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テレビ、スマホ、パソコンの電源が自動的にオンになり、ホラー映画のBGMのようなおどろおどろしい音がけたたましく鳴り響いた。
俊夫が布団をはねのけてベッドから飛び出したのと同時にテレビの音声が流れた。
「緊急事態速報です。緊急事態速報です。東京に向かって複数のミサイルが飛来中、首都圏の国民の皆様は、ただちに安全を確保する行動を取って下さい。繰り返します。緊急事態速報です……」
何が起きているかを理解した俊夫は壁にかかっている軍用スーツを急いで身に着け、頭にヘッドギアとゴーグルを装着した。スマホの時計を見ると午前4時32分だった。
ゴーグルの中に三次元立体映像が映し出された。俊夫が所属する陸軍小隊の隊長と同僚兵士たちの顔が、俊夫の視界いっぱいに並んでいく。
俊夫は小隊長に念のため尋ねた。
「ミサイルの迎撃はどうなっていますか?」
職業軍人である三十代後半の小隊長は、手元のコンピューターコンソールを操作しながら、落ち着き払って答えた。
「今実況中継画面を出す。よし、みんな見ろ。ミサイル迎撃システムは順調に稼働しているようだ」
俊夫の視界の真ん中に、コンピューターグラフィックの画面が出る。赤い円錐で表された敵のミサイルが3個、日本列島の上空に迫りつつあった。
日本海には青いイメージ画で表された海軍のイージス迎撃専用艦が2隻。そこから10発の迎撃ミサイルが既に発射されている。
東京都内には、低高度で最後の迎撃を担当するPAC13迎撃ミサイル部隊が展開済み。
固唾を飲んで見守る俊夫の視界の中で、日本側の迎撃ミサイルを示す青い円錐が、赤い円錐に接近していく。青と赤の円錐が接触し、両方が画面から消える。
三つの赤い円錐は全て、日本の領空に到達する前に、青い円錐によって消滅させられた。
ほっとしたのもつかの間、地図上の九州の一部に黄色い色がつけられた。「電磁パルス障害発生地域」という表示が出る。
俊夫は思わず叫んだ。
「あれは核ミサイルだったのか?」
画面の中の小隊長が応じる。
「迎撃は成功したが、成層圏あたりで核爆発が起きたようだな。そこから発生した電磁パルスが九州の一部地域の電子回路を麻痺させたようだ。だが、この程度の障害ならすぐに復旧するだろう」
それなら自分たちの出動はないだろうと、俊夫が高をくくりかけた時、小隊長が意外な言葉を発した。
「全員、ただちにフル装備で出動用意。南西諸島へ飛ぶぞ」
俊夫を含む小隊の兵士全員が、「えっ?」と声を上げた。小隊の軍曹が隊長に尋ねる。
「わが隊は歩兵小隊です。ミサイルは既に迎撃済みなのに、なぜそんな場所へ?」
小隊長はいつものポーカーフェースで淡々と通知する。
「あのミサイルはおそらく陽動だ。わが軍の注意がミサイルに向いている隙をついて、三角諸島に敵軍が上陸。敵は地対空ミサイルを設置。こちらの空軍の空爆部隊を下から狙い撃ちにするつもりだ。わが小隊はその島に潜入して、敵の地対空ミサイルを破壊する」
俊夫は冷や汗がつっと背中を流れるのを感じた。陸上での実戦は初めてではないが、大学二年生の時に徴兵された彼には、一個小隊単独での白兵戦は初めてだった。
それから2時間後、俊夫と小隊の面々計5人は、強襲揚陸艦に乗って目的の島へ接近していた。島影が目に見えてきたところで、小隊はホバークラフトに乗り移り、既に明るくなり始めた空の下、上陸行動を開始した。
南の島とは言え、真冬の風に中を高速で突っ切って行くと、全身が寒さに震えた。
小さな砂浜から島へ上がり、原生林を縫うように進む。やがて俊夫が目標を見つけた。乗用車ほどの大きさの複雑な形の車両があり、20本ほどの細長いミサイルが縦に並んでいる。
見張りの敵兵は一人。俊夫は隊長の命令で、アサルトライフルをかまえて物陰から敵に近づく。俊夫は直接敵兵を撃った経験はなかった。俊夫の全身に汗がしたたった。
手りゅう弾が届く距離まで近づいた時、敵兵が俊夫に気づいた。敵兵も銃を構えるが、二人はお互いの顔を見て同時に「あっ!」と声を上げた。
その、大陸の社会主義国の敵兵は、俊夫の顔見知りだった。陳(ちん)という名の、俊夫の行きつけのレストランのオーナー店長だ。二人の住んでいた場所は同じマンションの同じ階の隣同士の部屋。
若い分、俊夫の反射神経の方がコンマ数秒早かった。陳は胸を連射で撃ち抜かれ後ろ向きに倒れる。どうやら自動操作らしく、地対空ミサイルが勝手に方向を変え始めた。
「させるか!」
俊夫は手りゅう弾の安全装置を外し、地対空ミサイルシステムに向けて投げつけた。そのまま反対方向に全力疾走し、頭の中で十数えて地面に突っ伏す。背後で強烈な爆発音がした。
俊夫の耳に小隊長の珍しく興奮した声が届く。
「よくやった! 作戦は成功だ。上を見てみろ」
俊夫が空を仰ぐと、日本国防軍と太平洋の向こうにある連邦国家の空軍の合同部隊であるF75ステルス戦闘機が15機、あっと言う間に視界を横切って行った。
小隊長が告げた。
「任務完了。全員、待機状態に戻れ」
俊夫はヘルメット型のヘッドギアとゴーグルを外し、自宅の軍用パソコンの前の椅子で大きく息を吐いた。パソコンの画面に小隊長の顔が映る。
「山本二等兵、ご苦労だった。勤務規定により、本日ゼロハチサンマルをもって、48時間の休暇とする。ゆっくり休め。ただし緊急連絡用の軍用スマホは常に携帯するのを忘れるな」
俊夫は自分のスマホの表示時刻が8時30分なのを確認して隊長に敬礼した。
「山本二等兵、48時間の休暇を拝命します!」
俊夫は軍から支給されているオンライン仮想現実対応の戦闘ギアを全て外し、自宅のマンションの窓のカーテンを開け外の景色を見た。
感染防止のための時差出勤の遅番組らしい、サラリーマンたちが駅へ向かって歩いている。俊夫は証明書のワクチン有効期間がまだ一か月残っている事を確認し、久しぶりに繁華街へ買い物に行くことにした。
自宅のマンションのドアを開けて廊下に出ると、ほぼ同時に隣のドアが開き住人が同じく廊下に出てきた。
「おや、山本君。さっきはどうも」
俊夫はバツの悪そうな表情になってあいさつを返した。
「ああ、陳さん。さっきは申し訳ない。戦死させちゃったね」
「気にしない、気にしない、そんな事。そういう時代だからね」
全ては今から30年前、珍型コロナウイルスと呼ばれる未知の病原体が世界中に蔓延し始めた事から始まった。
当時としては驚くべき速さでワクチンが複数種類開発され、問題が解決するかに思われたが、この新型ウイルスは予想もできない速さで遺伝子情報が変異を繰り返し、ワクチンはわずか数年で効力を失った。
ウイルスの変異と新しいワクチンの開発はいたちごっこになり、世界は常にワクチンの供給不足となり、ワクチンの奪い合いで各地で局地的な武力紛争が起こった。
大国同士の戦争にエスカレートする事態を恐れた世界中の国の指導層と国際連合は、仮想現実空間でのオンライン戦争で勝敗を決める方法を提案。
変異ウイルスに有効な最新型のワクチンは、どの国が製造したかに関わらず、国連の管理下に置かれた。オンライン戦争で敵国に与えたバーチャルな戦死者、市街地の破壊の程度に応じて、半年ごとに戦争の戦果が量子コンピューターで判定され、戦況が有利な国はそれだけ多くのワクチンを国連から割り当てられる事になった。
最初はオンライン戦争で使える仮想の武器は、人口、経済力、リアルな軍事力などの国力に関係なく、全ての国が同じ条件だったため、1対1の戦争だとすぐに戦況は膠着状態に陥ってしまい、どこの国も元々の割り当て以上のワクチンを入手できない事になった。
そこで大国が裏取引を重ね、リアル世界での核兵器保有国は仮想現実の中でも核兵器を使えるように条約が改正された。と言ってもあくまで仮想の核兵器なのだが。
日本のように核兵器を持たず、軍事力も小さい国家は、核兵器を保有する大国と軍事同盟を結び、世界はいくつかの同盟に分かれて、仮想現実内でのオンライン戦争でワクチンを入手するべくしのぎを削った。
余計な事に、国際人権団体とやらがバーチャルとは言え、戦争の痛みを一人一人の兵士が知るべきだと下らない理想論を唱えたため、仮想現実空間での暑さ、寒さ、痛みに至るまで、詳細に再現されるようになった。
俊夫と陳は連れ立ってエレベーターでマンションの外へ向かった。陳がうきうきした表情で俊夫に言った。
「どうせ戦死するなら、どこの誰とも分からない奴にやられるより、君のような知り合いにやられる方が気が楽だよ。名誉の戦死扱いだから、私の国の大使館に行けばワクチンの優先接種受けられて、ベーシックインカムももらえるしね」
「ああ、日本の戦死手当みたいなもんか。陳さんの国ではいくら出るの?」
「日本円にして月30万ぐらいね。それが3年もらえる」
「ええ! 日本の戦死手当なんて月にたった10万円、それも一年間だけだよ。俺、陳さんの国に亡命しようかな」
「ははは、いいよ、歓迎するよ。でも今の時代の亡命って、国籍の記録が変わるだけで、物理的にその国へ行って生活できるとは限らないしね」
「確かに。戦争の相手国の国民、それもついさっきまで軍隊で戦ってた陳さんが、リアルじゃこうして普通に日本に住んで普通に商売して普通に生活してんだもんなあ」
エレベーターが一階に着き、二人は駅までの道を並んで歩きながら話を続けた。俊夫がうんざりしたよ、という口調で言った。
「それにしても、一体いつまでこの戦争続くんだろうね。何も戦争までオンラインでやらなくてもいいと思うんだけど」
陳が気の毒そうな表情で応えた。
「そうか、私と違って、君が生まれた時にはもうこの戦争始まってたんだね。なにしろ戦死者が何百万になろうが、大都市が廃墟になろうが、リアルの世界では何も起きない戦争だからね。珍型コロナウイルスが完全に制圧されないと、この戦争終わらないかもね」
48時間の休暇が終わると同時に、俊夫を含む小隊全員に非常連絡が入った。戦闘用ヘッドギアとゴーグルを身に着けた俊夫の視界に、珍しく沈痛な表情の小隊長の顔が映った。隊長は重々しく言った。
「国連でオンライン戦争のルールが一部変更される。新型兵器の使用が可能になるらしい。ちょうど今から国連事務総長の発表が世界同時中継される。全員必ず見ろ」
俊夫のゴーグルの視界のでかでかと国連事務総長の演説風景が映し出された。彼はオンライン戦争で今後使用可能になる新型兵器の名称が書かれた大きなパネルを胸の前に掲げた。
それを見た瞬間、俊夫は「はあ?」と大声を上げた。
「まったく、政治家がアホばっかなのは日本だけじゃないんだな。国連も国連だ。いくら仮想現実の中だけの戦争だからって、物事にゃ限度ってもんがあんだろうがよ。俺たち、最前線で戦ってる人間の身にもなれよ」
そのパネルにはこう書かれていた。
「Biological weapon (生物兵器)」
コメント
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ああ、面白かった…!というか、まず設定に引き込まれました。珍型コロナウイルスがきっかけで、オンライン戦争でワクチンを奪い合う世界…すごくリアルで怖い。でも一番グッときたのは、隣人の陳さんを戦場で撃ってしまうところです。戦死させたのに「気にしない、そういう時代だからね」って言い合える温度感が、何より戦争の異常さを感じさせてゾッとしました。最後の生物兵器のパネル、嫌すぎる…続きが気になります!