「朝イチの飛行機で帰るから」
みゃーに無視され続けて…俺は一晩考えた。
結果は帰る。東京に帰る。
出張?仕事?
そんなものカンケーない。
俺じゃなくても仕事はできる。
でもみゃーは1人。俺も1人。
だったら優先させるのは何なのか、おのずと決まってくるだろ。
電話をかけながら、部屋のブザーを押して押して押しまくって、自分の部屋で眠る後輩の由香、別名タコを無理やり起こした。
「本気…ですか?」
「本気本気、大まじめ。…だいたい、お前のせいだからな?」
ちんちくりんな姿でドアを開けたタコは、俺の言葉にさすがに固まった。
みゃーからの電話。その声を耳に入れて、体がグニャ…っとなりそうになった昨夜。
乱入してきたタコのせいで変な誤解をされてしまった。
「…だってぇ、酔ってたんですもん」
「はじめての出張で酔うほど飲むお前に感心したが、その上俺の部屋に襲撃までしてきた変態ぶりには恐れ入ったわ」
昨夜はこっちの支社に転勤した同期を交え、取引先の担当者と食事をした。
酒が入り、俺は早々に引き上げようとしたが、このタコとろくでもない同期に捕まり、そこそこ飲まされてしまった。
一応女子社員であるタコを心配して、俺は会の終わりを宣言した。
すると同期が俺の部屋で飲み直そうと誘うから、部屋のドアを開けたんだ。
なのにそこにいたのはタコ。
シャワーを浴びようとしてシャツを脱ぎかけてたから、確かにボタンは全開だった。
でも来るのは同期の予定で、タコは部屋に帰したはずだ。
不意を突かれて部屋に乱入され、帰れ、嫌だと攻防戦を繰り広げているところへかかってきたのがみゃーからの電話。
「…何回かけ直しても、鬼メッセージしても、無視されてる…」
「…それだけで、仕事ぶっちぎって帰っちゃうんですか…?」
寝ぼけまなこのタコは、出張を勝手に終えて帰るという俺に、さすがに驚いた視線を向ける。
「別にいいじゃん。お前のことは、同期に頼んでおいたから、支社に出勤して指示を仰げ」
そのままドアを閉めようとする俺を、タコは慌てて止めようとした。
なのでついでに用事を言いつけてやる。
「目が覚めたついでに、俺の荷物をまとめて家に送っとけ」
本当はホテルのスタッフに頼むつもりだった。そんなサービスがあるか不明だったが、何度も利用しているビジネスホテル。
支配人とはツーカーの仲だからどうにかなると思った。
「えぇ…?荷物置いて行く気ですか?」
「パソコンは持って帰る。他のものは後でいい。…いいな?こうなったのは、お前のせいなんだから、荷物まとめるぐらいやっとけよ?」
「ちょっと待ってくださいよ、先輩…着替えてないじゃないでか!?」
「確かに」
シャワーを浴びた後に着たTシャツとジャージ。暑いから膝までまくってる格好。
水色のサングラスを鼻まで下げて、上目遣いでタコを見る。
「ま、裸じゃないから大丈夫だ」
そんなことより飛行機の時間まで余裕がない。
俺はすべての後始末をタコにぶん投げて、空港へ急いだ。
…そして無事に東京に着いて、時間的にまだ家にいるはずのみゃーの背中を抱きしめたというわけ。
……………
「信じられない…」
一部始終を聞いたみゃーが、玄関に脱ぎ捨てられたサンダル風スリッパを見て言う。
「これはさすがにヤバかった」
足元を気にしていなかった。
ホテルのマークが入っているスリッパを、そのまま履いて帰ってきてしまったんだけど…
「もう…ホントに、しょうがない嶽丸!」
呆れながらソファに座るみゃーの言い方が可愛い。
つい、後ろに回り込んで抱きしめる。
この体勢、座ってても全身で密着できるから、実は俺…すごく好き。
華奢な肩に顎を乗せて、スリッパの心配を取り除くように言った。
「連絡しといたから大丈夫だよ」
「それだけじゃないでしょ?…会社は?…どうするのよ?」
「別に俺がいなくても平気だって…取引先に、だいたいの話はしておいたし」
するとプリプリ怒りながら、みゃーが意外なことを言った。
「なんかごめん」
「…なんで?」
「私が会いたいって言ったから…」
目を伏せて、何度かまばたきをするまつ毛が揺れる。
盗み見た横顔と言葉が可愛すぎて、胸の奥がドキン…と跳ねた。
しつこいと知りながら、俺はもう一度聞きたくなる。
「どうしても今日、休めねーの?」
「無理。昨日休みだったのに…嶽丸みたいにバカなこと、私はできない」
「でも…俺が来て嬉しかった?」
「え…?」
嬉しいって言え…
そうすれば帰ってくるまで、いい子のポチでいるって約束する。
「嬉しかった…よ」
言った…!
「どのくらい?」
「…すぐに、抱かれちゃうくらい」
「…!」
妙に素直で、何かあったのかと思うものの、単純な俺はありったけの愛しさを一点に集めた。
「…好き?」
モゾモゾ動く俺の手をさり気なく止めながら、みゃーはこっそり言った。
「…好きだよ」
これ、無理やり仕事休ませてOKなやつじゃん?
「と、とにかく…私は仕事に行く。行ってくる…」
好きと言われて、脱力した。
休めよーなんて冗談も出なくなる。
「あぁ…送って行こっか…」
「へ…?そんな変な格好で…いいよっ!」
ついてこないでよ!…と言いながら、みゃーはあっという間に出かけてしまった。
「好きって…」
…自然に頬が緩む。
さっきまでみゃーが横になっていた場所に、同じ姿勢でパタン…と倒れてみた。
そこはみゃーのシャンプーの香りが残ってて、思わずなでなでしてしまう。
「好きだよ…って、やべー…」
みゃーからの「好き」は破壊力が凄まじくて、ちょっと落ち着こうと目を閉じた。
それからどれくらい時間が過ぎたのか…携帯の振動する音で目が覚めた。
どこからかかってきた電話なのか、見なくてもわかってる。
…どうせ会社からだろ。
確認もせずに電話に出ると、思いがけず女性の声がして…俺は一気に覚醒した。
コメント
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みゃーちゃんからの「好き♡」が聞けたから、変なカッコで帰って来た甲斐があったね(*´∀`*)