「ティニ。行きましょうか」
彼の目が、私の事を受け入れているような気がして…。
僕はティニと共に、教会の裏側へ来ていた。
教会の裏口。裏一面を埋め尽くす両開の扉。まるで入れたものを二度と返さないような圧だ。
「すごい、こんなところがあったのね」
扉の向こう側の世界は、時が止まっていた。
開けた円形に石段が刻まれている。中央へ向かって沈むような地形。その終着地に鎮座しているのは、神に人質を捧げた祭壇。
「ええ、今は人が来るような場所でもないですからね」
「なんだか不思議な場所ね。見る限り、生命が朽ちてるのね」
「ええ、ここは神が現れる場と称されながらも、新たな命が芽吹くことがないのです」
元は、コロシアムの会場だったそれは、集落移動によって来た教徒達が無意味な殺傷を嫌い、取り壊し。地形が荒廃したまま、無造作に再建。地に足のつかないこの場所には、生命の兆しも現れない。具体的な建設方法は解明されていないし、この教会の裏一面が空島という説もある。ただ、この場所は神に捧げし、祭壇場とされていた。これは僕の村で言い伝えられている事だ。
「あの祭壇にこれまでの失われた命を、人質によって償ったと言われているみたいですよ」
静まり返った静寂は、多くの灯火を消しさったからだ。神は人を救わない。
「ほんと、意味の無いことだわ。教会のすぐ裏にこんなものがあったなんて。皮肉すぎるわ」
僕はこの場所の存在は、信仰に厚い村の影響で何度も聞かされていた。今はもう、皮肉だとか誰のための場だったとか考える事もなくなっていた。
「でも村育ちは詳しいわね。そういう伝え話があるから」
「それは君も同じじゃないですか。コリエンと出会う前は故郷にいたのでしょう?」
「いいえ、コリエンと過ごしていた場所と変わりないわ。だから、また抗争に追われたのね」
ティニとコリエンは、部族抗争から逃れるためにここへ来たのだった。特に彼女は故郷も奪われ、新境地でさえも身の危険に晒されるところだった。
「すみません、こんな話は不必要だった」
彼女の過去を伏せるような目に、僕は己の発言を悔いた。
「それより…」
彼女は僕の傍で、入ってきた扉に向かいながらに言う。
「ここで何を話すか知らないけど、こんな所でいいの?」
ティ二は僕を見つめている。その目には、心配の色が混じっているようだった。きっと、僕とコリエンの関係に気付いているのだろう。
僕は、重く閉ざされた扉に背を向けながら言う。
「何も心配などありませんよ。大声で話す内容ではないですし、万が一聞こえたとしても、問題はない」
誰かに向けた言葉でもなく、それは事実だった。
「コリエンには言いたくないこと?」
ティニは小さく呟く。なぜかその呟きが、幾度も頭に繰り返される。言いたくないこと…。
「さて…それは分かりません」
頭に響く言葉を打ち消すように、発していた。
「どんな事実も完璧には隠せない。僕にはもう、分かっていますからね」
何が分かっているのか。何を隠していたのか。自問自答をしたところで答えは出ない。
「もしかしてだけど…」
ティニは風にさらわれてしまうような囁き声でこぼす。
「リエンを助けたのは…ドル。貴方だったのかしら…?」
ティニは困惑した表情をしていた。その様子が森の暗闇の中、彼を見つけた時と同じようで。気付けば、その時と同じ目つきで彼女を見つめていることに気付いた。
僕は言葉を発しようとして辞めた。たった今、事実を隠せないと己で縛り付けたはずだった。
ティ二はその一瞬を逃さずに見ていた。
「だと思ったの。それに、ドルが黒服のヤツらは自分の村人だって教えてくれてたから」
彼女に言われて思い出す。
「そういえば、そんな事を伝えていましたね」
ティニがそれに気付いているという事は、コリエンも気付いていたかもしれない。けれど、僕はコリエンについては疑問ばかりだった。