『…うっせーっよ!タコ女!勝手に侵入してくるんじゃねぇっ!』
細い声は由香ちゃん。
予想通り猛アタックが始まってるみたいだ。
『このションベン臭いガキ、マジでうぜぇわ…みゃーだったら大歓迎なのにさぁ』
「なに?…お酒飲んでるの?」
『あぁ、接待みたいなもん。付き合いでさ、取引先との飲み会に行って、帰ってきたとこ』
みゃーは…?と聞き返されて、どう言おうか迷っているうちに、また細い声がまぎれ込んでくる。
『嶽丸せんぱーい…ヤバい色気ですぅ…もう、全部脱いじゃってくださいよぅ…!』
なに全部脱げって…
嶽丸、どういう格好してるわけ…?
『お前みたいなクソガキに見せる体はねえっ!』
『シャツの前が開いてて腹筋ヤバいですぅ…ご飯3杯いけますぅ…』
『…うわぁっ!こらっ!何やってんだ!ガキのくせに300年早いっつーの!』
…私は何を聞かされてるんだろ。
なんだか、2人のイチャイチャを聞かされてる気になる…
「…あのさっ!」
ひときわ大きい声で叫ぶ。
『ちょ…待って、この変態を部屋の外につまみ出すから…』
嶽丸が言う間にも、由香ちゃんのわーだのきゃーだの聞こえてくる…
「…もういいっ!バカっ!嶽丸のバカっ!」
『…え?なになになに?なんで俺がバカ?バカはこのタコ女だろ?
ちょっ…待っ…切るなっ』
「…会いたかった…」
それだけ言って、携帯を切った。
すぐに掛け直された嶽丸からの着信。…もういい。
今一緒にいるのは由香ちゃんなんだよね。
嶽丸も…襲われるかもしれないって危機感はなかったの?
押しが強い子だってわかってるのに、半裸で部屋に入れたってこと?
お酒入ってるのに?
…今頃抱きつかれてるかもね。
キスだってしてるかも。
あの、しなやかな筋肉に覆われた美しい嶽丸の体に包みこまれたら、どんな人も絶対ハマっちゃう。
由香ちゃん、今以上に嶽丸のこと好きになっちゃうね。
何度目かの着信を無視してたら、今度はこれでもか…ってメッセージの嵐がやって来た。
でも…読む気になれない。
こんなの、私の完全なヤキモチで、勝手なイライラだってわかってる。
いい年した大人が、なにやってるの?子供みたい…
でも止められないから…困ってるの。
喉元から、突き上げてくるような重苦しい思いは、どう言葉にしたらいいかわからなくて、仕方ないから必死に呑み込んだ。
代わりに涙とかで出ていっちゃえばいいのに、どんなに泣いても、重苦しい思いはなくならない。
これはいったいなんだろう。
嫉妬…焦り…。
どうしたらなくなるんだろう。
わかんない…
リビングのソファに、横向きに倒れるように寝そべって…明かりも消せないまま、私はそっと目を閉じた。
………
そのまま眠ってしまったらしい。
窓の外から入る陽射しに照らされ、部屋が明るくなっている。
ふと…頬にぬくもりを感じた。
いや、頬だけじゃない。
体全体が…何かに包まれてる…
胸のあたりで交差するしなやかな筋肉を浮かべる腕、頭の上で規則的に繰り返される呼吸音…
長い脚が私の腰に乗り上げて…こんな格好で密着してくる人は、ただ1人を除いて誰もいない。
「…嶽丸…?」
夢…かな?
確か昨日、出張中の嶽丸に電話して勝手に怒って切った。
「起きたか…?」
頭の上から聞こえる低い声は絶対嶽丸…でもなんで…?
「起きたけど…なんで…」
包まれている腕を引き剥がして起き上がると、そこには確かに嶽丸がいる。
ボサボサの髪とTシャツ。
ジャージは暑いのか、膝あたりまでまくってあって…これ以上ないラフな格好。
「あの、大阪…は?」
出張じゃなかったっけ?…って言葉を繋げないほど驚いた。
「…朝イチの便で帰ってきた」
何でもないことみたいに言う。聞けば泊まっているホテルは空港も近かったらしいけど、それにしても…
「…3日の予定じゃなかった?」
「だって昨日、会いたいって言ったじゃん」
「…は?」
「忘れたのか?…こらっ」
忘れてないよ…
確かに言ったけどさ…
それだけで帰って来るの?
出張ぶっ飛ばして…?
平然と横たわる人を見下ろせば「隙あり…!」と腰を引き寄せられ、そのまま組み敷かれる…
「ちょっ…と、待って…」
整理させて…と言ったのは、会社に命じられて行った出張を、勝手に帰ってきて大丈夫なのかということ。
それに、由香はどうしたのか…嶽丸は指導係として、一緒に仕事を進める任務があるんじゃないのか…?
…それなのに。
至近距離で私を見つめながら、おでこに…まぶたに…頬に、キスをする嶽丸は余裕。
「…今日は仕事?」
…こっちが聞きたいわ、と思いつつ、頷く。
「1時間くらい、平気?」
「…えっ?」
「もう無理…ヤバいって」
低い声が耳元に落ちれば…ここに嶽丸がいるって、実感した。
いつの間にか、喉元から突き上げるような重苦しい思いは、どこかに消えてる。
今嶽丸がここにいて私を抱きしめて、キスをしている。
それがどうしようもなく嬉しくて安心して…私も強く抱きしめてキスに応えた。
…………
「ねぇ…全然足りない…」
「そ…んなこと言われても困る」
髪をかき上げながら私に落とすキスは、優しさの欠片もない。
密着して絡まりあって、いつまでも離れない。
突き上げられて跳ねる腰。
繋がれる手…
私の体を覆い隠すほど、嶽丸の体は大きい。
嶽丸…ってうわ言みたいに呼んで、初めて感じる喜びを知った。
「柔らかい…全部、でもそんなに締めつけないで…」
座ったまま深く愛を繋いで、嶽丸は切ない声をあげる。私はすぐそこにある嶽丸の綺麗に歪む顔を見ながら、ダメ…って言われてることを…また、してしまった。