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ひと通り魔力の扱い方を一緒にやってみたあと、リカルド様は最後に魔力のプールの仕方を教えてくれた。
「人それぞれに量は違うが、本来魔力というものは絶え間なく湧き出ては、体から自然と放出されていくものだ。魔法を使うならば、この勝手に放出されていく魔力を、ある程度体の中に貯めておく必要がある」
「なるほど」
「ユーリンの場合は湧き出る魔力が放出されずに、体内に滞っていたんだろう」
「だからあんなに……体の中が洪水みたいで怖かった」
「本当にすまなかった。まさかこんなにも急に魔力が暴走するとは思いもしなかった」
体を覆う腕にぎゅっと力が入る。
「ユーリンが、壊れてしまうのかと思った……!」
リカルド様も私とは違う恐怖を感じていたのかな。まるで大切なものでも守るみたいに、リカルド様に抱き締められて、ついに私も恥ずかしくなってきた。
魔力制御を教わるためだ、乗馬の訓練の初期の頃と似たようなもんだ、ってずっと自分に言い聞かせてきたけれど、やっぱり後ろから抱きしめられた姿勢を続けてるのは死ぬほど恥ずかしいんだよ!
「だ、大丈夫ですから」
「ユーリン……」
「リカルド様のお陰で、暴発せずにすみましたし。その……ありがとうございました」
なんとか見上げようと身じろいだら、頭上から「ヒュッ」と不思議な音がした。そして、あたしをしっかりと確保していたリカルド様の腕が、ゆっくりゆっくりと離れていく。
サビて動きの悪い鉄扉みたいに、ギギギ……と音がしそうにぎこちない動きなんだけど。生身の人間とは思えない動きになったってことは、さては。
見上げれば案の定、リカルド様の顔色は赤くなったり青くなったりを忙しなくいったりきたりしている。あたしよりも遙かに照れはじめたリカルド様をみていると、なんとなく落ち着いてくるから不思議だ。
「す、す、す、すまない、その、他意はなく」
「分かってます、魔法の暴発を防いでくれたんだって、ちゃんと分かってますから」
ちょっと照れたけどね!
勇敢に我が身を挺してあたしの危機を救ってくれたというのに、リカルド様はいたたまれない様子でうつむいてしまった。雨に濡れてしょぼくれちゃったワンちゃんみたい、なんだかとっても可哀想。
顔色はやっと落ち着いてきたみたいだけど、なんだか青いまま……っていうか、本当に顔色、悪くない?
「リカルド様、大丈夫ですか? なんだか顔色が悪いんですけど」
「あ、ああ、君の魔力を随分と飲み込んだからな。自分の最大値を大幅に越えたのかも知れない」
単に驚きすぎて具合が悪いのかと思ったら、真面目にヤバイ理由だった!
「そ、それって大丈夫なんですか?」
だって、あたしだってさっきまで体中に満ち満ちる魔力で死ぬかと思ってたんだもん。リカルド様も今、そういう状態なんじゃないの!?
こっちがめちゃくちゃ心配しているというのに、リカルド様は「いや、さほど問題ないと思うが」なんて悠長なことを言っている。
まあたとえ具合が悪かったとしても、リカルド様と違ってあたしが何か治療めいたことができるかっていうと何もできないんだけど、それでも心配は心配なんだよ。
「でも顔色が悪いし」
言い募るあたしに、リカルド様は微妙な顔でこう言った。
「ううむ、なんといえばいいのか……胸やけに近い、か? 魔力が濃過ぎてもたれているだけだと思うが。多分魔法を使えば治る」
「胸やけって、そんな。天ぷら食べ過ぎたみたいに言われても」
思いもかけない表現を聞いて、たまらず吹き出してしまった。
暴発してしまうのかって心配になるほど大量な魔力を吸い取ったというのに、リカルド様ったら大したことないみたいに言うんだもの。
ていうか、言うに事欠いて『胸やけ』とか。
「ふふっ……」
自分でも何でツボったのか分からない。でも、緊張とかが一気に解けて笑いが止まらないんだもの。
だんだん笑いが大きくなっていくあたしをちょっぴり驚いた様子で見つめていた首席騎士様は、つられたように顔を綻ばせる。
なんとも幸せそうに緩められた目尻と口角。顔色の悪さを忘れるくらい喜びに満ちた表情に、つい見惚れてしまった。
なんだよ、なんだよ。
首席騎士様ときたら笑うとホント可愛いな! 常日頃の仏頂面とのギャップで、むしろキュンとする。
心の中で勝手に盛り上がるあたしに、リカルド様はトドメとばかりに笑いかける。
「よくわからないが、ユーリンが楽しそうで良かった。君が楽しそうだと、俺も嬉しい」
「!!!」
「ど、どうした。大丈夫かユーリン! 体調でも悪いのか!?」
さっきまであんなにも挙動不審だったというのに、いきなり嬉しいことを言ってくれるもんだから、キュンとし過ぎた。
ついつい心臓あたりを両手でおさえて悶絶しているあたしを見て、リカルド様は本気で心配している。
心配そうに眉を下げている顔がこれまた悲しそうにピスピス鼻を鳴らすワンちゃんに見えて仕方がない。
このままでは真面目に心臓に悪い。なんとか話題を変えなければ。
「リカルド様のおかげで、体調は大丈夫です! それよりも、リカルド様こそ魔力を放出しなくてもいいんですか?」
なんせ胸焼けしてるんだしね!
そう思って問いかけたら、リカルド様は真面目な顔に戻って新たな提案をしてくれた。
「それもそうだな。ユーリンの魔法の練習もかねて、魔力消費の高い高位の魔法を一緒に打ってみるか」