待ってくれ!やめるなんて言ってない!」
彼は慌てて包丁を握り直した。画面の向こうの数万人が、固唾を飲んで見守っているのがわかった。数字が再び上昇を始める。サトシは恍惚とした表情で笑った。
「見ててくれ。俺の価値を、もっと高くつけてくれよ!」
鈍い音が響き、サトシの視界が真っ赤に染まった。
画面には、かつてないほどの「いいね」の嵐が吹き荒れた。残高は瞬時に100万Lを突破した。
サトシは意識が遠のく中で、スマホの画面を見た。
そこには、最新のトレンドワードが表示されていた。
『【速報】自傷配信者、ついに一線を越える。次は誰がやる?』
彼は満足げに微笑んだ。
たった一秒後、彼の死体を確認した視聴者たちが「飽きた」と言って次々にログアウトし、彼の残高が再び「ゼロ」に向かって転落し始めたことにも気づかずに。
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