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海の紅月くらげさん
みちよと別れた後、強引に武蔵につれられて家に行くことになってしまった。
武蔵の家は俺の家とは違っていた。
少し気の弱そうで優しそうな母親は穏やかに微笑み、俺にジュースとお菓子をだしてくれた。
俺の母さんとは見た目も性格も全く違う。
「あの臆病なみちよが病院抜け出すなんてな! 俺はこういうのなんて言うか知ってるぞ!」
相変わらず五月蝿いヤツ。目の前にいる静かな母親とは似てねぇな。
「逢引って言うんだぞ!お肉じゃないぞ」
武蔵は目を輝かせながら鼻高らかに言ってみせた。
なんだよアイビキって。母親苦笑してんじゃねーか。絶対違うだろ。コイツって本当に変なヤツ。
「ごめんなさいね、和葉くん」
「いえ……」
五月蝿い武蔵に比べて、母親は控えめで静かだ。
九條の人間は正月になるとじいさん家に集まる。その時にこの人と武蔵の父親だけは、九條の家の中で唯一気が弱そうで周りに色々言われて可哀想だなって思ったことがある。
その時の困ったように笑った武蔵の両親の顔が、ぼんやりと脳裏に浮かぶ。
気の強い人ばかりだから、反論できない人は辛いだろうな。
「ねぇ、和葉くん」
「……はい」
「お家にいたくない時は、いつでもうちに来ていいのよ」
「は……?」
俺の両親のこと知ってるだろ?
この家にいるって知ったらなんて言いだすか……いや、あの人達はそれでも放置かな。勝手にどうぞって思うかな。
けど、面倒ごとを背負い込むことなんてないだろう?
それに俺の母さんに酷いこと言われてたよな。怒鳴りつけるように責められてたのを見たことがある。そんなことされてるのに、どうして息子の俺に優しくするんだよ。
「俺なんて邪魔なだけだろ」
「どうして自分が邪魔だなんて思うんだ?」
武蔵の真っすぐな瞳が突き刺さる。
だって俺、家じゃ邪魔者だ。だから、どこかに行ってろって言われるんじゃないか。
「俺が、いないほうが……父さんも母さんも、自由だし……必要とされてないから」
……いやだ。
本当はこんなこと口に出したくない。
恥ずかしい。惨めだ。自分が誰にも愛されていないことを自覚するのが凄く怖い。
でも、言わずにはいられなかった。この人達なら聞いてくれるんじゃないかって思ってしまったんだ。
本当はずっと誰かに自分のことをわかってほしかったんだ。
「なんだ。お前は何も悪くないじゃないか」
「は……?」
武蔵が片方の口角をつり上げて笑う。
なんだよそれ。
だって俺がいなければ……母さんも父さんももっと自由で、好きな相手と暮らせるだろう。
俺がいるから、それが足枷になってるんじゃないか。
「俺は兄弟がいないんだ。お前を弟にしてやろう!」
「……意味わかんねーよ」
「馬鹿なんだな」
「……どっちが」
本当、変なヤツだ。弟って、こんな馬鹿なヤツの弟になんかなれっかよ。
「和葉くん、お家にいたくなかったり寂しい時は、ここに来なさい」
「でも、親がなんて言うか」
「大丈夫よ」
控えめで弱々しかった武蔵の母親の目が、この時は強くたくましく見えた。表情もどこか凛々しい。
「子どもを守るのは大人の役目なのよ」
勘違いしていた。この人は弱くなんてない。
心の奥は強くて、優しい。
どうしよう。また涙が溢れ出てくる。止められない。
その涙を武蔵の母親が拭ってくれる。優しくて温かい手だった。
「ぁ、り……がと……」
この日の俺は人の優しさにたくさん触れて泣いてばかりだった。