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「笑わせに来てあげたよ一太郎!」
そう言いながらドアをドンドンと叩いたのは隣の家に住む拓真だ。いや、なんで。今日が地球最後の日だと先程政府から発表があったばかりだろう。何故アイツは俺の家のドアを叩いているのか。最後の日ぐらい大切な人と過ごせよ。いやまずなんで最後の日なのか頭を悩ませろよ。
相手をするのも面倒くさくてドアのノックを放置すること3分。そう、たった3分だった。
「やあ一太郎、笑わせに来てあげたよ」
だからなんでだよ。なんでこいつは俺の家の窓に足を掛けてるんだよ。おい、入ってくるな。お前それ不法侵入って言うんだぞわかってるんだろうな。おい、手に持ったそれはなんだ。
「…拓真」
「なに?」
「なに、してるんだ」
「いやー、いつも一太郎笑ってないじゃん?俺が窓から入ろうがドアを蹴破ろうが笑ってくれないじゃん?」
「笑うかよ。それ立派な不法侵入だろ」
「でさ、今日地球最後の日らしいじゃん」
「話を聞け」
「心残りがあっちゃダメだなと思って」
「それは正しい。だからほら帰って挨拶でも」
「俺の心残りそれは!…一太郎、お前だ」
「お、俺?」
なんだまさかここにきてBがLする展開か。俺は求めてないぞ。拓真お前もしかして俺のこと好きだったり
「俺は!一太郎を!笑わせたいんだ!!!」
違った。なんかもうハイスピードで予想した展開裏切ってきた。そして心残りがそれということはもう俺に逃げ場はない。
「…なんでそれで焦げた卵焼きを持ってるんだ拓真」
メイドよろしく白い皿に焼け焦げた卵焼きだったものを乗せた拓真は、いよいよ窓枠を乗り越えて室内に侵入してきて俺の前にそれを置いた。置くな。持って帰れ。
「おすそ分け。笑ってくれるかなって」
地球最後の日にお隣さんからおすそ分けという名の焦げた卵焼きを貰った。いや、なんでだよ。
「笑えねぇよ」
「へえ」
すぅ、と拓真の瞳が暗くなる。まずい、これはマジの目だ。
皿を再び手に戻した拓真は、ずずいとそれを俺の目の前に近付けた。やめろ。焦げ臭い。なんで地球最後の日にこんな地獄みたいなことになってるんだ。夢なら覚めろ。というか夢以外に無いだろこんな展開。
「俺はさ、ずっっっっと一太郎に笑ってほしくてあんなことやこんなことしてきたんだよね」
「全部ただの迷惑なんだけどな」
「最後になってもこれ?ひどくない?」
俺の言葉だろそれは。ツッコミを入れたいが、拓真の顔がマジすぎて怖い。せめて地球最後なら穏やかに過ごしたかったという俺の淡い望みは聞き届けられることもなく、目の前の焦げた卵焼き──もういっそのこと今すぐ滅んでしまえ。
「拓真、一旦落ち着こうか」
「落ち着いてるよ俺は」
絶対落ち着いてないだろこいつ。なんなんだよもう穏やかに死なせてくれよ。
「俺は…!俺はずっと…ずっっと一太郎を笑わせたかった…!!!!」
「じゃあ今すぐそれを持ってお前の家に帰れそしたら笑顔になる」
「え、嫌だ」
「は?」
マジでなんなんだよこいつ。
「心込めて作ったんだよ!!?なんでそういうこと言うんだよ!!!」
「なんでキレてんだよ」
「だって!だって地球最後の日だってのに…」
ほら、と拓真が見せてきたスマホに突如ピコンッという場違いな音を立てて通知が降ってきた。
“地球内部の変動に急激な落ち着きが見られた。地球の危機は免れた模様。宇宙に出かける支度をしていた人はとりあえずそのまま出かけてください”
「……拓真」
「……帰るね一太郎」
「ああ、うん」
拓真はなぜかまた窓から身軽に外に出ていった。普通に帰れ。
そしてテーブルに置かれた焦げた卵焼きが謎の存在感を放っている。困った。地球最後だった日にお隣さんからおすそ分けを貰った。貰った、じゃない。押し付けられた。笑えねぇよ。
俺は焦げた卵焼きを持って隣の家に行き、空いた窓からそれを返した。