「はぁ……」
「どうしたのピアーニャ。嫌な事でもあった?」
「オマエらにみすてられて、ねてた」
膨れながらジト目で返すピアーニャだったが、その顔は実にスッキリしている。アリエッタに抱かれながらぬくぬくと眠ったお陰で、よく眠れた様子。
「どんなに嫌がっても、体は正直なんですね」
「その言い回しはどうかと思うのよ」
結局、今まで眠気が来なかったミューゼ達3人は、ピアーニャ達家族が眠った後、アリエッタが眠っているのを横目に、静かにドルネフィラーについてまとめていた。
そして昼過ぎにアリエッタが目覚め、その時にようやくピアーニャが解放されたのである。
「まぁ可愛かったからいいじゃない。こんな美少女に抱かれて何が不満なの?」
「なんでわちがセワされるがわなのだ!」
「ちっちゃいから」
「わちはオトナだーっ!」
何故かルミルテに「アリエッタちゃんと一緒にお食べ」と与えられたお菓子を食べながら、本気で不満をネフテリアにぶつけるピアーニャ。どこからどう見ても大人には見えない。
今はアリエッタから離され、落ち着いている……などという事は無く、思いっきり素になっているのだった。
一旦ため息をついてチラリとアリエッタの方を見ると、ミューゼに髪をセットされている。
「流石にもうドルネフィラーは来ないでしょうし、のんびりお買い物にいけるわね」
ネフテリアは、ドルネフィラーがアリエッタとエルツァーレマイアに苦手意識があるのを知っている。何か用があるか、再び巻き込み事故でもない限り、取り込まれる事はもう無いだろうと踏んでいる。
そんな安心しきっているネフテリアが言った何気ない一言に、アリエッタがピクリと身を震わせた。
「お、おかいもの?」(またおかいものさせられるの? あれ怖いんだけど……)
「ん? どうしたのアリエッタ?」
『おかいもの』という言葉を少し間違えて覚えているせいで、おかしなタイミングでトラウマが蘇っている。ミューゼが様子のおかしいアリエッタに気付くも、その理由までは分からない。
「ねぇパフィ。アリエッタが『おかいもの』に変な反応してるみたい。今日はパフィの番だから、よく見ててあげて」
「分かったのよ。任せるのよ」
2人は普段、1日おきにアリエッタの面倒のメインを交代している。もっとも、2人とも面倒を見たがっているので、メインといってもそんなに差はなかったりする。せいぜい義務感を持つ程度なのだ。
しばらくしてアリエッタのセットを終え、今日こそのんびりする気満々で、改めて町へと繰り出すのだった。
ドルネフィラーが消えて一夜明けただけのハウドラントは、当然ながらざわついていた。ドルネフィラーが現れた後の公園を一目見ようと、朝から人々が集まってきているのだ。
その辺りの事はワッツが取り仕切り、警備員とシーカーが協力して沈静化を計っている。
「……なんか出店まであるけど」
「観光地みたいになってるのよ」
買い物の為に店のある場所にきた一同は、すっかり賑やかになった街並みを見て唖然としていた。
「ところでこの……なんていう街でしたっけ?」
「フロウレリカだ。そういえば、おしえてなかったか」
「あー、わたくしもハウドラントでひとまとめにしちゃってたわ」
「まぁシーカーあるあるだな。で、このマチがどうかしたか?」
リージョンの行き来によって、総合的な名前で呼ぶ事が少なくないシーカー達の中には、リージョン内の細かい地名に疎くなる者も少なくない。どうやらミューゼ達もそのタイプのようだ。
ピアーニャの故郷の名はフロウレリカ。ハウドラントのどこにでもある、ごく普通の雲の街である。違いは転移の塔がある事だけ。一応ハウドラント特有の景色は売りにしているが、今はドルネフィラーの影響でお祭り騒ぎ。公園を中心に人が大勢集まっているのだった。
「ドルネフィラーが出たからって、こんなに人が来るもんなんですか?」
「ああ、ミューゼオラとパフィはしらなかったか。ドルネフィラーがでるコトがめずらしいから、べつにフロウレリカにかぎらずとも、ドルネフィラーがでたってだけで、カンコウチになるぞ。ほらアレ」
ピアーニャが指さした先には、『この先ドルネフィラーが現れた公園!』『お土産にドルネフィラー記念雲飴!』など、看板で全力アピールしている店が公園の方向に向かって急激に増えていた。
「おぉ、逞しいのよ」
「まぁトッパツだったから、めずらしいモノとかはないからな。あっちにいくヒツヨウはないだろう」
「この辺りでもお店あるし、こっちはこっちでゆっくり見て回りましょ」
今いる場所にも観光地化の流れがあるが、まだ公園から離れている事と、ドルネフィラーが消えて1日目という事もあって、まだそれほど人は多くない。
今日のうちに買い物は済ませた方が良いというピアーニャのアドバイスの元、何か面白そうな物が売ってないか見て回る事にした。
そんな中、会話に参加出来ないアリエッタは、沢山ある看板を見て難しい顔をしていた。
(……絵が無いから、何が書いてあるのか全くわからん。面白くないなぁ)
買い物に対する不安と、自分だけが何も理解していない不満が溜まり、ちょっと拗ねかけていた。自然とパフィの手を握る力が強くなり、歩きながら体をくっつけていた。
「ん? どうしたのよ?」
「むー……」
「?」
その様子に首を傾げながらも、アリエッタがくっついてくるのが嬉しくて、そのままのんびりと歩くのだった。
しばらくそのまま買い物を楽しんだ後、最後に立ち寄る事となったのは、衣服の店。ハウドラントではどんな服が作られているのか、ネフテリアが特に興味津々である。
「これとかピアーニャにピッタリじゃない!?」
その手に持っているのは、涎掛け付きのモコモコな子供服。
「をいっ!」
もちろん異議を唱えるピアーニャだが、その背後からは別の影が迫っていた。
「ぴあーにゃ、おかいもの」
「ん? ひぃっ!?」
(……ああ~なるほどなのよ。『おかいもの』って着替えの事を言ってるっぽいのよ)
羽付きの可愛い子供服を持ったアリエッタが、眩しい笑顔でピアーニャの手を取った。
全力で逃げたいと強く思ったピアーニャだったが、周りからは店員を含めた一同に囲まれ、正面からは笑顔という名の圧を受け、屈する以外の選択肢は考える前に消されてしまっていた。
結果、本日のファッションショー被害者は2人になったのである。
「アリエッタ! ピアーニャちゃんの肩をこう……そうそう素晴らしいのよ!」
「きゃーこれは天使! 完全に天使!」
《ちょっと私も見たいんだけど! 中からじゃ見れないんだけどおぉぉぉ!!》
「はぁ…尊い……ぐふっ」
「ナタリアがやられた!」
「店員さん、貴女の死は無駄にはしないわ」
「ちょっと悪いんだけど、このナタリアを奥に捨ててきて」
「しょーがないですねぇ……ドラァッ!」
《あっ、姿見……キャアアア可愛すぎるぅぅぅ!!》
「さて次の服は~……」
店の中は大騒ぎ。アリエッタの中でも大騒ぎである。
着せ替えさせられている当の2人はというと、人生を諦めたような目をして従っている。光を失い「笑って」と言われたら反射で笑うピアーニャと、前世の社会人だった頃の記憶のお陰か…死んだ目で常時愛想笑いをしているアリエッタに、大人達はメロメロになっていた。
ハウドラントで売っている服も相変わらず無地染の造りではあるが、ふわふわしていたり、形状が可愛いものが多い。ちなみにファナリアでは実用性重視、ラスィーテではエプロン付属の防汚性重視というリージョンに合わせた傾向がある。
「ふぅ……そろそろ終わりにするのよ」
『えーーーー!!』
パフィの終了宣言で、店内に沢山の悲鳴が上がった。
「そうね、アリエッタちゃんは最初から限界みたいだし。今回も悪い事しちゃったわ……止められない自制心の無さが恨めしい」
王城で迷惑をかけた身としては、ひたすら申し訳ないと思っているネフテリア。しかしアリエッタに加えてピアーニャまで着せ替え人形に参戦したとあれば、理性など簡単に吹き飛んでいたのだ。
一方、肝心の保護者2人は冷静ではあったが、後で謝りながら全力で甘やかすという思惑を持って、欲望に身を任せていた。確信犯である。
なお、アリエッタの中にいる女神はというと、鏡で見たアリエッタの姿を思い出しながら、気持ち悪く笑っていた。
「この後思いっきり美味しい物食べさせてあげなきゃねー♡」
「もちろんなのよ。その為の服を買いたいのだけど、これ以上続けるなら買う時間は無くなるのよ」
「えー、私としましては、こちらとこちらの服が特に似合っていました。いかがでしょうか?」
いう事聞かないと売り上げ減るぞ…とかなり直接的に脅すと、店長と思しき人物が掌を一瞬で返してオススメの服を提示してきた。
さらに、元気の無いアリエッタが、色がかなり薄い無地の服をいくつか指差して『頑張ったから買って?』と強く念じながらパフィを見つめたところ、その光の無い怨念じみた視線に負けて3着を別にキープ。
こうしてアリエッタの服をパフィが数着、ピアーニャの服をネフテリアが十数着購入し、店を後にする。被害者2人以外はホクホク顔だ。
「さーて、美味しい店も教えてもらったし、さっそく行きましょ」
「はーい」
こうして、辛い試練を終えたちびっこ2人をパフィとネフテリアが抱きかかえ、荷物はミューゼが持ち、3人は再び歩き始める。
公園付近の喧騒とは違い、とてものどかな時間が過ぎていくのだった。